第906話 『そりゃ強気にもなれるかな』
ロゴー・ハーオンは、酒場の店主の腹に膝蹴りを入れた。
「うぐあっ!!」
「おじさん!!」
「おっさん!!」
店主が苦悶の顔でうずくまると、周囲の客達が仇とばかりに襲い掛かる。でもロゴー・ハーオンの4人部下は、客達を軽くあしらうように打ち倒した。叫ぶロゴー・ハーオン。
「貴様ら、我々をわずらわせるな!! これ以上邪魔をするというのなら、汚ならしい平民ごときは、この場で斬り捨てるぞ!!」
「やれるもんならやってみ……」
店主はよろよろしながらも立ち上がり、そう言い返そうとした所で、ロゴー・ハーオンは剣を抜き、店主に斬りかかった。ルシエルの声。
「おい、アテナ!!」
「うん、ちゃんと解ってるから!」
地面を蹴って全速力で店主の前に立つと、剣を抜いてロゴー・ハーオンの一撃を受け止める。ロゴー・ハーオンの表情が変わる。
「ほう、やるな」
「ほう、やるな……じゃないわよ!! 今、おじさんを斬ろうとしたでしょ!! 何考えているの? おじさんは、このパスキア王国の大事な民でしょ!!」
「それはそうだが、反逆行為に関しては、制裁を加えなければならない。それは、クラインベルト王国でも同じでありましょう?」
「同じって言わないで。お父様は、そんな理不尽な事を命令したりしないわ」
「それは、クラインベルトの話だ。このパスキアでは、こういう事に関しては、我ら将が一任されている」
「そうなんだ、ふーーん。それじゃパスキアって国は、アレなんだね」
「あれとは?」
「度量が狭いって言っているのよ!」
ロゴー・ハーオンとの睨み合い。ルシエル達や、周囲に集まった酒場のお客さん達も成り行きを見守っている。
ルキアとノエルがササっと動いて、店主のもとへ駆け寄っていき、彼をゆっくりと立たせると、私は店主と加勢してくれた他の客に向かって「大丈夫だから、ここは任せて」と説得をした。
ロゴー・ハーオンは、唐突に薄ら笑いを浮かべる。
「それにしても、まさか私の一撃を受け止めるとは。距離もあったのに、一瞬にしてここの店主の前に立ちはだかり、見事に受け止めた」
「そうよ。だからなに? 私達はこれから王都に向かうんだから。もう、放っておいてくれない?」
「困った、これはどうあっても私に従ってくれないようだ」
「当たり前でしょ。乱暴だし、無礼だし、おじさんに暴力をふるったんだから」
「それなら、一つここで勝負しませんか、アテナ殿下」
「勝負?」
勝負と聞いて、尖った長い耳をピクンと反応させるルシエル。駄目だからね、ここは私に任せてもらうから! と目で訴える。するとルシエルは、解りやすくシュンと肩を落とした。
ロゴー・ハーオンは、持っている剣をフラフラとさせて、また呟くように言った。
「なんでもクラインベルトの第二王女は、かの伝説級冒険者、ヘリオス・フリートの愛弟子であるとか。そして冒険者登録もしていて、そのランクはなんとAランクだとか」
「はいはーーい!! 実は、オレもAランクーー!! 勝負するなら、是非このオレと……」
ポカッ!
「あっ痛い、何すんだノエル!!」
「これはアテナ・フリートではなく、アテナ・クラインベルトの問題だ。邪魔すんなよな」
「なんだよ、おい!! それじゃ、手を貸さないのかよ? アテナは仲間だろ?」
「仲間だから、あえて手を出さないって場合もあるんだよ。だけど手が必要なら、黙って助ける。それが仲間ってもんだろ」
「この野郎、偉そうに! 偉そうに!」
「あっ! やめろ、馬鹿エルフ! こら、やめろ!!」
ノエルにまとわりつくルシエル。それを白い目で見る、周囲の者達。でもありがとう。私には、こんな頼りになる仲間達がいるから、私はいつも強くいられる。
「それで何が言いたいのかしら、ハーオン将軍」
「いや、なに。ちょっとここでこの私と手合わせしてもらえませんかね?」
「手合わせ?」
「なに、ご心配されなくても、ちゃんと手加減はいたしますよ。もしもここでこのパスキア四将軍である私を打ち倒せるならば、アテナ殿下は私よりも強いという証明であり、護衛も必要ないという事です」
「なるほど、そういう事ね。じゃあ、ここで手合わせしてもいいわ。でももう一つ。私が勝ったら、あなたが膝蹴りしたここの店主にちゃんと謝罪をしなさい。それとこれは当たり前だけど、腹いせに報復とかそういうのもなし」
私の言葉にロゴー・ハーオンだけでなく、その部下達も笑う。店主は驚いた顔をして叫んだ。
「やめろ! その男はパスキア王国の四将軍の一人だ。相当、腕も立つ。勝負なら、俺が……」
「大丈夫、私に任せて下さい。それよりも、マスターをこんな事に巻き込んでしまってごめんなさい」
「う……」
棍棒を再び手にとって、こちらに来ようとする店主を、ルシエルとノエルが止めた。
「はっはっは。ドワーフの王国を救ったという噂も耳にしたが、噂というのはえてして尾ひれがつくもの。年端もいかない少女、しかも一国の王女が、どれほどの剣の腕を持っているものか。まあ、それも直ぐに化けの皮も剝がれるか。あまりにも無様に負けるようなら、カミュウ殿下との縁談も、どうなるか解りませんな」
「それそのままブーメランになるかもしれないから、その辺でやめておいた方がいいと思うわよ。それよりも、自分達の国のこんな罪もない優しいおじさんに怪我をさせて……ちょっと私、怒っているんだからね。まあいいわ。それじゃ、さっさとやりましょ」
気が付くと、酒場にいたお客さんだけでなく、道行く人たちも集まってきていて、周りを囲んでいる人達の数は、100人以上になっていた。
「おい、なんの騒ぎだ!」
「四将軍のロゴー・ハーオンだ! あのロゴー・ハーオンと、あの嬢ちゃんが対決するらしいぞ」
「嘘だろ、あんな女の子が四将軍に勝てる訳ないぜ」
「それがあのお嬢ちゃん、クラインベルトの王女様らしいぞ」
「えええ!! こりゃとんでもねえじゃねえか!!」
ううーーん、騒ぎが大きくなってきた。でもロゴー・ハーオンと、その部下は落ち着いた様子。腕にも自信があるし、パスキア王国の軍人さんは、ここでこんな問題を起こしても平気な程に権力を与えられているんだ。
まあ、四将軍を統括しているのはあのパスキア王国の第二王位継承権を持つセリュー王子だもんね。そりゃ、強気にもなれるか。