第885話 『ルキアの不安』
ガタガタと、変わらず山道を馬車で走る。
お世辞にも道は良くないので、やはり馬車はそれなりに揺れる。だけどこういうのは、楽しい。徒歩は徒歩でいいけれど、馬車での移動も好きだし、仲間と一緒にのんびり旅というのもいい。
ルシエルの次に隣に座ったルキアは、山の中を興味深く見渡していた。
「フフフ、何かいいものでも見つけた?」
「うーーん、特には気になるものはないですね。魔物も潜んでいるように見えないですし」
宝箱とか、美味しそうな食用のキノコや木の実、そういうのを見つけた? って聞いたつもりだったのだけれど、ルキアは魔物や山賊なんかの襲撃を警戒してくれていたみたい。
少し前に、ロンダリ村でのオークの軍団との戦闘もあったし、確かにこういう鬱蒼とした山に中には、ゴブリンやコボルトといった魔物も少なくはない。だけどもうちょっと、肩の力を抜いてもいいのになと思う。
ルキアが可愛い目をパチクリとさせて、こちらを振り向く。
「そういえば、もう少しでパスキア王国なんですよね!」
「うん、もう直ぐだよ。今丁度、クラインベルト王国とパスキア王国の国境付近だから、もう間もなく国境を越えるよ」
「そしたら、いよいよですね」
「うん、そうだね。いよいよだね」
そう言ってにこりと微笑むと、ルキアも微笑み返してくれた。本当にこの子は、真面目で可愛くていい子だなって思う。もはや私にとってルキアは、ルーニと同じく大切な妹。
キャンキャンキャーーン!!
唐突に馬車の中から、カルビの悲鳴が聞こえた。何があったのかと驚いたけれど、すぐさまルシエルと、マリンの笑い声が聞こえてきたので、ルシエルがまたしでかしたのだと思った。
うん、絶対にそう。きっと、カルビの鼻をさっき私にしたみたいに、ベロンって舐めたに違いない。まったくルシエルはーー、あんな悪戯好きなエルフは、見たことがないよ。
「ギャハハハハ!! どうだ、まいったか、カルビ!! これにこりたら、二度とオレに逆らわんことだ!!」
「ブフーー、ブフーーー!! 傑作だ! まさか、鼻を舐めるとはね。そうすることで、カルビは暫くルシエルの唾液のにおいを……ブフーー、まったくなんてことを考えるんだ、君は!! まさにカルビは今、状態異常じゃないか!! プフフーーー」
「……あはは、マリン。傑作だろ?」
「ああ、傑作だよ!」
ペロンっ
「ぎゃああああ!! ルシエルうううう!! き、君はいったいボクになんてことを……すんすんすん……いやあああ、ずっとにおいがするよ!! ずっとおおお!!」
「ギャハハハハ!! どいつもこいつも皆殺しだあああ!! この際だ!! マリン、お前にも誰がボスか、きっちりと教えておかねばならんからなー、フヒャヒャヒャ!! ちらり……」
「おい、こっち来るならよ。あたしにもそんな事したら、自慢の鉄拳をその面にお見舞いするからな」
「フヘヘヘ」
「おい、やめろ! 脅しじゃねーぞ!! 本当に、鉄拳をお見舞いするからな!! あ、あたしは、本気だぞ!! よせ、くるな!!」
「フヒヒヒヒ、っと見せかけて狙いはクロエ。ペロン」
「ふえ?」
「こらあああ、ルシエル!! てめえ何クロエにとんでもねーことしてんだ!! 見ろ、固まってしまったじゃねーか!!」
「ギャハハ、そんなん知らんわい!! 言っただろ、どいつもこいつも皆殺しだっつって!!」
「てめえ、この血も涙もないエルフが!!」
「やるか、ドワーフ!! お前の鼻もねっちょりと、ねぶってやろうか!!」
ね、ねぶるって言い方!!
そんな言葉を、言い放つエルフってどうなの⁉ かなりハッスルしているのと、これ以上犠牲者を出さない為に、馬車の中……荷台へ向けて大きな声で言った。
「こらーー、ルシエル!! その辺にしなさーい!!」
「えええーーー」
「えええーーっじゃなーい。これ以上、そんな走っている馬車の中で暴れているなら、怒るよ」
「え、マジで?」
「マジで」
「じゃあ、仕方ない。アテナ、怒ると怖いもん。はーーい。大人しくしまーーす」
「よろしい。もう少し、大人しい遊びをしなさい」
「解った。それじゃ、トランプでもしよーぜ」
「トランプならいいだろう」っというノエルの声と、「ボクもするー」っていうマリンの声。そしてクロエは、「わたしもいいですか」と返事をしている。フフフ、楽しそうだな。
とりあえず皆落ち着いた所で、またルキアがこちらを向いて言った。
「……あの」
「ん? なーに」
「アテナはこれからパスキア王国へ、パスキア王国の王子との結婚をしに行くんですよね」
「う……け、結婚じゃないよ。縁談だよ」
「でも、結婚するかもしれないんですよね。そうしたら、その後……私はどうなりますか? わ、私はこれまで通り、アテナと旅をもっと続けたいです。でも、パスキア王国の王子様がとてもいい人で、アテナが結婚することによって幸せと思ったり、お互いの国が平和になったりするんだったら……でも私……」
ルキアが、困惑した顔をしている。私はそんなルキアの頭を優しく撫でると、笑った。
「フフフ、大丈夫。結婚はしないよ」
「ほ、本当ですか?」
「うん。私もまだまだルキア達と旅を続けたい。それにまだまだ知らない世界を見て冒険して、色々な場所でキャンプを楽しみたいからね。パスキア王国のカミュウ王子にはとても申し訳ないけれど、結婚は考えていません!」
「そ、そうなんですか……」
「フフフ、そうなんだよ」
ルキアは俯いた。でもその表情からは、ほっとしたような感じと共に、嬉しい時の笑みが溢れていた。




