第878話 『タルサの罠 その1』
遺跡――ダンジョンに足を踏み入れる。
先頭には、ジーク・フリート将軍。その後ろにジュノー様と5人の兵士。そしてヴァルツ将軍と、私が後衛として続いた。
私はもはやルーラン王国を裏切り、今はジュノー様に忠誠を捧げている身だ。つまりジュノ―様の為にも、この先何かあれば私がこの身に変えてもヴァルツ将軍を守らなくてはならない。
一緒に行動しているのが、ヴァルツ将軍で良かった。これがもしシュバインだったとしたら、私は奴を決して守りたくはない。ジュノー様の為であっても……あの豚を守らなければならないと思うだけでも、吐きそうになる。
「ベレス、大丈夫か」
「え? あ、はい、ヴァルツ将軍! 大丈夫です!」
「ならいいが。それで……我々は、このままこの奥へ進むしかないのか?」
「はい! ルーランの国王は、このダンジョンの奥へ逃げ込んでいる。それは、間違いありません。ですがタルサ様が一緒であれば、私達のような追撃する者を待ち構え、きっとあちこちに罠を張り巡らせているでしょう」
「そうか、解った。聞こえたな、フリート将軍」
フリート将軍は、軽く頷くとダンジョンの奥へと足を進めた。その足取りは実に軽やかで、特に罠を警戒していないのではという程だった。
カチリッ
その時、ジーク・フリートの歩いた辺りで、何か音がした。
!!
ビュンビュンビュン!!
刹那、何本もの矢が先頭を行くフリート将軍に襲い掛かる。思わず、フリート将軍の名を叫びそうになるも、彼は、それよりも早く……飛んでくる矢よりも素早く、剣を抜いてその全てを叩き落とした。
圧倒的な剣速に目を奪われる。ジュノー様の顔を伺うも、彼女はフリート将軍の剣さばきを見ても無表情だった。ジュノー将軍にとっても、当たり前のレベルなのだと悟った。
「やっぱり、罠を仕掛けてやがるな。しかもあれを見ろ、かなり強力なボウガンが配置してある」
「フリート将軍の手にもあまるか? 更に応援を呼んだ方がいいなど、必要な事があれば言ってくれ」
「いや、このまま行こう。奥まで行ったら、また帰ってこなくちゃならないからな。このままワザと罠を作動させて、全部潰していけばいい。こう見えて俺は、面倒事は先に終わらせておきたいタイプなんだ」
「わ、解った。それではフリート将軍に任せよう」
ジーク・フリート。ジュノー様もとんでもない強さを持っているが、この男も底知れない。
ドルガンド帝国人ではないし、竜を退治した話から言っても以前は、冒険者のような家業をしていたのだろうか。
どちらにしても、あのドルガンドの皇帝、ジギベル・ド・ドルガンドが将軍として受け入れる位なのだから、当然それに比例した力は兼ね備えているのだろう。
ルーランのタルサ様は、勇将の中の勇将であり、バラミス様も驚くほど強かった。だけど正直、ジュノー様とジーク・フリート将軍の強さはやはり、ルーランのどの将よりも遥かにずば抜けた、化け物じみた力を持っている。
あれこれ考えながら前進していると、またトラップが発動。無数の矢がまたフリート将軍に降りかかる。だがやはり彼は、微塵も動揺する素振りも焦りもなく、振り払う。
そしてまた前進。ダンジョンの中、石畳の上をフリート将軍に先導されて歩いていく。
カチリッ
直進する通路に差し掛かった時に、また何か嫌な音がした。フリート将軍は、咄嗟に直ぐ後方を歩いていた兵士を突き飛ばした。爆発!!
ドガーーーーンッ!!
「フリート将軍!!」
彼を心配して叫んだのは、ヴァルツ将軍と突き飛ばされた兵士達。ジュノー様は、相変わらずの無表情。
「大丈夫だああ、来るなああ!!」
直ぐに声がかえってきた。爆発は、タルサ様が仕掛けた罠。それにジーク・フリート将軍は、まんまとなのか、あえてなのかは解らないがかかってしまった。
爆発で舞い上がった煙が通路に充満して、私達の視界を奪ったが、次第に見えるようになっていく。するとフリート将軍のいた場所には、先程の爆発で大きな穴が空いていた。
ヴァルツ将軍達と慌てて穴に駆け寄り、中を覗き込んだ。すると下には大きなフロアが広がっていて、そこにポツンとフリート将軍が立っている。無事だったようだ。ヴァルツ将軍が叫ぶ。
「フリート将軍、待っていろ!! 今すぐ、引きあげてやる!!」
「ああ、頼む!!」
通路の真下にあった広い部屋には、暗闇が広がっていた。フリート将軍はカンテラを装備していたので、彼の周囲だけが照らしだされている。
「よし、ロープを垂らせ」
「はっ!」
ヴァルツ将軍が支持すると、兵士達は背負っているザックからロープを取り出した。そしてもう一度、下にいるフリート将軍に目を移す。すると周囲の暗闇の中から、人影が現れた。多量の人影。
「だ、誰かいるのか⁉」
兵士の一人がそう言った。もしかしてルーラン王国の兵士……もしくは、タルサ様。
だけど暗闇から姿を現した無数の人影は、なんと動く屍――スケルトンだった。
骨だけになってしまった身体、だが剣や槍、盾まで装備しているものもいる。更にその数、見えているだけでも何十体といる。きっと暗闇の中には、もっといるだろう。
こ、これは流石に危険だ。そう思ったけれど、フリート将軍は大きな声で言った。
「慌てるな!! 全部掃除してから上へあがる!! だからまあ、ロープの準備だけ頼む」
フリート将軍はそう言ってのけると、剣を抜いた。迫りくる無数のスケルトンを、斬って叩いて潰した。漆黒の剣――魔剣グラム。
あれだけの爆発を喰らったのにも関わらず、ダメージも見受けられない。そしてすぐさま、次々に襲い掛かってくるスケルトンどもを薙ぎ倒し、殲滅する。
ここにいるジュノー様以外、ヴァルツ将軍と私……そして兵士達は、こんな男が世の中にいるのかと、フリート将軍が無数のスケルトンと戦う姿に暫く目を奪われてしまっていた。




