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第872話 『ベレスの覚悟』



 焚火の前に座っていたジュノー・ヘラーは、おもむろに立ち上がると傍にあった剣を手に取り、私の方へ投げた。慌てて手で掴む。



「うわっ、と」


「腹が空いた。ベレス、ついてこい」


「え? あっ、はい!」



 つい先程まで、敵として戦っていた相手に剣を渡すジュノー・ヘラー。私などでは、彼女の事を全く理解できない。だけど、とても輝いて見える。彼女が特別で、私などとは比べ物にならない位に、とんでもなくまばゆいばかりの光を放っている事は解る。



「ヘラー将軍!! これから何処にいかれるおつもりか!! 勝手に軍を離れられては……うがっ!!」


「どけ、邪魔だ」



 キャンプから勝手に離れて、何処かへ行こうとするジュノー・ヘラー。彼女を止めようとした帝国兵を、彼女は軽く突き飛ばした。そして私に手招きをする。私は慌てて、彼女のあとを追う。



「こ、こんな事をしても大丈夫なのですか?」


「なに、大丈夫だ。こう見えて私は将軍だ。この場で私より上は、クリスタフ・ヴァルツただ一人。他の将軍は同列だし、その他の者は格下だ。私の方が偉い」


「し、しかし……」


「いいから、ついてこい!」


 ぎゅっ。



 ジュノー・ヘラーに手を握られ、引っ張られる。彼女のたなびく銀色の長い髪から、とてもいい香りがした。



「ヘラー将軍!! どちらへ行かれるおつもりか!! ヴァルツ総司令官に報告しますぞ!!」



 それでも追ってくる帝国兵。



「勝手にしろ。だいたい明日は、ルーランの残党軍との決戦だろ。だというのになんだあの食事は!! あんなものを(しょく)していては、満足に力もふるえんわ!! さあ、あんなのは放っておいて一緒に行こう、ベレス!」


「え? あ、はい!」



 ジュノー・ヘラーに手を引っ張られて、大森林の奥へと駆けていく。他の帝国兵は皆、あの場所でキャンプを張っていて、この場には私とジュノー・ヘラーの二人だけ。


 私はなんとなく、受け取った剣に目を向けた。ジュノー・ヘラーの足が止まる。



「……ほう、私を斬るつもりか?」


「え?」



 手を離し、一定の距離ができる。森の中には、二人だけが立っている。ジュノー・ヘラーはこちらを振り向く。



「ここには私と貴様、二人だけだ。できるならば、ここで私を斬り殺して、手柄としてルーランの国王のもとへ戻ればいいだろう。私の首をひとつ持っていけば、貴様はたちまち昇格して、死んだバラミスをも超える身分を与えられるかもしれないな。だが、それができればの話だ」



 私は慌てて両手を前に突き出して、降参のボーズをとる。剣を抜く気が、全くない事を彼女に必死に伝えた。



「ジュノー様! 先に話しました通り、私は生きたい!! 王国を裏切り、汚名を背負ってでも、まだ死にたくはないのです!! それに恩人であるあなたと……もっと一緒にいたい……」


「私は恩人ではない。剣を抜け、ベレス!!」


「え? そ、そんな……」


「抜けと言っているだろ!!」



 ジュノー・ヘラーは、私の言葉に耳を傾けずに、剣を抜いてこちらに向かってきた。咄嗟に迷う。剣を抜いて彼女を斬らねば、私が斬られる。死にたくないのだから、そうするしかない。


 ……だけど、剣を抜いたからといって、一騎当千の強さを誇る彼女に、私ごときが勝てるのだろうか。


 私は剣の柄を握ると、思い切り抜いた。


 そしてそれを投げ捨てた。投げて丸腰になった状態で両手を広げて、恩人であり私の尊厳を救ってくれた彼女に対して戦意がない事を見せる。



「ベレス!! 馬鹿な女だ!!」



 ジュノー・ヘラーの鋭い剣。私は死を覚悟した。


 死にたくはないけれど、どうせ私には……未来はない。ルーランが滅びた時点で詰んでいる。だからと言って、彼女に反撃して勝てるとも思えないし……それなら、せめて彼女に殺されたい。彼女に殺されれば、せめてもの救いになるのではと思った。


 考えてみれば、努力を積み重ねてどうにかあがいて生きてきたつもりだったが、どうしようもない人生だった。


 没落した家に、望みの無い人生。生きがいなんて虚無だった。だけど最後に、こんな彼女のような凄い人物に出会えて、その彼女に殺されて……あわよくば彼女の記憶に少しでも残るなら、まんざら悪い人生でもなかったような……


 そんな気がして、ジュノー・ヘラーの剣が私の首に届くまで正気を保ち、彼女に微笑む事ができた。ジュノー・ヘラーはそんな私の表情に驚きを見せたが、剣は止まらない。



「ありがとう……ジュノー様」



 最後の言葉。自分を殺す相手に対して放った、とても不思議な言葉。


 だけどジュノー・ヘラーの剣は、私の首を逸れて後方にいる何かを貫いた。



 ギュウウウウウウ!!!!



 けたたましい獣のような叫び声に振り向くと、そこにはビッグボアがジュノー・ヘラーの剣に眉間を貫かれて、苦しそうにもだえる姿があった。



「え?」


「ビッグボアだ!! 狩りに出て早々に、獲物の方からこちらへやってきてくれるとは、ついているな。フフフ、とどめをさせ、ベレス!!」


 ブキイイイイイ!!



 私は投げた剣を拾うと、それをビッグボアの喉元に突き立てた。鮮血。ビッグボアはやがて動かなくなる。するとジュノー・ヘラーは、絶命したビッグボアに近づくとナイフを抜いて、死体に刃を入れる。解体を始めた。


 私はあまりの展開に、目を丸くして固まっていた。固まっていると、ジュノー・ヘラーは、血で汚れた私の顔を拭いてくれて、女神のように微笑んだ。



「なんだ、なぜそこで立ち止まっているのだ? さっさと手伝え。こいつはなかなか脂がのっていて、美味そうなやつだぞ。最高のディナーになる」


「は、はい!」



 私は慌てて、ジュノー・ヘラーの横に駆け寄ってしゃがみこむと、彼女と共に二人で仕留めたビッグボアの解体を始めた。

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