第90話 『デスマッチレース その1』
特別クルックピーレース開催の日――当日。
私達は、朝ご飯を食べるとすぐに、キャンプを畳んでハリルの家へ向かった。
そして、私とルシエルの騎乗するクルックピーを借りると、ハリルやヘルツ、そしてジェニファー達全員で、レース場へ向かった。その時ジェニファーは、鎧姿で槍を所持していた。やはり、特別レースとは鳥だけでなく騎手同士も格闘する、デスマッチレース。そう確信した。
レース場に着くと、昨日よりも更に観客の数が膨れ上がっていた。熱気も凄まじい。
私達は、クルックピーを一度レース場のスタッフに預けて、選手控室の方へ向かった。カルビは、そこへは入れないので、ルキアと一緒に観客席の方で私達のレースを観戦し、応援してくれる事になった。
「よし、いよいよか。こんなに人が集まって私達の出場するレースを観戦しているなんて、ちょっと緊張するなー。でももう引き返せないんだから、あれこれ考えても仕方がない!」
「ここまで来たら、やるしかないですよ!」
「うん、そうだね。やるしかない。じゃあ、またあとでね。ルキア、カルビ!」」
ガルウウ! ワンワンッ!
「はい! 観客席からカルビと一緒に、絶対にアテナとルシエルが勝つように応援してますから。頑張ってくださいね、アテナ、ルシエル」
ルシエルがルキアの鼻を人差し指で押した。
「っや! ちょっと……ルシエル、なにするんですか⁉」
「フフン! まあ見てろ! 必ず優勝するから、オレ達に任せとけ!」
ルシエルがキメ顔でそういうと、ルキアは微笑んだ。
ハリルがジェニファーに何か話しかけている。レースに関してのアドバイスかな。すると、見知らぬ2人がハリルの前に現れた。山高帽の男と、ショートカットの女の子。
「やあ、ハリルじゃないか。まだ、懲りずに鳥主なんかやって、レースに自分の騎手と鳥を参加させているのか。ヒッヒッヒ。それで調子は、どうだい?」
「ガルドか。そんな嫌味を言って来るのは、おまえしかいないしな。調子はバリバリの絶好調だ」
「ヒッヒッヒ。そりゃあ良かった。おまえのとこからは、4人出るんだってな。せいぜい怪我だけはするなよな」
「それは、こっちのセリフだ、ガルド。今日は、絶対に俺が勝つからな」
「アッハッハッハ。アチキに勝てる訳ないじゃん! 今回でジェニファーも、もう引退かもね」
山高帽を被るガルドという男の隣にいたショートカットの女の子が、笑い声をあげてジェニファーをちらりと見る。
ジェニファーは、そのショートカットの女の子を睨み付けた。
「ヒッヒッヒ。よせ、チギー! 間もなく、ハリルもジェニファーもそのお友達も、全て無謀な挑戦だったと知る。少しでも、夢を見せてやればいい。ヒッヒッヒ。さあ、もうすぐレースだ。いくぞ」
二人は、私達を小バカにするように高笑いをあげながら去っていった。
うーーん。レース前に、完全にリズムを乱された感じ。それが作戦だとしたら、なかなかの策士。…………一体何者なんだろう。そう思っていたら、代わりにヘルツがハリルに聞いた。
「なんだー? あのおっさんと、ギャルは? 随分感じわりーやつらだな。おまえの事、知ってたみたいだし当然知り合いなんだろ? あんまし、友好的には見えなかったけどよー」
「フンッ! ただの商売敵だ。ガルド・ドーンっていうやつで、事あるごとに俺に絡んでくるんだよ。とりあえずあいつは、ほうっておいてもいいが、隣にいたチギー・フライドって女は要注意だ。最近、ガルドが雇った騎手なんだが、正直ジェニファーはまだ一度もあの女に勝った事がない」
その言葉に、俯いて表情を暗くするジェニファー。右手に持つ槍を握りしめている。私はジェニファーにもしっかりと聞こえるように言った。
「でも、今日のレースの優勝は、私がもらったから! 他の参加者には、残念だけど次のレースにかけてまた頑張ってもらうしかないよね」
それを聞いて、ルシエルとヘルツが慌てる。
「おいおいおい!! アテナ!! オレもいるんだぞ! アテナには、悪いけど優勝するのはオレだからな!」
「そうは、いかねーよ! オレっちだってガンロックフェスの為にも稼がなきゃいけねーし、アテナちゃんやジェニファーちゃんやルシエルには、負けらんねーぜ」
「こらー! ヘルツ! なんでオレだけ、ちゃん付けじゃないんだよ!」
「え? なんとなく」
「なんとなくってなんだよー!!」
「ちょっと、ルシエル、ヘルツ! ここは、他の選手もいるんだからはしゃぎまわらないで!」
ルシエルとヘルツのやり取りに、皆笑った。レース前に思わぬライバル出現で少し緊張していたけど、完全にほぐれた。そして、私たちのやり取りを見ていたジェニファーの目に、炎が見えた。どうやら、やる気を取り戻したようね。フフフ。出るからには、そうでないと面白くない。
