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第873話  『初めての気持ちと味』



「ヘラー様……」


「ジュノーでいいと言っただろ? それと、いつまでもそこで突っ立っていないで、近くへ来て座ったらどうだ? 旧ルーラン王国の領土であるこの大森林は、既にヨルメニア大陸の北方に位置する。っと言っても北国の玄関口にすぎんが、それでも夜は冷える。こちらに来て、焚火で暖まるといい」


「は、はい。ジュノー様」



 私は、ジュノー様の言われるとおりに従った。もはやルーラン王国の下級騎士であったベレスは死んだ。今いるベレスは、ジュノー様に付き従う者……そう思い始めていた。


 ドルガンド帝国は憎い。家族を殺されたし、住まう場所も奪われたのだから。だけど、今私の目の前にいるジュノー様は特別に思えた。ううん、特別なのだ。まだ出会って僅かな時しか経ってはいないけれど、私の心はジュノー様に魅了され始めている。


 正確には彼女の魅力に、気づき始めていると言った方がいいかもしれない。


 ルーラン王国では、あまりいい暮らしをしていなかったし、地位も低かった。バラミス様のお陰で下級騎士になる事はできたが、実質……その辺の兵士と扱いは変わらない。給金だってそうだった。


 忠誠心もそれほど持っていたようには思えない。ルーラン王国に生まれたから、ルーランの為に剣を握っただけで、家族や知り合いの平和の為……生きていく為の報酬をもらう為にしか、戦う意味を見出せなかった。


 つまりはっきり言ってしまえば、私は王国の為や、陛下の為に自分の命を投げ出したいとは思っていなかった。死にたくなんてない……だけど、敵に捕まり乱暴され凌辱されて……殺されそうになった。悔しいという気持ちより、恐怖や後悔などの念で溢れていた。


 だけど……そんな絶望の淵にいる私をジュノー様は、救ってくださった。それは間違いない事実。



「ベレス、ほら。こちらに来てそこに座るといい。もうすぐ肉が焼き上がるぞ。極上の肉だ」


「え? あ、はい! で、では失礼致します」



 私は、焚火の前に座った。


 目前の焚火には、既に食べやすいように解体されたビッグボアの肉、豪快に串刺しにされたそれが焙られていて、食欲を掻き立てられるいい匂いを醸し出し始めていた。



「んーーー、いい香りだな。そこでこんなものも見つけてな。ローズマリーだ。実は、これも使用している。これは、極上のディナーになるぞ、ベレス」


「は、はい……」


「なんだ? 浮かない顔だな? どうした?」



 クリスタフ将軍……ジーク・フリート将軍……それにシュバイン……他のドルガンド帝国の軍人といる時とは、別人のように見える彼女……そんなジュノー様に、どんどん私の心は熱く鼓動する。



「わ、私はルーラン王国の騎士です。っと言っても、下級騎士でしたが……でもあなたの敵です。その敵を拘束もせずに、肉を振る舞うなんて……」


「なんだベレス。この私に拘束して欲しいのか? そのようなプレイが好きなのか?」



 フフと微笑を浮かべるジュノー様。私の顔はみるみると真っ赤になって、俯いてしまった。



「可愛い奴だな」


「か、可愛いだなんて……」



 私が可愛いなんていうのなら、ジュノー様の美貌はまるで女神。ううん、そういえばジュノー様には、漆黒も戦乙女という二つ名があった。ヴァルキリーなんて誰が名付けたのかも解らないけれど、ジュノー様にまさに相応しいと思う。


 ジュノー様は、焚火の炎で焼けたビッグボアの肉、それに突き刺している棒を握ると、まんべんなく火がとおっているかを確認する。



「いいだろう。程よく焼けていて。フフ、美味しそうだ。っていうか、もう待てない。ベレス、そこにナイフが二本あるだろう。私とお前の分だ。とってくれ」


「は、はい。こ、これで食べるのですか?」


「不満か?」


「い、いえ、別に……そういう訳ではなく」


「私は確かにドルガンド帝国人ではあるが、生まれ育った村は、国境ギリギリの村だ。帝国領ではあったが正直言うと、そこはルーランなのかドルガンドなのかも解らんような所でもあったしな。いつも戦火に巻き込まれ、貧しい村であった。だから私は、貴族でもなければ王族でもない。お行儀の良いナイフやフォークを使わずして食事をすることなど、日常茶飯事だった。お前はこんなナイフで食事をする事に、抵抗があるのか?」


「い、いえ、ありません! 大丈夫です! できます!」


「そうか、ならそれで、肉を削いで食べればいい。それに今は、ルーラン王国の残党軍との戦闘中であるしな。食事のマナーなんて構ってはいられん」



 ジュノー様はそういうと、また笑った。その笑みが、今の私にとって間違いなく安らぎになっている事を再確認させられた。敵だったのに……この人は、私の敵だった。なのに、この気持ち……不思議でならない。



「さあ、食べてみろ」


「は、はい。では――」



 ジュノー様が焼いてくれたビッグボアの肉。それをナイフで削ぐと、豪快に口の中に放り込んだ。私は貴族の家系だそうだけど、没落貴族……今更品性など知る由もないし、気にもしない。



 モッチャモッチャモッチャ……ごくんっ


「どうだ? 美味いか?」



 美味いなんてものじゃない。こんな美味しい肉を私は、今まで食べた事がなかった。噛み応えはあるものの、噛むと十分な旨味を含んだ肉汁が口の中で広がる。それに、この美味しい上質な肉を更に上のランクへと引き上げる……これは調味料?



「ジュノー様、とても美味しいです!!」


「そうか、それは良かった」



 にこりと微笑むジュノー様――私はそんな彼女を目の当たりにし、自分の気持ちを抑え込む事で精一杯になっていた。


 ジュノー様に尽くしたい……誰かにこれ程尽くしたいなんて、これもまたこの肉の味と同じく初めての気持ちだった。

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