第898話 『剣士orキャンパー』
ジュノーは、氷で造った獣に騎乗して、私達を追撃してきた。ルシエルが、矢を放つ。しかしジュノーは、剣を抜くとそれを悉く打ち払った。
「くうーーー!! やりやがるな!! いとも簡単にオレの矢を弾くとは!! こうなったら、これでどうだ!! 必殺、ダブルスナイプ!!」
ルシエルは矢筒から2本の矢を取り出すと、それを人差し指から薬指まで挟んで同時に放った。2本の矢は勢いよく飛んでいったが、やはりジュノーに軽く払われる。
「え? 必殺って言ったのに? 」
信じられないという顔でルシエルの顔を覗き込むと、ルシエルは顔を真っ赤にした。
「ちっきしょー!! あいつ、オレに恥をかかせやがってーー!!」
「って、恥をかかせるもなにも、矢に刺さりたくなければ、とうぜん弾くよね」
クスリと笑うと、ルシエルは更に顔真っ赤にして、今度は3本の矢を同時に射ち込んだ。
「ならば、これならどうじゃいいい!! 今度こそ必ず必殺! トリプレットスナイプ!!」
勢いよくジュノー目がけて飛んでいく、3本の矢。狙いはジュノーが剣を持っている右腕と、脇腹、そして太腿。【アーチャー】とはいえ、これほどまでの芸当を軽々とやってのけるのは、ルシエルだからこそなのかもしれない。
例えばだけど、同時に3本の矢を放ち、その放った矢をそれぞれ自分の狙っている箇所目がけて射る事ができるなんて、過去に知り合ったルシエルの狩り友で、【アーチャー】のヘルツ・グッソーでもできないだろう。
だけど――
「う、嘘だろ⁉」
ジュノーは、ダブルスナイプを弾いた時よりも上回るスピードと正確さで、3本の矢を打ち払った。しかもその1本は、打ち上げる形で止めると、落ちてくる矢を片手で掴む。剣を鞘に収めると、何かを呟いてなんと氷の弓を造り、それにルシエルの矢を添えてこちらに射返してきた。
「うわあああ!!」
「驚くのはいいから、飛んでくる矢をどうにかして、ルシエル!!」
「なんもそんな青筋たてて言わんでも、解ってますがなーー!! うりゃああっ!!」
飛んできた矢を、私も驚くほどの動体視力で、ルシエルが掴んだ。
「ちょ……ルシエル!!」
「け、剣やナイフを抜く暇がなくて、つい……でも、良かったぜ。なんとか掴めた」
【真剣白刃取り】という技を私は、習得している。相手の剣を空手で挟んで、止める――もしくは、そこから刃を折ったり相手に蹴りを入れて剣を奪う技。
だけど飛んでくる矢を払う事はあっても、素手で掴むなんて……
「よっしゃ、それならいいや。とことんやってやんよ、キャッチボールといこうぜ!! ジュノー、今度は更に速度をあげて矢を放ってやるぜええ!!」
ルシエルは掴んやを再び弓に添えて、放とうとする。だけど直ぐに、悲鳴をあげた。
「ひいいいい!! なんじゃこりゃあああ!!」
不気味な薄ら笑いを浮かべるジュノー。更に速度をあげて、こちらに迫ってきた。
「ど、どうしたの? ルシエル!!」
「アテナ―!! 助けちくりーー、あいつにいっぱい喰わされてしもーた!!」
ルシエルを見ると、矢を掴んでいる手がその矢ごと凍り付いている。これは……罠。
氷の矢なら、ルシエルは素手で掴まなかったかもしれない。だけど、矢はルシエルの放った矢だった。泣き叫ぶルシエル。
「冷たいよ、痛いよ、冷たいよ、痛いよーー!! どうにかしてくれ、アテナーー!! まんまとあいつの罠にハマっちゃったんだよーー!!」
「はいはい、ちょっと待って!! ちょっとだけ我慢しなさい!!」
「ヒンッ!」
右手が凍り付いてしまって、項垂れるルシエル。そうこうしている間に、隣にジュノーが並んだ。彼女は剣を抜いて、攻撃してくる。私も応戦した。
カルビと、氷の獣――並走しながら、剣での打ち合いが続く。
「ハハハハ、なかなか楽しませてくれる!! 想像以上だな!!」
「こっちは、ぜんぜん楽しくなんてないけどね!!」
「ほう、腕の立つ剣士だと聞いたが、腕に覚えのある者との対決を楽しめぬとはな!!」
「どちらかというと、私は剣士というよりはキャンパーよ! キャンプをこよなく愛するキャンパー!! 剣の修行をしたのは、自衛の為と、いざという時に大切なものを守る為!! 殺戮を楽しむ為に、剣を磨いているあなた達とは違うわね!!」
「フン、口の減らない奴だ。しかしいくら剣の腕が立つと言っても、所詮はお姫様。そのお姫様を捕らえてこいと言われた時には、とめどない憂鬱に襲われたが……まさかこれほど、楽しませてくれるとは正直驚いたぞ!!」
「なんにしても、私はこれからやらなきゃならない事があるし、あなたにかまってもいられないから!!」
思い切り剣を打ち込んで、カルビの頭に軽く手を触れる。するとカルビは、サッとジュノーから離れて距離を取った。
――ここだ!!
「じゃあね、ジュノー!! ≪火球魔法≫!!」
シンプルイズベスト!! 単純な魔法だけど、中級魔法で破壊力も抜群。真っ赤にメラメラと燃えあがる火球が、ジュノーに着弾した。彼女を爆炎が包み込む。
しかしその爆炎の中から、ジュノーを乗せた氷の獣が、まるで投げ槍のように飛び出してきた。ジュノーの顔には、若干ススのようなものがついているけれど、彼女に全くダメージは見られない。
どうしよう、こうなったらここで最後まで戦うしかないの?
「アテナ!! あれを見ろ!!」
ルシエルは、凍り付いている手を、もう片方の手でかばっているので、顎であそこだと指した。
見ると少し向こうの方には、およそ5百騎程の騎兵が並走している。そしてその騎兵は綺麗な隊列を作り、こちらに近づいてくる。
目で確認できる距離になって、騎士達の身に着けている紋章や指揮している者の顔を見てそれが誰だか解った。
クラインベルト王国、国境警備指令――アシュワルド・ブラスコネッガーだった。




