第904話 『用件は何かしら?』
酒場にズカズカと入ってきた5人――その中にいる男の一人が、睨むような目で私の方を見た。
「透き通るような青い髪、碧眼、そしてその腰に吊り下げた二刀の宝剣……なるほど、噂通りだ」
「うん、あとオカッパちゃんな」
「オカッパじゃないって言うとるでしょーが!!」
「ぎゃっ、怖い!!」
茶々を入れるルシエルに、拳を振り上げて睨みつけた。ササっと逃げるルシエル。っもう、ボブだって言っているのにー!
……でも、この人達はいったい……
鎧に刻まれた紋章から察するに、パスキア王国の騎士か何かだとは思うけれど……だとしたら、わざわざお出迎え?
男達にそれを聞こうとしたけれど、その前に店主が前に出て男達に言った。
「なんだ、お前ら。客か?」
「客ではない。見れば解るだろ?」
「客かどうかなんて、聞いてみるまで解らんだろーが。席について、注文すりゃ解るがな」
店主に対して面倒くさそうに、溜息をつく男達。
「どけ、親父。我らの邪魔をするな」
男は店主を乱暴に押しのけると、私の方へ近づいてきた。でも店主が男の肩を掴む。
「なんだ? なんの真似だ」
「それはこっちのセリフだ。うちの大事な客になんのようだ? それを先に言ってもらおう」
別の男が言った。
「気は確かか、おっさん? 俺達は、パスキア王国第二王子、セリュー殿下直轄の者だぞ。お前達の主様なのだぞ。なのに、平民の分際で逆らうというのか?」
なるほど。この人達は、私の事をクランベルト王国第二王女だと知っている。それでわざわざ、迎えにやってきたという所だろう。だけどかなり横暴なこの感じは、ちょっと目に余るものがある。
「御上が相手ってんじゃ、ぶが悪い。逆らいはしないさ。だがな、この店じゃ、俺がルールだ」
「我らに反逆するというのか? 一介の酒場の店主ふぜいが」
「そんな大それた事は、しないっつってんだろ。だが俺もパスキア王国民だ。人間だ。同じ人間としての、最低限のルールがあるだろ。それに俺に主がいるとすれば、それはパスキア国王、フィリップ様だ。お前じゃない」
店主の言葉に、5人の中で一番えらそうな男が明らかにイラついた顔をした。剣の柄に手をかけたので、私は素早く間に入る。ノエルも後に続いてくれて、「手伝おうか?」と囁いてくれたので、「大丈夫」と答えた。
「ちょ、ちょっと待って! あなた達はいったい何をしているの?」
「パスキア王家に使える我らに対し、無礼を働いた者に粛清をする」
「はあ? 何を言っているの!! そんなの私は許さないんだから」
「許さないとおっしゃられても、ここはパスキア領土。クラインベルトではありませんよ、アテナ殿下」
アテナ殿下――その言葉で、酒場にいる者達が皆、一斉にのけぞって驚いた。まさかこの酒場で、一国の王女が皆と同じように食事を楽しんでいるとは誰も思わないだろう。私だって逆の立場なら、とうぜん驚くし。
スキンヘッドの強面の店主も、驚いた顔で私を見ている。
「関係なくもないでしょ。じゃあ、もし私の縁談が進んで上手くいったらどうするの? 今日のこの騒ぎ、私きっと忘れないし、ここにいる誰かに酷い事したら、絶対に復讐するよ。私、蛇のように執念深いんだから。クランベルトの蛇姫様と言えば私の事よ」
「ギャハハハ、蛇姫様だってよ。初耳だぜな。どっちかってーと、狸姫じゃねーの。ポンポコー言うて、ブフフフ。そんなん言うてたら、本当にアテナの事が狸に見えてきた。クラインベルトの狸姫ってな」
なんと、そんな信じられない事を言ってくるガラの悪い奴がいる。目を向けると、ルシエルだった。
ルシエルったらー、もう!! 後で覚えてなさいよー。ってマリンも超ウケているんですけど。しかも他のお客さんから、何かもらって食べてる。食べながら、この成り行きを見守っている……っていうか、完全にどうなるか楽しんでいる!!
まったくもう、ルシエルもマリンもーー。
「さあ、どうするの? もしも縁談が纏まったら、あなた達は私に仕える事になるわ。そうなった場合、大変な事になるわよ。それが嫌なら、まずはちゃんとここの店主に謝りなさい」
また驚いた顔をする店主。5人の男たちの肩が、小刻みに揺れる。笑っている。
「な、なによ!!」
「我らが仕える主は、セリュー殿下……直轄だと既に申し上げましたはず。アテナ殿下がもしも我が国にいらっしゃられる事になったとしても、殿下のお相手は第四王子のカミュウ様です。我らが仕えるのは、第二王子のセリュー殿下……つまりそういうことですな」
「つまりそういう事ですなって……そんな事、今は関係ないでしょ。店主に謝りなさい。そうすれば、あなたに従うわ」
また笑う男達。
うーーん、仕方がない。このままここで意地を通し続けても、店主や他のお客さんに迷惑をかけるだけだし。私は店主に言った。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。直ぐに、この者達を連れて出ていきますので」
「……あ、あんたはクラインベルト王国の王女だったのか?」
「そうなんです。かなりの変わり者って言われてまして、今は冒険者などをやっていますけどね」
アハハと照れるように笑う。
「それじゃ、ご馳走様でした。ここの料理、本当に美味しかったので、また来ますね」
私はそう言って頭を下げると、男達と共に店の外へ出た。もちろんルシエル達も、店主にちゃんとご馳走様って言って後をついてくる。
お店の外に出て、5人の男達と向き合うと、ルシエル達に続いてお客さん達がドヤドヤと一緒に飛び出してきて、遠巻きに私達を見た。
店でのやりとりは、皆に聞かれてしまっているし……パスキアの王子配下の者と、クラインベルトの王女のもめ事のような会話。うーん、気になって当然だよね。
私は大きな溜息を吐くと、5人の中にいる一番偉そうな男に向けて言った。
「それで、御用件は何かしら?」




