第852話 『鍋と言えばあれだよね! その2』
「うおおおおお!! こいつは、凄えぜ!! まったく、パテルさんはなんて事をしてくれるんだ!!」
「こら、そうじゃなくて、大変美味しいものを作って下さって、ありがとうございます。頂きます、でしょ!」
『大変美味しいものを作って下さって、ありがとうございます。頂きます』
ルシエルとマリンの、如何にも誰かに言わせられているって感じの棒読みが、なんだかなあって感じだけれど、まあ皆声を揃えてパテルさんに言えたから良しとしよう。
「はっはっは。まだ食えるー言うのが驚きやが、まあ食べられるなら遠慮はいらんけんね。お食べ」
「うぃーーっす」
鶏肉と野菜たっぷりの山菜鍋の後に登場したのが、その旨味が沢山出たスープで頂くうどんだった。そしてそれを食べ終わると、パテルさんは、今度はそこにライスを投入した。
土鍋にライスが投入されると、更にまたその上にニラと刻んだ葱が盛られて煮込まれる。最後に卵!! うわー、ヤバい、これ絶対美味しい!
そのままポチャンと入れる訳ではなく、器にいくつか割って入れて、一気にかき混ぜる。しっかりといた、とれたて新鮮卵を満遍なく土鍋にとろっと垂らす。
こ、これは本当にヤバい。ルシエルじゃないけれど、これは間違いなく美味しいと既に約束されている!!
「そんじゃ、オレから頂きまーーっす!」
「あ、こらお前!! まずは、家主のパテルさんからだろーが!!」
家主からって、ノエルもその言い方……
「はっはっは! 儂はもう満腹じゃけん、ええんよ。酒は頂いているからの。そりゃ、食わんか」
「そんじゃ、お言葉に甘えて頂きまーーっすん!!」
「っもう、ルシエル!! もっと気を付けて器によそってください! お汁が飛んでますよ!」
今度は、ルキアに怒られるルシエル。でも慣れっこなのか、何も気にしていないという顔で土鍋からよそった『おじや』に箸を伸ばし、かきこむようにして食べる。
「ガツガツガツガツ、モッチャモッチャモッチャ……うんめええええ!! な、なんじゃあ、こりゃあああ!! こりゃ、旨味の塊じゃあああああ! こりゃああああ、ベラボーーにうめえええぜええええ!!」
「もう、うるさいな! 美味しいのは解るけど、もう少し落ち着いて食べなさい。食事中にそんな大きな声を出したら、皆びっくりするでしょー」
ちらりと見ると、ノエルとマリンもモッムモッムとおじやを頬張り、ルキアとクロエも幸せそうに極上のおじやを味わっている。フーフーしながら食べる二人の姿は、とても可愛らしく……誰一人として、ルシエルの叫び声や挙動に注目しているものはいない。あえて言えば、私位なもんか。
ワウワウ!
「はいはい、ちょっと待っててね。じゃあ、カルビにもよそってあげるから!」
カルビによそってあげた後に、私も味わう。
「お、おーーいしいいいいいい!! パテルさん、これ超絶美味しいです!!」
「こら、うるさい! 迷惑だろ、アテナ! ボリュームをちょいと、さげんしゃい!!」
ここぞとばかりに反撃してくるルシエル。無視する。
兎に角、これはとんでもなく美味しい!
色々な素材がふんだんに使われている上に、干した椎茸や鶏肉はとてもいいスープを作り出している。しかも鶏肉に至っては、鶏ガラというか骨部分も鍋に投入されているんだけど、それがまた物凄い旨味を引き出していた。
私の完全なる自論なんだけど、鶏や豚の骨、貝類はとても上質なスープを作る素だと思っている。もちろん、椎茸や葱、ニンニクとかといったものもそうだけれど。
ああー、でもこのおじや、本当に美味しいな。また鍋からうどん、最後におじやまで三段階いけちゃうっていうのがニクいよね。ミャオやローザ、ミラール達にも食べさせてあげたいなー。
よし、今度皆でまたキャンプする事があって、小麦粉とライスを事前に入手できたら、このパテルさんの鍋に負けない位の鍋を作りあげて、鍋パーティーしちゃおうかな。いや、鍋キャンプか。アハハハ……
「ふいーーー、もう、ボクお腹いっぱい。もうダメだーー、後は任せたよー」
ぐでんと、後ろへ転がるマリン。そのお腹は妊婦さんみたいになっている。まあ、私も人の事を言えない位に食べちゃったけどね。
「私ももうダメです。お腹いっぱいです。クロエはどうですか?」
「わたしも、も、もう駄目です。ちょ、ちょっと横になりたい位です」
「ほうか、ほしたら奥の部屋に布団を敷いてやろわい。そこでちーと、寝たらよかろ?」
「え? でも……」
私の方を向くクロエ。私の顔を見る事ができなくても、ちゃんと気持ちは伝わるって事は十分に理解している。だからクロエに向かって微笑んだ。
「うん、それじゃお言葉に甘えよう。それに……」
「ふひーーー、オレももうダメポーー!」
ワウーーーーッ
まるで、走る馬車から投げ出されたみたいに転がる、お腹がパンパンのルシエルとカルビ。ノエルはお酒の為に少し余力を残していたのか、まだちびちびとお酒を飲み始めている。
「どちらにしても、今日はもう私達みんな動けないでしょ。だから、何処かでこの近く……あそこでもいいけれど、戻ってキャンプしよう。それで、明朝早くに出発しよう」
「は、はい。解りました」
クロエは喜んで返事をした。私も今日はもう、動けない。これからパスキア王国に向けてとか、出発とかしたくないしね。
今のクロエとの会話を聞いていたパテルさんは、それならと手を叩いた。
「それなら、今日はここへ泊ればよかろうが。幸い、ここは儂とウィニー達しか住んどらんしな。家もそれなりに大きいが、どうじゃ?」
こんなご馳走に加えて、宿泊までお言葉に甘えてしまっていいのだろうか。ふと目をやると、無造作に転がるお腹パンパンの仲間達。
「そ、それじゃパテルさん。今夜一日だけ、泊めて頂いてもいいですか?」
「もちろんじゃ。でも布団が全員分はないけんの。毛布やなんやらで代用してもらうが、ほれでええかね」
本当に優しくて親切な人――
「もちろん平気ですよ。なんてったって私達、こうみえてキャンパーですから」
「ええー? 冒険者じゃなくて……?」
食べ過ぎで苦しんでいるマリンが、声を押し出すようにして私に突っ込みを入れた。
時間は夕暮れ――――私達は、今日はパテルさん家にお泊りする事に決めた。




