第88話 『レース出場』
私たちは、久しぶりに再会したヘルツ・グッソーに連れられて、カッサスの街にある、ハリル・トントという人の家を訪れた。レースに出る為には、ヘルツの友人である彼の力が必要らしい。
家のドアを叩くと、中から立派な髭を蓄えた男が現れた。顔つきから、人の良さそうな感じが伺える。
「久しいなー、ヘルツ! 何処かで野垂れ死にしているかと思っていたぞ! 生きてたかー!!」
「ハリル! 久しぶりだよなー。あんたこそ、元気そうでなによりだぜ」
抱き合って挨拶する二人。ヘルツが言うには、昔からの顔馴染みらしいけど、聞いていた印象よりも凄く仲がいいみたい。目が合う。
「ん? それはそうとヘルツ、紹介してくれ。そのつもりで、連れて来たのだろ? そちらの美しいお嬢さん達はどちらさんだ?」
「ああ! このお嬢さん達は、オレッちのダチで――」
「私は、ヘルツの友人でアテナと言います。そして、こっちの二人がルシエルとルキア。その隣にいる子ウルフが使い魔のカルビ。私達は普段は、冒険者を生業としています」
軽く自己紹介をして、握手を交わした。
「そうか。俺は、ヘルツの友人だ。ハリル・トント――ハリルでいい。そして、この街のクルックピーレースに出場するクルックピーを、取り扱っている鳥主だ」
「とりぬし? それって馬主みたいなもの?」
クラインベルト王国でも、競馬という馬を使ったレースはある。この街のレースと一緒で、レースを観戦しにきたお客さんが自分達の贔屓の馬に、お金を賭けて楽しむ場所。レースで走る馬は、馬主という人達が馬を飼って育成し、出場させている。それで、手に入れた賞金で生計を立てる。それが馬主。ここでは、鳥が走っているので、鳥主ということか。なるほど。
「もしかして、クルックピーレースを見るのは初めてかね。鳥主とは、クルックピーを育成し、選手を育てあげ、レースに参加させ賞金を稼ぐ仕事をしている者なんだ」
ハリルは、そう説明した所で、はっとした表情をした。
「それで、ヘルツ。もしかして、このおまえのお友達だが…………もしかして、明日の特別レースに出場できる選手を連れてきてくれたのか⁉」
え?
と……特別レース? 特別レースってなんぞ⁉
ハリルは、品定めするような目で私たちを見て言った。一部聞いていなかった話しに苦笑いする私をよそに、ヘルツは何度も私達を見ては頷いていた。
「そうだぜ。アテナちゃん達も、俺っちと同じくすぐにでも金が稼ぎたいってんで、誘って連れて来たんだ。それに、見た目はか弱い乙女だが、その強さは特急品だぜ」
「それは、ほんとか!!」
「ああ! だから明日開催される、例のレースにオレッち達を出場させてくれ。俺っち達で優勝はおろか上位入賞総なめにして、ガッポリと稼いでみせるからよ。できるだろ?」
ハリルは、手を叩いて指をさした。
「やっぱりそうか! そうだと、思ったぜ。もちろん俺に任せれば、レースに出してやることはできる。だが、稼げるかどうかは、自分次第だがな」
「じゃあ早速でわりーが、レースで走るクルックピーを見せてくれよ」
ヘルツが求めると、ハリルは早速何処かにいく素振りを見せ、私達に向かって手招きした。
「近くに、納屋があってそこでクルックピーを飼っている。この日の為に、訓練に訓練を重ねた奴らだ。見せるから、ついてきてくれ」
え? 私達はまだ完全にレースに出るとは、言っていないんだけどな。でもルシエルを見ると、目を輝かせて何かを期待している。もう、止められそうにないなあ。
……まあいいか。
路銀稼ぎは、できるのならできる時にしておきたいし、レースに興味がないと言えば嘘になるし。ちょっと面白そうだしね。
とりあえず、話を聞いた上で思案してみて、どうするか判断してみても遅くはないと思った。
…………それにしてもなんだか、どんどん話が進んでいく。ルシエルは嬉しそうだし――――きっともう自分は、レースに出るつもりなんだろうな。
「なっ! アテナ! レースに出るだろ? なっ! 出るよな! 楽しそうだし」
「うん。ちょっと、まだ思案中」
因みにここへ来る道中、ヘルツから聞いた話――――クルックピーレースに出ると、多額の賞金が貰えるらしい。
普段開催されている通常レースは1度に、計15羽のクルックピーが走る。しかし、明日行われるという特別なレースでは、倍の30羽のクルックピーが出場するそうだ。賞金の方も、それにみあってかなりの金額になるとの事。
うーん。ヘルツは、その賞金に目をつけているのだ。それは私達もだけど。んーーーー、このレースやっぱ出てもいいかも。気持ちが急に傾いてきたよ。
「着いた。ここだ、ここに俺のクルックピーがいる。まずは俺の育成した最高のクルックピーを見てくれ」
ハリルが言っていた納屋があった。確かに、クルックピーを飼育しているような感じに、改築もされている。
クルルルルッピ!!
