第902話 『私も優しくされたいよー』
まずは、コップに入った水を一口。
それで口の中を一旦クリアにしてから、スプーンを持って、いざカチャトーラなるものへゴー。オニオン、ブロッコリー、セロリ、ピーマン、マッシュルーム、キャロット、ズッキーニ、そしてトマトなどをベースに味付けされた鶏肉。
あふーん、最高だね!
「うんめーーー!! ここの飯は、めちゃくちゃうめえぜええ!!」
声を張り上げ、夢中になって食べているルシエル。マリンなんか、いつもは寝ているのかと思う細い目を、カッと見開いてずっと黙々と、一心不乱にカレーを貪るように食べている。フフフ、皆お腹が減っていたからねー。
よし、とりあえず、まずはこれから――
刻まれた玉ねぎと潰されたトマト。それらと一緒にゴロリと器に入っている鶏肉を掬って、口の中へと放り込んだ。
モグモグモグモグ……
「おいしーーーい!! これは、すっごい美味しいわ!!」
思わず、私も声をあげてしまった。スキンヘッドの怖い顔をした店主と目が合う。
フフフ、一見無愛想で威圧的に見えても、この絶品料理はこの店主が作ったものなんだよね、これ。とても料理上手だし、美味しいものを作ろうとして作っているのが伝わってくる。
カチャトーラは、私も結構作ることがある料理なんだけど……とうぜんお店で出している位なんだから、グレードが高いのは解るけど……やっぱり味付けなど気になる。
ちらりとまた店主の顔を覗き込むと、彼はこっちにやってきて、皆のコップに水を足してくれた。
私はチャンスとばかりに、怖い顔をした店主に話しかける。
「美味しいですね、これ! 夢中になって食べてしまいます!」
「当たり前だ」
「これって味付けなんですけど……」
「企業秘密だ、言う訳ないだろ」
怒られてしまった。そんな私を見ていたルシエルが、店主に怒られてシュンとしている私を見て、指をさしてゲラゲラと笑った。
「ヒャッヒャッヒャ、おーーこられたーー、怒られたーー。ヒャッハハ」
ムッキー! ルシエルめ! あとで、覚えてなさいよー!
ルシエルを睨みつけると、それがツボにハマったのか、ルシエルは余計に笑い転げた。それを見ていた店主が、今度はルシエルに近づいていく。
あはは、ざまーみろ。きっとルシエルも怒られるよ。だって食事中にあんなに笑い転げて……ほら、ご飯粒だってあんなに飛ばして。
オコラレロ、オコラレロ、オコラレテシマエ。呪文のように心の中で繰り返していると、ルシエルの横に立った店主が言った。さあ、怒られるよ。ふっふっふー。
「……な、なんだよ、オッサン」
「…………」
ルキアやクロエ、ノエルも注目する。でもマリンだけは、ルシエルと店主のやりとりに全く興味がない……っていうか、そんなの今は気にしていられないとばかりに、大盛のカレーを口の中へかき込んでいた。
「しょ、食事を楽しんでいるんだけど、な、なんか文句あんのか?」
っぷ、あの言い方。絶対に、怒られるよ。可笑しくなって私は口を抑えた。すると――
「……美味いか?」
「え? ああ、めちゃ美味いよ」
「そうか」
「こんな肉厚サーロインステーキ、なかなかお目にかかれないしなー。肉汁たっぷりで、最高だぜ!」
「ならいいことを教えてやろう」
「へ?」
「その今言った肉汁、それとソースがそのサーロインステーキの皿に垂れて、あまっているだろう?」
「え? あ、うん」
「それをスプーンで掬って、ライスにかけて食べてみろ」
ルシエルは店主に言われたように、やってみた。そしてライスを掬って口へ入れる。
「うんまーーーーい!! これ、めちゃウマじゃんか!!」
何度も目の前のステーキと、店主の顔を交互に見て興奮するルシエル。そんなルシエルを見て、店主の口元が仄かに緩んだように見えた。更に店主は、マリンの横に立つと今度は彼女に喋りかけた。
「美味いか?」
「モッチャモッチャモッチャ……」
「そんなに美味いか?」
「モッチャモッチャモッチャ……」
一心不乱に、カレーを食べているマリン。彼女の口の中は、パンパンにライスとカレーが詰まっていて、食べ終わるまでとても喋れる感じじゃなかった。しかも口の中が空いても直ぐに、次々と休みなくカレーをかっ喰らう。
「お代わりしたいか?」
店主の言葉に、はっとするマリン。そしてカレーを食べ続けながらも、何度も頭を下げて頷いて見せた。
「なら、お代わりを持ってきてやる。サービスだからな」
店主の言葉にマリンは、キラキラした目で店主を天使の如く見つめた。店主は、カレーを作りに厨房へ戻っていく、そう思ったら今度は、ルキアとクロエの間に立った。
「おい。ガキ共に丁度あったいいものがある。お前ら、食いたいか?」
戸惑う、ルキア。それとクロエ。
「な、なんでしょうか?」
「プリンだ。好きだろ?」
「プ、プリン!!」
プリンと聞いて、マリン同様に目を輝かせるルキアとクロエ。喜ぶ二人の少女を見て、またも口元が仄かに緩む店主。そしてクロエの方を見た。
「……おい、ガキ」
「え?」
「お前だ。もしかして、目が見えないのか?」
「……は、はい」
「…………」
店主はクロエにその事を聞くと、クロエの頭を優しく撫でて厨房の方へ歩いて行った。
なんだろう、あの店主。怖い顔なのに、口も悪い。だけど皆に優しい。ドワーフの王国の誰かさんを思い出すね、ぷぷぷ。
…………
でも私はまだ優しくされていないんだけど!! 私も優しくされたーーい!!
でも、料理は絶品!
そんなことを考えつつも、食事を楽しんだ。
店主は直ぐに、マリンにカレーのお代わりを用意し、全員で食べれるピザまで焼いてテーブルに持ってきてくれた。
そして食後に、ルキアとクロエの分だけではなく、全員分のプリンが運ばれてきた。
すっごい食べちゃって満足してしまったけれど、こんなお腹パッツンパッツンの状態では、直ぐには王都へは向かえないなー。なんて思ってしまった。




