第899話 『いよいよだなー』
「姫様に仇名すやからを、捕らえろおおおお!!」
「っちい! めんどくさい、クラインベルトの国境警備隊か!!」
アシュワルドの兵が、ジュノーに次々と襲い掛かる。人馬一体という言葉があるけれど、ジュノーは自分で作りだした氷の獣に跨り、まるで一体となって次々とアシュワルドの兵を打倒していく。
「私の楽しみを邪魔する奴らは、皆殺す!」
「うわあああっ!!」
このまま逃げ切れそう……だけど、それでいいのかと思う。
ジュノーは、かなり強い。私がここで逃げたら、きっと国境警備隊にかなりの犠牲がでるかもしれない。じゃあ、どうすればいいのか……
私の腰に手をまわして、捕まっているルシエルが言った。
「おっし、ようやくオレの凍らされた手も回復したぜ」
「え? もう大丈夫なの?」
「ああ、オレも火属性魔法は使えるからな。暖かくなる魔法で、頑張って溶かした。まだちょっと痺れているけど……これで戦えるぞ。さて、どうする? 兵達を助けるか? アテナの国の兵だろ」
「うん、そうね。このままアシュワルド達に加勢しようか」
頷くルシエルの後ろから、こちらに迫ってくる馬。アシュワルドが騎乗していた。私達の直ぐ後方では、アシュワルド麾下の兵がジュノーを取り囲んで、戦いを繰り広げている。
「姫様!!」
「アシュワルド!!」
「ここは、我らにお任せください」
「で、でも!?」
「姫様は、私の真の力をご存じでしょう?」
そう、アシュワルドはゲラルドと並び評される程の将。そしてクランベルト王国では、ゲラルドや姉のモニカと同じく、最強の剣士とも呼ばれている。
「ありがとう、アシュワルド。でも、気を付けて。あのジュノー・ヘラーというドルガンドの将軍、とんでもなく強いわよ」
「ふむ、確かにビリビリと何か感じますし、私の兵達もやられていっている。ならば、そろそろ部下達の加勢に参るか」
ルシエルが少し身を乗り出した。
「おっさん、気をつけろよ! ありゃあ、これまでに出会った事がない位の化物だぞ!」
「化物なら、既に何人か知っている。だがその助言は、肝に銘じておこう。では、姫様! また後程、お会い致しましょうぞ。アイルビーバック!!」
馬の速度をどんどん緩めていき、後方にいるジュノーの位置へ移動するアシュワルド。
「ええいっ、邪魔だ!! 私はアテナに用がある!! 貴様ら雑魚は、邪魔をするな!!」
「アテナ様と、言え! 下郎が!! 貴様は、ここでこの俺に敗れて連行されるのだ。姫様に危害を加えようとした、重罪でな!! なに、大人しくすれば命までは奪わんさ」
アシュワルドは剣を抜かずに、馬に備え付けていたウォーハンマーに手を伸ばす。それを握って、他の兵と共にジュノーに殴りかかった。
アシュワルドの一撃は、空を斬ってもブオンというとんでもない轟音がした。ジュノーも受け太刀できないと悟ったのか、アシュワルドと距離を取って回避する。しかしその先には、アシュワルドの兵が回り込んで彼女を囲む。
「うおおおお!! なんてうざったい!! アテナ、逃げずに私と戦ええええ!!」
「それじゃ、アシュワルド。気を付けて」
ジュノーの叫び声を無視して、私はアシュワルド達とジュノーから離れていった。草原をかけて、どんどん距離をあけていく。
近くに木々が生い茂る場所を見つけたので、カルビの背に軽く触れて伝えるとカルビはそちらに駆けて、木々の生える場所に飛び込むとそこを駆けた。
暫く駆けていると、川を見つけた。カルビが振り返る。
ワウッ
「おっと、そろそろルキア達の馬車に追いつくみたいだぞ」
「それじゃ、カルビ。ちょっとここで止まってくれる? 少し喉が渇いちゃった」
ワウ
川辺に止まり、私とルシエルはカルビの背から降りた。すると空気の抜けた風船のように、カルビはフシュルルルっと小さくしぼんでいき、もとの子ウルフの大きに戻った。
私はカルビを抱き上げると、その口にキスをして抱きしめた。
「ありがとう、カルビ。本当に頼りになったよ」
ワウ。
ノクタームエルドでも、ルキアのピンチの時にカルビは巨大化して彼女を助けた。クロエがゲース・ボステッドの屋敷に捕らえれていた時もそう。ノエルと共に、後を追って私をそこまで誘導してくれた。
人間とか、魔物とかそんなのもう関係ない。カルビは、私の大切な仲間で大事な家族なんだなって改めて感じた。ルシエルにとっても、それは同じ思いだろう。その証拠に――
「おーーおーー、よしよしよし。大活躍だったな、カルビ。流石はカルビだぜ」
ワウウウワウウウ。
「よし、ご褒美に干し肉をあげよう。いいか、特別だぞ」
ワウウ!
「よーし、ほら、干し肉だ……って美味そうだな」
ルシエルは懐から干し肉を取り出すと、カルビにあげると見せかけて自分で齧った。
ガルウッ!!
「いって!! こら、カルビ!! オレの足を噛みやがったなー!!」
ガルウウウウウ!!
「こんのー、てめーー!! このオレに歯向かうとはいい度胸だ!! あっ、いて!!」
ルシエルの頭を、ポカリと軽く叩く。
「なにすんだー、アテナ!!」
「さっきのは、ルシエルが悪い!! ちゃんとカルビに干し肉をあげなさい! あげるって言ったんだから」
「ちぇーーっ」
ルシエルは口をとがらせて、手に持っていた残っている干し肉をカルビにあげた。カルビは、美味しそうに干し肉を貪る。私はそれを横目に、川へ近づくと水をすくって飲んだ。ルシエルも同じようにする。
「ふう……喉も潤したし、それじゃルキア達を追いかけようか」
「ああ、そうだな。カルビの反応から、近い所できっと馬車を止めて、オレ達が追いついてくるのを待っているに違いない。急ごうぜ」
ここはもうパスキア王国。ルキア達と合流をすれば、王都までは一直線。いよいよだなーって思った。