――――いた!! 1羽は、納屋の外に出ている。
クルックピーの声に誘われて、早速ルシエルとルキアは、駆け寄っていった。ルシエルが、一番近くにいたクルックピーに抱き着いた。ルキアは、少し怖がっているけど触って撫でたいという様子は伝わってくる。
「わーーー!! こいつ可愛いなーー! 可愛いなーー!」
「オロゴの村から乗ったレンタルのクルックピーもそうですが、この鳥は物凄く愛嬌があって可愛いですよね! 羽もフサフサしています」
――――あれ、納屋に女の人がいる。餌をあげている。ここのクルックピーの飼育をしている人かな。
ハリルが呼びかける。
「ジェニファー。ちょっといいか」
その女性は、こちらを振り向いた。
「ヘルツとお客さんだ。明日、ヘルツの他に彼女達も特別レースに参加する」
ハリルが、紹介してくれたので、挨拶を交わした。
「ジェニファー・ローランドよ。ジェニファーでいいわ。私はここで、ハリルの育てているクルックピーの飼育と、レースの騎手をやっているわ。よろしくね」
「私はアテナ。冒険者よ。あっちで、クルックピーと戯れているのが、ルシエルとルキア。その横にいる子ウルフが使い魔の、カルビ。よろしくね」
ジェニファーは、微笑んでルシエル達にも手を振った。
「もしかして、明日の特別レースにジェニファーも出場するの?」
「私も、参加はするわ。もちろん、優勝を狙っている」
「ほほーう。それなら、私たちはライバルってことかしらね」
ライバルと言う言葉に反応したのか、ジェニファーの目つきが少し変わった風に見えた。そして暫し、見つめられたが、私は目を逸らさない。
ハリルが言った。
「とりあえず、俺の所にいるクルックピーは全部で4羽。特別レースは、極めて多額の賞金がでる。だから明日のレースには、俺の持っている鳥を全部出して勝負したい。それでそのうちの1羽は、ジェニファーが乗る。残った3羽をヘルツの方で、騎乗し出場してほしい。因みにおまえらの取り分は、なんと賞金の8割だ。他では考えられない位のいい話だろ?」
8割!! それに私は驚いた。普通、こういう交渉事って、もっと足元見てするもんだと思ったんだけど…………あからさまに多すぎる。私たちがヘルツの友人だから、それを考慮してくれているのかもしれないけど。だけど、8割って――――
ヘルツが飛び跳ねた。
「いいねー! 8割か! 一気にやる気んなったわ! じゃあ3羽のうち、1羽は俺ッちが乗るからーー」
ヘルツがこっちを見る。もう、しょうがないな。ここまできたら、乗りかかった船だ。
「じゃあ、残りは私とルシエルが参加するわ」
「おおー!! 言ってくれたな!! これで、明日のレースは俺達が頂いたようなもんだ。うわっはっはっはっは」
ハリルが笑った。それにルシエルとヘルツも同調した。
なんだかんだこんな感じでトントントンっと、レースに出ることが決まってしまった。考えてみれば、オロゴの村でナジームにクルックピーのレース場があると、ルシエルが聞いて知ってしまった所で、こうなる事は運命だったのかもしれない。
――――ふむ。
まあ、クルックピーに騎乗してレースっていうのも面白い体験だし、勝てばお金も稼げるし、結果いいかもね。
ルシエルの方を見てみると、ヘルツと一緒に、何度も「勝つぞー!」って叫んで息巻いていた。
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〚下記備考欄〛
〇ハリル・トント 種別:ヒューム
ヘルツの友人。カッサスの街に住み、クルックピーレースに出る選手とクルックピーを育成している。レースがあれば自分の選手とクルックピーを出して、賞金を稼いでいる鳥主。
〇ジェニファー・ローランド 種別:ヒューム
カッサスの街出身で、ハリルと知り合ってからは一緒にレース優勝に向けて頑張っている。槍使いでもあり、クルックピーレースには、選手同士が格闘するレースなどにも参加している。ハリルはジェニファーと知り合った時、自己紹介もせずに一緒にレースで勝とうと彼女を誘ったという。カッサスの街で生まれ育ったジェニファーもレースに出る事が幼い時からの夢だった。
〇特別レース
ハリルが今回アテナ達の協力も得て、出走し荒稼ぎしたいと思っているレース。通常のクルックピーレースとは、出場者数も距離もルールも違うのだ。




