第856話 『使わずじまいのテント』
パテルさん家の直ぐ近く。だけど外はもう真っ暗になっていた。
この辺は、夜になるとかなり肌寒くなるみたい。私はウィニーとテガーのモフモフ効果もあって平気だけど、ノエルはちょっと寒いかもしれない。
だから目の前の焚火に、薪を足して火を大きくしようとした。
うう……だけど、ウィニーとテガーに寄り添ってモフモフを堪能せしめていると、動きたくなくなる。どうしよう。
そんな事を考えていると、ノエルが近くに積んでいた薪に手を伸ばして、焚火にくべてくれた。
「ありがとう、ノエル。こう……モフモフ族に埋もれていると、なかなか動けなくなってしまってね。えへへ、ごめん」
「モ、モフモフ族? なんだそりゃ。そういや、アテナはよく逃げ回るカルビを捕まえては、その体臭を嗅いでいるもんな」
「ちょっと、それ言い方! あれは、スキンシップよ。カルビとのスキンシップ!」
ノエルは、手に持っていた酒瓶を私の方へ差し出した。
「え? もらってもいいの?」
「ああ、でも二人分だからな」
「あれだけ飲んでても、まだ飲むんだ」
「このくらいで驚いてたら、爺ちゃんが飲んでいるのを見たらもっと驚くぞ」
「もう見たわ」
「そういえば、そうなんだったな。会ってたっけ。しかも爺ちゃんに、お使いを頼まれたんだっけな」
ノエルのお爺さん。ノクタームエルドを旅してドワーフの王国に辿り着いた時に、色々とお世話になった。
デルガルド・ジュエルズという鍛冶職人で、ドワーフなのに巨人のように大きくて強い人。その昔、師匠とも一緒にパーティーを組んで冒険者をしていたらしいから、実際はとんでもなく強いと思う。
そう、私の師匠とノエルのお爺さんは、昔一緒に旅をしていた仲。だから、もしかしたら私とノエルがこうして一緒にパーティーを組んで旅をしているのは、必然なのかもしれない。縁。めぐり合わせとも言うけれどね。
それは兎も角として、動きたくない。このままずっとウィニーとテガーと、寄り添って生きていきたい! そんな欲望に対して鞭を打つと、ようやくその重い身体を起こして自分の荷物からカップを二つ取り出した。
「おい、別にわざわざカップに注がなくても、回し飲みすればいいだろ?」
「そっちの方がめんどくさいし、一応女子でしょ。カップに注いで飲むの」
ノエルから酒瓶を取り上げて、それぞれのコップに注ぐ。あれ? 黄色くて、少しとろみのあるお酒。なにこれ?
ブモ?
火の前でうつらうつらしていたウィニーが目を覚まして、鼻を過敏に動かす。さては、この黄色いお酒に反応している?
「ノエル。これ、なんのお酒?」
「はははは、飲んでみろよ。そしたら解る」
いつもムスっとしているような感じがするけれど、こうやって無邪気に笑うととても可愛いノエル。
どう見ても、ルキアやクロエ位の歳にしか見えないんだけれど、実際は私よりも年上なんだよね。恐るべし、ハーフドワーフ……ってそれを言えば114歳のルシエルの方がよっぽどか。
「それじゃ、まずは一口」
「一口と言わずに、グビグビっといけよ」
ゴクリ……
「なにこれ、美味しいーーー!! っていうか、あまーーい!!」
「何これって、もうこの酒が何か、正体が解っただろ?」
ブモオオ!
ウィニーが更に反応してこちらに顔を近づけてきた。だから少しだけ、このお酒をあげた。するとよっぽど美味しかったのか、目を潤ませるウィニー。私はそんなウィニーが可愛くて、頭をまた優しく撫でた。ちなみにテガーは、この黄色いお酒には全く興味がないようだ。
私はにこりと笑うと、ノエルを指さして自信満々に言った。
「これは蜂蜜ね。蜂蜜のお酒」
「そうだ、蜂蜜酒だ」
「なるほど、どうりでウィニーがこんなに興奮すると思った。よく考えたら蜂蜜って、熊の大好物だもんね。蜂蜜と鮭だっけ?」
「ははは、そうだな。この蜂蜜酒は、パテルさんが作った自家製らしいぞ。かなり美味い代物だ」
「そうなんだ、パテルさんが作ったのね……もう一杯頂いていいかな」
「もちろんだ、ほらどうぞ」
ブモオオ! ブモオオオ!
「はいはい、ウィニーにもあげるから。
ウィニーがあまりにハッスルするので、テガーは嫌がって私から離れてしまった。ああん、テガー! いかないで! そして、テガーの行方や如何に⁉
テガーはノエルの方へ行き、彼女に身を寄せた。驚くと同時に、変な声をあげるノエル。
「おお、おほおーー、こ、これは……これはなかなかいいな。いいものだ」
「ほら、ノエル!! いいでしょ!! 癒されるでしょ?」
「ま、まあな。あたしは基本的に魔物は人間にあだなす存在か、荷運び蜘蛛のように利用できる位の奴もいる程度にしか思っていなかったからな……こうして身体を寄せられて、隣でゆったりとされていると確かに暖かいな」
「癒されるでしょ?」
「ああ、暖かい」
「まったく、もう頑固だね」
ブモオオ!!
「はいはい、あなたにもあげるから!! でも、こんなにお酒をあげてもいいのかな?」
「まあ、大丈夫だろ。たとえ暴れたとしても、あたしが見事に大人しくさせてみせる」
「ウィニーはいい子なんだから、暴力は駄目だよ」
「……ああ、そうだな」
一瞬、変な間があったけど……まあ、いっか。
ノエルもテガーの事を可愛いと思っているみたいだし、実はあんな事を言っててもカルビとも仲がいいしね。
こんな感じで何でもない話をしては、お酒を飲む。そんな時間を暫く楽しんだ所で、ノエルが腰をあげた。
「それじゃ、そろそろ眠るかな。アテナはここで眠るんだろ?」
「うん、そうだよ。ウィニーとテガーがいるし、ぜんぜん怖くもないよ」
鼻で笑うノエル。こら、私も暗闇とか一応怖いんだよ。冒険者として行動をしている時は、スイッチを切り替えているけれど。
「それじゃ、行くわ。また明日――」
「うん、おやすみーー」
こうしてノエルは眠る為にパテルさん家に入って行った。
それにしても珍しい。ルシエルもルキアも、今日はここへこなかったな。
「よーーし、明日は早い。私も寝ようーーっと。おやすみ、ウィニー、テガー」
ウィニーとテガーの鼻の頭に、軽いキスをする。そして私はウィニーにもたれかかると、毛布を被ってそのまま眠った。
この日、テントを設営はしたんだけれど、結局使わずじまいだったね。




