第907話 『どうも、お騒がせしました!』
ロゴー・ハーオンは、私の方を向いて言った。
「一応……念の為、もう一度確認しておきますが、この私とお手合わせして頂けるのですね?」
「ええ。だから、好きにかかってくればいい」
呆れたように笑う5人。そしてロゴー・ハーオン1人、前に進み出ると剣を抜いて私に向けて構えた。
「フッフッフ。それでは行きますよ、アテナ殿下。剣を構えて下さいますか?」
「そのままお返しするセリフになるけれど、それは他の4人にも言ってあげたら?」
「は?」
キョトンとするロゴー・ハーオン。そしてはっと気づくと、不敵な笑みを浮かべる。
「もしかして、我々5人を一度に相手をするというのではないでしょうな? 酒場の店主の為に、怒っているのは理解しましたが……それは流石に……そうか、なるほど。1人では勝てぬとみて、仲間と共に戦う気。まあ、それでもいいが」
「違うわよ。戦うのは私1人だから。安心して、早くかかってきなさい」
「くっ……王女だからと言って、あまり人をこけにせぬ事だ! 舐めるなよ!!」
ロゴー・ハーオンの表情が怒りへと豹変。私めがけて剣を振る。だけど、流石に他国の王女に大怪我を負わせるつもりはないらしく、私の顔に剣をかすめさせようとする。これでかすり傷を負わせて、恐怖させて戦意喪失させるつもり。
でもそんなのは、なんの脅しにもならない。私は彼の剣を、必要な分だけ最小限に避けると懐に入った。剣は抜いていない。
「な、なんだと⁉ 早い!!」
伸びきったロゴー・ハーオンの腕を左手で掴み、同時に右手で胸倉を掴む。そして体重をかけて相手を引き込む。姿勢を落としながら、くるっと懐に背を向けて入り、勢いよく跳ね上げた。
――――自分で言うのもなんだけど、鮮やかな
背負い投げ。ロゴー・ハーオンの身体は、大きく回転して地面に叩きつけられた。
「ぐふううっ!!」
「はい、1本! 勝負ありね」
投げるついでに、剣も奪っている。驚きと怒りの入り混じった、なんとも言えない表情。よろよろと起き上がる、ロゴー・ハーオン。
まさか私が勝つとは、私の仲間以外は誰も露程も思っていなかったようで、驚きと賞賛の声が辺りに広がった。
「はい、これで納得してくれたわね」
ロゴー・ハーオンに、彼から取り上げた剣を返す。すると彼は怒りの形相で、自分の剣を払い飛ばした。そして、装備していた別の武器、二本のコンバットダガーを抜いて、それぞれ両手に握り、更に踏み込んできて、斬りかかってきた。
私はその攻撃をサッとかわし、彼がダガーを握っている腕を掌底や手刀を用いて止めた。だけど彼の攻撃は止まらない。最初は、他国の王女に怪我をさせまいとした攻撃だったが、今はもう本当に突き刺すつもりで攻撃してきている。
「おのれえええ!! この小娘がああ!! 私は、パスキア王国が誇る四将軍だぞおお!! こんな小娘に不覚をとったなどと噂さされるのは、私は耐えられん!!」
「パスキア王国、四将軍の一人。ロゴー・ハーオン将軍は、ダガー使いなのね。しかも私と同じく二刀流。だけどこの程度の腕なら、クラインベルト王国の将軍達には、歯も立たないわよ」
明らかに怒り爆発のロゴー・ハーオン。怒りは、攻撃を単調にさせる。私は迫ってくる二本のダガーをそれぞれ手で払うと、すかさず彼の顔面に飛び膝蹴りを入れた。
ロゴー・ハーオンは、派手に鼻血を吹くと、そのまま仰向けに倒れて失神した。
「アテナ!!」
ルキアの声に、はっとする。
しまった、ちょっとやりすぎた。店主の方を向いて苦笑いしてみせると、店主はほっとした表情で安堵の溜息を漏らした。
――――こうしてクラインベルト王国の王女と、パスキア王国四将軍の決着はついた。私は気を失って倒れているロゴ―・ハーオンに近づいて、彼の命に別状はないか調べた。
うん、鼻は折れたみたいだけれど、大丈夫。回復魔法で治療してもいいけれど、罰として今回はこのままにしておこう……なんて、ちょっと黒い部分の自分を出してみる。えへへ。
「決着はつきました。私達は、私達でちゃんと王都に向かいます。だからそれでいいですよね?」
ロゴー・ハーオンの部下4人は、慌てて何度も頷いて見せると、主を担いで馬に乗せて王都の方へ引き返して行った。周囲からは、物凄い歓声。王都につく前にちょっと一息つくはずで立ち寄った村、そこでこんな騒ぎを起こしてしまった自分に対して猛烈に反省。
私は周囲の人たちに何度も頭を下げて、「お騒がせしました。すいませんでした」と叫ぶと、酒場の店主のもとに駆け寄っていき、頭を深々と下げた。
「とんだご迷惑をおかけしてしまって、ごめんなさい!!」
「どうして、あんたが謝る?」
「私のせいで騒ぎを起こしてしまった上に、おじさんに怪我まで負わせてしまったから」
「怪我? あんな奴の蹴りなんて、蚊にさされたようなもんだ。それより、あんた本当にクラインベルトの王女様なのか?」
――頷く。
「そうか。ならクラインベルトの王女様が、どうしてパスキアに……ってそれは余計なお世話だな」
スキンヘッドの強面店主は、豪快に笑った。ずっとむっすりとしている感じだったので、とても新鮮に感じられる。
「うちの料理は美味かっただろ?」
「はい! 次来るときは、ハンバーグを注文しようかなって」
「そうか。それじゃ、また来るんだな。待っているからな」
「はい!」
元気よく返事をすると、店主は私に握手を求めてきた。私はその握手に応えると、店主ににっこりと笑ってみせた。
店主も負けじと笑顔を見せてくれたけれど、それはなんだかぎこちなくて、明らかに慣れていない笑顔だった。




