第905話 『強引な将軍と強面店主』
私はお店の外へ出ると、5人の中にいる一番偉そうな男に対して言った。
「それで、用件は何かしら?」
「ですから、お迎えにあがりました。これより、我らがアテナ殿下をパスキア王都へと護衛及びご案内致します」
「いえ、結構です」
「え? なんと?」
「結構です。自分で行くから」
「それは困りますな。この国では、この国のルールがあります。それに従って頂きたい」
「はあ? それを言うなら、私もあなたに言いたい。あなたは、ここのお店にズカズカと入ってきて、店主に失礼な態度をとった。とても威圧的だった。お店には、お店のルールがあるのに、それに従わないでね。ついでに言うと、私はあまり王女として扱って欲しくないんだけれど、あなたは私に対して一国の王女として会いにきている。なのに名前も名乗らず、礼儀もわきまえない」
男は他の4人に目配せする。そして5人揃って、私に対して跪いた。
「申し遅れましたが、私はパスキア王国第二王子、セリュー様直轄配下のロゴ―・ハーオンと申します。他に3人の者がいまして、セリュー様直属の傘下では、パスキア四将軍と呼ばれております」
四将軍……このロゴ―・ハーオンという男、将軍だったんだ。単なる使いっぱしりだと思っていたけど、一応将軍クラスを迎えによこしてはくれたのね。
でも、店主への態度とかやっぱり腹が立つし、こんな公の場で私の事をあっさりと王女と明かしたり……あさはかさも付け加えて、いったい何を考えているんだろうって思う。
まあ、態度や行動から考えられるのは、私の事をかなり軽んじているみたいには感じるけれど。
それに確かに私は姉のモニカと違って、できも悪いし色々と足りないかもしれない。だけど、折角パスキアまでやってきたのに、なんだろう、このアウェイ感……
「それではアテナ殿下、我々とご一緒に。向こうに馬も用意しております。心配されなくても、気性も穏やかな利口な馬でございますので」
「そう言われても私、仲間がいるんだけれど」
そういうとロゴーとその部下達は、ルシエル達を見た。手を振って笑顔で応えるルシエル。もう、余計な事はしなくていいの。突っ込みたかったけど、我慢した。
「共の者は、この村に待たせておけば良いのでは?」
「え? それは困るんだけど。それに馬車もあるわ」
「それなら、既に解決済みですよ。おいっ!」
ロゴーが部下の一人に声をあげると、その部下は私達の成り行きを見守っている人達の方へ近づいて行った。そして店主の前に行くと、見るからにお金の入った革袋を出して渡そうとした。
「これでいいだろ、オヤジ。この金でここにある馬車を処分しておいてくれ」
「牛はどうするんだ?」
「そんなの知らん。殺すなり、食うなり、売るなり、貴様の好きにするがいい」
勝手な事を言って……ノエルが叫んだ。
「この馬車と牛はあたし達んだぞ!! 勝手にお前が決めるなよ!!」
「ああ、下賤の者か。身なりからしてそうだな。後で恵んでやるから、大人しくしてろ」
「なんだと、こらああ!!」
怒りを爆発されるノエル。だけどルシエルとマリンとルキアが、一斉に彼女が暴れないように抑え込んだ。
「おい、どけ!! あいつ、ぶん殴ってやる!!」
「お、落ち着いてください、ノエル!! 落ち着いて!!」
「うおおお!! すんげー馬鹿力だぜ!! マリンもルキアも、決して離すなよ!!」
「ボクなんて、大して数に入らないと思うけど――了解したよ」
「はなせーー、こらあああ!!」
ノエルの怪力は、こんなものじゃない。本気になったら、力勝負なら簡単にルシエル達を吹っ飛ばして、あのロゴーの部下に襲い掛かるだろう。だけど彼女はしない。無茶をした事によって、ルシエル達を傷つけてしまうかもしれないから。
私の代わりに怒りを爆発させてくれた事と、ノエルの優しさ。それに癒されて、私もちょっとイラだっていた心を落ち着かせる事ができた。
ロゴー・ハーオンは、私の腕を掴んだ。
「え? ちょっと、なに?」
「このままここで、いつまでも問答を続けているという訳にもいきませんのでな。ご無礼仕りますが、強引にでも王都へこのままお連れさせてもらいます」
「つ、連れて行くって、こちらの都合も考えないで、これじゃ連行でしょ!」
「連行などとは、人聞きの悪い……まあいい。好きにおっしゃってください」
「ちょっと!」
無理やり脱出……していいものかどうか、悩む。
このままこの男を投げ飛ばして逃げ出してもいいけれど、この男ロゴー・ハーオンは、パスキア四将軍の一人だという。それは偽りないだろうし、これから縁談だというのに、その相手国の将軍を私は投げ飛ばしてしまったなんて事になったら……また面倒くさい事になってしまう。
でも仕掛けてきているのは、向こうだし……でもこれで面倒になって、あとでエスメラルダ王妃がこの事を知ったら、きっと私が悪いって言うだろうし……そうなったら、死んでも謝りたくないし。
「早く、こちらへ!」
「嫌よ、やめて! 自分で王都へは行くし、仲間と一緒に行くんだから!」
「どちらにしても、城へは殿下のお仲間は入れませんよ」
「え?」
「それは、当たり前でしょう。逆に私が素性の解らない冒険者などを連れて、クラインベルトの王のいらっしゃる城へ入場した場合、パスキアの将軍である私は兎も角、他の者は私が共だと話しても止められるでしょう?」
「うっ……確かに……」
一瞬、怯んでしまった。そう考えると、ルシエル達とルーニや国王であるお父様が一緒になってやった王都でのキャンプ。私の国がかなり、特殊なのだと改めて思い知らされる。
もしかしたら、ヴァレスティナ公国から政略結婚でやってきたエスメラルダ王妃のストレスの核は、そこにあるのかもしれないと思ってしまった。
「兎に角、行きしょう。暴れないで下さい!」
他のロゴー・ハーオンの部下達も、一斉に私を押さえつけようとした。それを見たルシエルとマリン、ルキアもついに私を助けてくれようと動きだす。でも、どうしよう。ルシエル達がこのパスキアの将軍を、もしやっつけたりなんかしたら……
どうすればいいか、考えているとこちらに人が駆けてきた。それは、店主と酒場にいたお客さん達。店主たちは手には、棍棒などの武器が握られていて、ロゴー・ハーオンとその部下4人を取り囲んだ。
「おい、酒場の店主。これは、何をしているのか解っているのか?」
「ああ、解っている。うちの客を助けようとしているんだ。とうぜんだろ? 因みにあんたらは、俺の店にズカズカと入ってきて注文もせずに、騒ぎを起こすだけ。そんな迷惑野郎を叩き出すのも、俺の仕事なんだ」
スキンヘッドの強面店主。一見怖い見た目だけど、とても優しい人だった。店主たちと、ロゴー・ハーオンが睨み合った。




