第901話 『皆、お腹が減っていたんだね』
パスキア王国の王都は、ここからもう直ぐ。だけど私達は、その近くの村に立ち寄り、とりあえず食事をする事にした。
時間は、昼を大きく回っていて、昼食というには遅い感じがした。
早速、美味しそうな料理がありそうな酒場に入った。そこは、馬車も停めておく事ができるお店。でもそのお店の店主は、ちょっと難しそうな人だった。
粗暴な態度と、客を客とは思わないような言葉使いに、ノエルが怒りそうになったので、ルシエルに目配せして止めさせた。
「それで、用はなんだ? 無いなら、さっさと出ていきな」
「え? いや……あ、あの。実は、私達お腹が減っていて」
「そうか。もちろん金は……あるんだな?」
「あ、ありますよ」
「じゃあ、そこへ座れ」
スキンヘッドで、髭の強面のおじさん。そんな店主が指した先は、店の中にあるテーブル席。大きな丸テーブルで、皆で仲良く円になって食事ができる席だった。
皆、テーブル席の方へ行き着席すると、私は店主に更に聞いた。
「あの……」
「なんだ?」
顔には傷跡もあって、迫力のある顔。もしかしてここの店主は、もと山賊か何かで、今は足を洗って酒場を営んでいるとかそういうエピソードのある人? 勝手にあれこれと妄想をしてしまう。
「外の馬を繋げる場所に、私達の馬車を止めているんですけど、大丈夫ですか?」
「ああ? ちゃんと繋いだんだろうな? もしも馬を繋いでいる縄がほどけて、何かトラブルが起きても俺は知らんからな」
「ええ、もちろん」
「なら、特に問題はねえ」
「それと……」
「まだ、何かあるのか?」
なんか、この場所……酒場というより、山賊か盗賊のアジトに見えてくる。
でもそれは、店主の雰囲気や感じでなんとなくそう思ったってだけで、周囲をもっとよく見てみると、そりゃ厳つい人も多いけど、普通の感じのお客さんもいるし、食事や会話を気さくに楽しんでいる。郷に入れば郷に従え。それなら、そうしないとね。
「えっと、それと私達の馬車を引いているのは、馬ではなく牛なんですけど……」
「牛? それがどうした?」
「いや、牛でもいいのかなって思って?」
「…………」
押し黙ってしまった店主。これ以上、何も言わないという事はいいのかなと思い、皆が座っているテーブルに戻ろうとした。すると、後ろから店主に声をかけられた。
「その牛はなんだ?」
「え?」
「馬車を引いている牛なんて、普通の牛じゃねえだろ。なんて牛なんだ」
ああ、そういう事か。
「えっと、プッシュオックスって種類の、特に力が強くて大きな牛です」
「プッシュオックス……」
店主は、牛の名前を繰り返しボソボソっと呟いた。
私はテーブルに戻り着席すると、ルシエルもマリンも更にノエルまでもが、何かに胸をときめかせ、目を輝かせてメニューを読み漁っていた。ルキアは、メニューに並んでいるものをクロエに読み聞かせている。
スキンヘッドの店主がテーブルの前に現れると、無言の圧力。私も慌ててメニューを読んだ。
「決まったもんから、聞こうか?」
ルシエルが、そんな圧力など全くの御構いなしに元気よく手を挙げる。
「ハイハイハイー!! オレもう、決まったーー!! オレは、これ!! このブラックバイソンのサーロインステーキがいい。それとライスとサラダ、ドリンクはアイスミルクでおなしゃす!!」
「エルフがステーキだと? 正気か?」
「ほへ?」
「ステーキの焼き方は?」
「レアでお願いスマッシュ!! あと、この500グラムの超肉厚ステーキね」
晩は晩で食べるだろうし、こんなに遅めのお昼なのに……食うなあって思って、大丈夫なのかとルシエルを見つめると、注文を聞いていた店主が更にルシエルに問いかけた。
「ライスはどうすんだ? 大盛か、それとも超大盛か? 因みに、ライスの増量は無料だがな」
「うおおおお!! それなら超大盛でがしょーー!! それをおくれえええ!!」
ハッスルするルシエル。店主は、淡々とそのまま続けて皆からメニューを取った。
ルキアとクロエは、仲良くハンバーグセット。ライスとサラダ、それにスープがついてくるし、スープに至ってはおかわり自由だという。あれ? かなりサービスの良いお店かも。
ノエルはパエリアと骨付き肉を頼んでいて、それをじっと見ていたマリンもカレーの他に骨付き肉を注文していた。因みにマリンの注文したカレーは、ビーフカレー。つぎたしで作っているらしくて、とても濃厚で美味しいらしい。更にライスの増量は、こちらも無料だという。
そして最後にメニューを見ていた私がやっぱり最後になったので、慌てて注文。野菜たっぷりのカチャトーラと、四種のパン欲張りバスケット、それとアイスコーヒーを注文した。
全員のメニューを聞くと、店主はキッチンへ向かおうとした。でもその前に足元にいたカルビの存在に気づいた。
「おいおい! なんだ、この犬っころは?」
「え? あっ、すいません。実はこの子は使い魔で私達の仲間なんです」
「…………」
険しい顔をする店主。あれ、お店に入れちゃ駄目だったかな?
使い魔と言えば、だいたい訓練されていたりするし、【ビーストテイマー】なんかはそのまま使い魔を連れて、店に入ったり食事をしても問題ないよという暗黙の了解みたいなものはあるけれど……でも、店主が先にちゃんと確認をしてくれと言えば、それは従うしかないのは当然のこと。
すると店主は何も言わずにキッチンの方へ入って、何かが乗った皿と器を持って戻ってきた。それをカルビに差し出すと、カルビは飛び上がってそれに貪りついた。
器の方は、ミルク。それにお皿には物凄くボリュームのある赤身だけの肉が乗せられていた。
「あの、これ?」
「ああ、心配するな。これは、サービスだ。それと皿のは、生肉だが新鮮でいいものだ。だから腹も壊さない」
あれ? 私は慌ててお礼を言う。
「あ、ありがとうございます!」
店主はこちらを振り向きもせずに、またキッチンへ入っていき調理を終えると、それを運んできた。私達が注文した、美味しそうな料理の数々がテーブルの上に並ぶ。
それを見てまずルシエルとマリンが、歓喜の声をあげた。
「うっひょおおお!! 美味そう!! こりゃあ、たまんねえええぜ、フヒハーー!!」
「うわーー、今まで語った事がないかもしれないが、実はボクはカレーが大好きなんだ。しかもこのカレー、さっきのツルピカのおじさんが言っていたけれど、つぎたしで作っていると言っていたよ。いったいどれ程濃厚な味がするか、早速みせてもらおうか!」
「こらそこ、ツルピカとか言わない!!」
「はーーい、それじゃ頂きまーーす」
『頂きまーーーーっす』
マリンの言葉に呼応して、皆手を合わせて頂きますをした。
これはでも、本当に当たりだったみたい。カチャトーラは、以前結構ハマっていてよく食べたけど、久しぶりだから凄く楽しみ。
さっそく味見からしてみようと思い、スプーンを握った。そしてちらりと皆をみると、クロエまでもが夢中になって、注文したものを食べていた。皆、お腹が減っていたんだな。