係員がやってきた。
「それじゃ選手の皆さんは、それぞれクルックピーに騎乗して、レース場へ移動してください。因みに、レース中はクルックピーへの攻撃は禁止ですからねー。それに魔法等の使用も禁止させて頂きます。基本的に、レース参加直前に持ち込んだ武器は自衛手段としても許可されてありますので、それぞれお持ちください」
…………魔法禁止かー。火球魔法は、危険だから使うつもりははなからなかったけど、全方位型魔法防壁が使えないのは、ちょっときついかな。
レース場に移動する。最後にハリルが耳打ちしてきた。
「あそこに、ジェニファーみたいに鎧を着込んで、デカい騎士用のランスを持っている男がいるだろ?」
「うん。あの人、強いね」
「解るか。流石、ヘルツが見込んだだけの事はある冒険者だな。あいつの名は、ボルト・マックイーン。実は一番危険なやつは、チギーじゃない。あいつだ。あいつは、この騎手同士が格闘するレースで連勝中のチャンピオンだ。あいつと、レースでいくとこまでやり合って、命を落としたやつは何人かいる。気をつけろ」
それを聞いて、私はルシエルと顔を見合わせてニヤリと笑った。これは、面白くなってきた。
――――レース場。30人が一斉に、スタートラインに並んだ。
観客席を見ると、ルキアとハリルの顔が見えた。その隣に、あの山高帽……ガルドという男もいる。私とルシエルの活躍を見ててね、ルキア。手を振ると、ルキアも嬉しそうに手を振り返してくれた。
レース場に、10人のウィザードが現れた。そして、高さ10メートル以上はある、平らな盤上のガラスが運ばれてきた。それは、実は特別製の水晶らしく、魔法の力でレース中、そこへ私達騎手のレースが映し出されるらしい。長距離レースなので、選手がレース場を飛び出した後は、観客たちはそれを見て応援するみたい。こんなのは、クラインベルト王国にはなかった。レース中継できるなんて、凄い。
「さあ、それでは間もなく始まります! 特別レース!! レース場に集まった皆さん、用意はよろしいでしょうか? それでは、いよいよスタートいたします!!」
司会者がそう言うと、1人のウィザードが魔法を詠唱。空へ光の弾を打ち上げた。
光の弾が弾け、炸裂音と閃光が降り注ぐ。
待ちに待ったレースが始まった。
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〚下記備考欄〛
〇ガルド・ドーン 種別:ヒューム
山高帽がトレードマークのおじさん。ハリルと同じく、鳥主をしていてカッサスのクルックピーレースに人生を賭けている。商売敵であるハリルとジェニファーには、いつもライバル心を燃やしている。どうでもいい事だが、まあまあの甘党でいつも、チョコレートか飴玉なんかをポケットに忍ばせている。レース会場でそれを口に放り込んでいる所をたまに子供に見られる事があり、それで子供が食べたそうにしているとお菓子をあげるというような意外な一面ももっている。
〇チギー・フライド 種別:ヒューム
カッサスのクルックピーレースの選手。ガルドに雇われていて、彼の飼育しているクルックピーに乗って出場している。なかなかの猛者で、ジェニファーは過去のレースでチギーに一度も勝利したことがない。それ程の選手。一人称は、「アチキ」っていうが、決して……断じてチギーって名前から意識していて言っている訳ではない。……たぶん。
〇ボルト・マックイーン 種別:ヒューム
カッサスのクルックピーレースの選手。現在、このカッサスの街で行われているレースで連勝中のチャンピオン。本当の要注意人物は、チギーでは無くてボルト・マックイーンだった。全身鎧に、ランスを武器とする重装騎士スタイルの選手。
〇山高帽 種別:防具
読み方は、やまたかぼう。ボーラーハットとも呼ばれ、上の部分は丸みがある短いツバのついた帽子。お洒落重視の帽子で色も実に様々あるようだが、一番ポピュラーな色は黒である。
〇超巨大水晶板
数人~数十人のウィザードの力で、ここではない何処か見たい場所を水晶板に映し出す事ができる。別の呼び方は、モニター。まんまやないかーーい。
〇全方位型魔法防壁 種別:防御系魔法
強力な防御系上位魔法。自分の周囲にドーム状(実は球体)の光の幕を張り、物理攻撃や炎や冷気などの攻撃も防ぐ。とても強固な防御魔法で、なんとアテナはこの魔法を瞬時に発動できる。
〇火球魔法 種別:黒魔法
火属性の中位黒魔法。殺傷力も高く強力な破壊力のある攻撃魔法だが、中級魔法の中では、まず覚える一般的な魔法。




