第868話 『3人の将』
騒ぎが大きくならないように、私は何があったのかをシュバインに説明した。
つまりは、シュバイン指揮下の者が敵の女騎士を捉えて乱暴を働いた。女騎士の身体は痣だらけで、出血や骨折もしていた。身につけていた下着も引き裂かれていたことから、相当に酷い目にあっていたと想像がつく。
それを10人もの男が、束になって1人の娘に目も当てられぬ行為を行った事。それを事細かに説明し、目撃したジュノー・ヘラー将軍がその場で処刑したと話した。
それでも、シュバインの怒りは収まらない。
「ブヒーー!! その女騎士を儂に差し出せ!! 手足を斬り落として、裸にして儂の屋敷の柱に括り付けてやるわ。それでじわじわと時間をかけて、死に至らしめてやる!! 目玉は最後だ。最後まで恐怖を見せてやらねば、気がすまぬからな!!」
これがオークジェネラルと言われるゆえん。オークと見紛う肥満体の身体もさることながら、その性格は残酷にして残忍。将軍よりも、拷問官の方がこの男にとっての天職なのではと思う。
「捉えたルーラン王国の女騎士は、既にジュノー・ヘラー将軍に任せた」
「なら、儂に差し出せばいい!!」
「なぜ?」
「ブヒ? 殺されたのは儂の兵だぞ!!」
「殺されたのはシュバイン将軍の兵だが、それなら私の兵でもあるわけだ」
「なに? どういう事だ?」
「私は全軍の総司令官なのだから、とうぜんだろう。だがここは、お互いに我慢するべき所だ。ジュノー・ヘラー将軍が、あの女から何か有力な情報を引き出すかもしれない」
「そんなものはいらん!! ルーランなど、もはや単なる朽ちゆく寸前の亡霊だ!! 儂に任せれば一気に踏み潰してみせるのに!!」
「そうか、ならシュバイン将軍に任せる事にしよう。これからいよいよ、ルーランの残党軍を追い詰める。ここから近い場所に、ルーランの国王もいるだろう」
ルーランの国王と聞いて、シュバインはいやらしく笑った。
「ブッヒッフッ! ほう、ならばその手柄を儂が立ててもいいという事なのか?」
「そうだ、この役はきっとシュバイン将軍しか果たせない。そんな事はないと思うが、もしもシュバイン将軍の討ち漏らしがあれば私が指揮をとり、後方でその者達の殲滅を受け持とう」
「なるほどなるほど。陛下には……」
「もちろん、シュバイン将軍がルーラン王国の国王を捕縛、もしくは討ち取ったと報告させてもらおう。圧倒的な活躍をもってしてと、付け加えてな」
「ブハハハ! そうかそうか、解った解った。ならば女騎士とジュノーの件は、特別に不問にしてやろう。その代わり、これより儂がこの討伐軍の先頭に立ち、ルーラン王国の残党を殲滅する」
「頼りにしている」
「ブヒャヒャヒャーー!! よーーし、皆殺しだ!! この手柄で総司令官の座が交代するような事になるかもしれなんが、そうなっても恨むなよ」
「もちろんだとも」
シュバインは、すっかりと上機嫌になっていた。やはり、この男は意地汚い豚以外の何者でもないな。
最後の美味しいところを自分の手柄にできると解ったシュバインは、兵5千を指揮してこの森林地帯を先行して移動する。
ルーラン王国の王が潜んでいるという情報を耳に、進軍した。
――――進軍して1時間もせずに、再び森林地帯の深い場所で何度か戦闘に突入した。最初は押していたシュバインだったが、またしてもタルサ・ズリックの奇襲攻撃で大打撃を受けた。
シュバインはムキになって反撃に転じようとしたが、それこそが勇将タルサ・ズリックの次なる作戦だった。いち早くその事を見抜いた私は、一旦全軍を後退させた。
軍の先頭で指揮をしていたシュバインが、私のいる中軍まで駆けてくる。
「これはいったいどういう事だ!! クリスタフ!! このままやられたまま、ろくに反撃も加えず黙って後退するなど、正気の沙汰とは思えんぞ!! 反撃だ!! 反撃に転じて、一気に敵を追い詰め駆逐するのだ!!」
「いや、ここは自重するべきだ。とりあえず一旦退いたここで、体勢を整える。シュバイン将軍は直ぐに持ち場に戻り、兵の収拾に努めて頂こう」
「なんだ、えらそうに!! ブッヒーー、やられたのは、儂の兵だぞ!! このまま黙っていられるか!! あのルーランの女将軍を捕らえて火炙りにしてやらねば、気が収まらん!!」
こういう男は、よく知っている。自分が何かしでかしたとしてもケロっとしていたりするが、人が何かした場合には、烈火の如く怒る。
「それならば、尚更自重して頂こう。こちらが攻め手で、押して行っていると言っても、緒戦でフリート将軍とヘラー将軍の部隊を挫かれ、今また貴殿の率いる兵が混乱状態にあっている」
「ブヒ? そうなったのも全て、総司令官である貴様の責任であろうが!!」
「そうだ。だから総司令官として、命令を下している。貴殿は直ぐに自分の持ち場に戻り、指揮下の兵を収拾し待機せよ。もちろん、警戒を怠らずにだ。後、作戦を伝えるので、そうしたら攻撃再開の合図だ。その時こそ、貴殿の腕の見せ所ではないのか」
シュバインは、私を睨みつけると不服そうにブツブツと文句を垂れながらも、自分の持ち場へと戻って行った。
私は部下たちに再び奇襲されないように、警戒強化を務めるように命令すると、付近に伏兵がいないか偵察隊を編成して調べさせた。
それから、隣にいるジーク・フリートにも、暫し休息するように伝えると、ジュノー・ヘラーのもとへ移動した。
ジュノーは、捕らえたルーラン王国の女騎士と共にいる。
「ジュノー・ヘラー将軍」
「気持ち悪い呼び方だな。ジュノーでいい」
「それなら私もクリスタフでいい。一応総司令官ではあるが、まだそうなって間もないし、シュバインは私の事を呼び捨てにしているしな。私自身も、親しみがあって別にそれで構わないと思っている」
「そうか。それならクリスタフと呼ばせてもらう」
頷いて見せると、ジュノーは目の前にいるルーランの女騎士に目をやった。
女騎士は既に目を覚ましていて、この私の顔を見た。私は、彼女の目の前にある、丁度いい大きさの石の上に腰を下ろした。




