第892話 『黒い追手 その3』
ジーク・フリートは、剣を構えると言った。
「どうやら、腕づくで捕らえるしかないようだな」
「ひゃっひゃっひゃ! このおっさん、もうオレ達を捕らえたつもりになってるぜ。そんなん無理に決まってんのになー、なあアテナ。傑作だぜ!」
ルシエルが挑発すると、ジュノーが先に動いた。剣。狙いは、ルシエルの喉だった。
「あ、危ねええっ!!」
とんでもなく早い突き。普通の剣士なら、これで終わっていただろう。だけどルシエルは、それを避けた。それと同時に、突いてきたジュノーの剣を私が斬り上げて払う。もう一方の剣も抜いて二刀で、斬りかかる。
それが戦闘開始の合図になった。ジーク・フリートも混ざり、私は二刀でジーク・フリートとジュノーの剣を受け止める。そこから反撃するが、避けられてまた攻撃される。くっ、これは強い!!
「ちょっとなんだよ! アテナばかり、盛り上がりやがって! オレも混ぜろってば!!」
ルシエルも太刀『土風』を抜いて、反撃に転じる。私とジーク・フリート、ジュノー・ヘラー、そこへルシエルが加わった。剣が空を斬る音と、金属音が辺りに鳴り響く。
ジーク・フリートの剣を受けて反撃しようとすると、ジュノーが剣を振ってくる。更に踏み込まれると思ったら、そのジュノーをルシエルが攻撃し、その攻撃をジーク・フリートが受け止めた。息もつかせぬ2対2の攻防。
これは、やっぱり改めて思う。ドルガンドの将軍クラスというだけあって、この2人の強さは相当なものだった。
控え目に言っても、恐らくゲラルドやアシュワルドクラスだろうか。それ程と言ってもいい位に感じた。だからルシエルが一緒に残ってくれて、改めて助かったと思った。
「ひょえーーー!! つ、つえええ!! つええぞ、こいつら!! 何者なんだ!!」
「ドルガンドの将軍って言っていたでしょ!! ルシエル、油断しないでね!!」
「わ、わーっているよ!!」
言った傍からルシエルは、ジーク・フリートに腹部を蹴りこまれた。「うげっ!」って声と共に後方へ吹っ飛ぶ。
「ルシエル!!」
ルシエルがこんなやられ方をするなんて、珍しい。だから一瞬目を奪われる。その隙をつきて、ジュノーが踏み込んできて私のツインブレイドを素早く二刀とも弾くと、ルシエルと同じように、私のお腹に思い切り蹴りを入れられた。横蹴り。私も大きく後方へ吹き飛んで、ルシエルが飛んで行った草木の生い茂る中へ転がった。
それでも剣は離さない。慌てて起きあがると、隣で同じように立ち上がるルシエルが見えた。少し、ほっとする。
でもそれは束の間。ジュノーに一瞬にして距離を詰められると、またも剣による鋭い攻撃が繰り出される。
ギイイン! ギイイン!
鬱蒼とした森の中を、金属音が連続して鳴り響く。ルシエルもよくあのジーク・フリートの攻撃をしのいでいるなと思った。
「ここまでだな。アテナ」
「この位で……絶対私は、観念しないわよ!! あなたになんて負けないんだから!!」
ジュノーは、微かに笑う。
「観念なんてしなくていい。そうすれば、お前を、ここで殺せるのだから」
「え?」
「正直、私は王女の誘拐など、どうでもいいのだ。手を合わせてみて、貴様が王女などではなく、いっぱしの剣士だと解った。圧倒的な裏付けされた自信も感じる。私はそういった自分が強いと思っている者を、斬り殺せればそれでいいんだ」
はあ? なにそれ!? この子、もしかしてサイコパス!!
帝国には、ヴァルター・ケッペリンのような男もいる。他にこういう狂った将がいても決して不思議ではないけれど……でも、ジュノーは物凄く強い分、タチが悪いと思った。
「クラインベルトの第二王女アテナ。これからのお前の運命……国の行く末に絶望するならば、いっそここで死んで良かったと思うかもしれないぞ」
「どうかな。例えそんな風になったとしても、私はきっと絶望なんかしない!!」
ジュノーの剣速が更に早くなった。しかも一刀一刀の威力も重く増してきている。素早さに関しては私も自信があるし、まだまだ受け止める事はできるけれど、この一撃の重さは正直しんどかった。
「さらばだ、アテナ!!」
向こうでルシエルがこちらの様子に気づいて、ジュノーに矢を放って援護してくれようとした。でもそれをさせないと、ジーク・フリートが邪魔をする。
ジュノーの大振り。これなら、大丈夫。用心して二刀で受けにいった。
ジュノーの剣が私のツインブレイドに接触すると、とんでもなく大きな金属音がした。更に凄まじい衝撃が身体を伝う。
私はジュノーの一撃を、二刀でかろうじて受け止める事はできたものの、そのとんでもない威力で、また後方に飛ばされて木に打ち付けられた。
チャンスとばかりに、また打ち込んでくるに違いない。
私は木に打ち付けられた痛みを我慢して、直ぐに立ち上がると、予想通り目の前まで接近してきていたジュノーの剣を右へ左へと動いて回避した。
ジュノーの目つきが変わる。
「クラインベルト王国の第一王女、第二王女共に、あの伝説級の冒険者ヘリオス・フリートの弟子であり、腕も立つと……そして特に第二王女は、ヘリオスの愛弟子だと聞いていたが……予想以上の強さだ。ここまでして、討ち取れんとは……正直驚いている」
さっきまでの冷淡で無表情だった彼女とは、別人のように生き生きとしている様子。もしかして、戦闘狂なのか。私は、不愛想に応える。
「あ、そう! 私は別に驚いていないけどね」
「なんだと?」
「だって、師匠でしょ。私の姉のモニカでしょ。バーンでしょ。それにゲラルドにアシュワルドに……あんたなんかより、強い剣士なんて他に何人も会っているから」
これには怒ったのか、再び冷淡な顔に戻るジュノー。これまで以上のスピードで斬り込んでくると、目にも止まらない速度で連続して剣を打ち込んできた。私は、全神経を総動員して集中し、彼女の剣を弾き返し避ける。
チャンス!!
彼女の胸元を狙って剣を突き出す。
「まんまとかかったな」
「え?」
慌ててもう一方の剣で身を守ろうとすると、その剣の上からジュノーに膝蹴りを入れられた。私はまたしても、派手に吹っ飛んだ。




