第85話 『ホーデン湖 水の悪魔 その4』
――――クラインベルト王国、北の地。ホーデン湖。
マリンさんの水属性魔法噴水防壁で、湖の中に無数の水の壁が作られた。圧巻の光景だった。その壁は向こう岸までいくつも連なっていて湖の水を遮断し、私たちが歩けるように左右両側に綺麗に配置されていた。それはあえて言うなら、水の通路。湖が真っ二つに割れたのだった。
私達は今、そこを走っている。それは、まるで両側に滝が流れる谷間を走っている感じだった。なんとも不思議な感覚。
向こう岸にたどり着くまでの距離、3分の1位を走ったところだった。
「はあ……はあ……セシリアさん、マリンさん、大丈夫ですか?」
「走り……きるしか……ないじゃない……はあ……はあ」
「ボクは……はあ……はあ……体力がないから……駄目かもしれ……ない」
「まってーーー!! テトラちゃーーん! セシリアちゃーーん!」
二人とも、つらそうだ。アーサーは、平気そう。しかもどんどんこっちへ距離を詰めてくる。早い。
ザバアアアアン
キシャアアアアア!!
噴水防壁の向こう側、湖の水面から何かが跳ねて、こっちへ襲い掛かってきた。私は、それを槍で打ち払った。
ギャッ!!
半魚人の魔物、サヒュアッグだった。
「サヒュアッグ!! 奴ら、私たちが湖を縦断している事に気づいたようね! マリンさん、戦える?」
「……今、無理…………はあ……はあ……この数の噴水防壁を発動し続けるのと……走るので、手一杯!!」
マリンさんは、かなり息を乱しながら走っている。魔法力は凄いのに、本当に体力がないんだ。
「アーサー!! ちょっと手をかしてくれるかしら! あなたと私で、マリンさんを守りながら進みましょう! テトラは先頭で、襲い掛かってくるサヒュアッグを蹴散らして!!」
「ッフ! やっと、僕の重要性が解ったようだね! 任せてくれたまえ」
アーサーが、マリンさんの横にピタリと張り付いた。レイピアを構える。それを確認し、私は先頭へ躍り出た。
「私が道を作ります! 皆さん、しっかりついてきてください!」
槍を左右に振り回しながら、走る。槍の先が、何回かマリンさんの作った水の壁に触れた。
次から次へと、サヒュアッグが襲い掛かってくる。考える間もなく槍で跳ね上げ、刺し殺す。セシリアさんのボウガン。アーサーも素早いレイピアの連続攻撃で、襲い掛かってくる何匹ものサヒュアッグを串刺しにする。
向こう岸に辿り着くまでに、何十匹ものサヒュアッグを倒した。そして、かすり傷は負ったものの、全員無事で私達はホーデン湖を渡りきる事ができた。
「やったーーーー!! 渡りきることができた!!」
「疲れたー、もうボクはだめだーー」
マリンさんは、岸に渡りきるなりその場に突っ伏した。それと同時に真っ二つになっていた湖が、もとの姿に戻った。
「ありがとう、マリンさん。あなたのお蔭で、なんとか無事に目的地にたどり着けそうだわ」
「なに、容易い事だ。トン汁のお礼だよ。あと、ボクの事はマリンでいいよ、セシリア。テトラ」
「ちょっとー、僕も頑張ったんだけど? 僕にもお礼を言ってほしいなあー。湖を渡りきれたのも、僕がいないとできなかった訳だしね。むしろ、僕の活躍のお蔭と言っても過言ではないと思う」
言って髪をかき上げるアーサーに、冷たい視線をおくるセシリアさんとマリン。でも、アーサーの言った事は、その通りだとも思った。
「ありがとうございます、アーサー」
「フッフーン。テトラちゃん……じゃあ、その助けた御褒美として、今度、僕とデートしてくれるかい?」
――苦笑い。
とりあえずゴールが見えてきた。これでトゥターン砦までは僅か。見えて来た。あとちょっとで、ルーニ様をお救いすることができる。
「マリン、アーサー。二人ともありがとう。二人の助力には本当に感謝します。私たちは、これから草原を抜けて北にあるトゥターン砦を目指します。だから、唐突になって申し訳ないのですが、先を急がなければならないので、ここでお別れしましょう。この御礼は、また必ず致しますので」
セシリアさんが二人にそう告げると、アーサーは慌てて言った。
「まってまって! トゥターン砦って、ドルガンド帝国領の砦だろ? メイドが二人、そんな所に何の用があるのさ?」
「ボクもなりゆきとは言え、ここまで来てしまったしね。気にならないと言えば、嘘になるんだけど」
「…………話すと、巻き込むことになるわ」
「かまわないさ。僕はそんな事で怖気づきはしないよ」
マリンも頷いている。
セシリアさんは、少し考える素振りを見せたあと、私の顔を見た。だから、私も頷いた。
セシリアさんは、マリアとアーサーに私たちの旅の始まりと目的を話した。私たちが王国メイドで、誘拐されたこの国の第三王女を救出しに向かっている事を話した。
その事を知った二人は、飛び上がる位に驚くと思ったんだけど、違った。マリンは特に驚きもしなかったし、アーサーは少し驚きはしたものの、なんとなくわざとらしいと思った。
他の者にこのルーニ様誘拐の話をするのは、危険だと思ったので、今まで誰にも話さずここまで来た。だけど、今はこの救出の旅も終わりを迎えようとしている。そして確実にルーニ様を救出するならば、強力な戦力になりえる二人に、力を借りれるものなら借りた方がいい。セシリアさんらしい、合理的な考えではあるけど、私も本音はマリンやアーサーの助力が欲しい。
「ここからは、命の危険が伴うわ。だから、マリアとアーサーとは、ここでお別れするべきだとは思うのだけれど……本音を言えば、助けてほしい…………」
「私もセシリアさんと同じ気持ちです。お二人がいれば、とても心強いです。助力して頂けるなら、後ほど国王陛下より恩賞も頂けるでしょう。でも、セシリアさんも言いましたが、ルーニ様が本当にトゥターン砦にいらっしゃるのだとすれば、ここからは、敵地になります。だから、無理強いはできません」
私事なら、話さなかった。こんなお願いをするような事は言わなかった。とんでもない危険に巻き込むから。だけど、ルーニ様救出の可能性が少しでも上がるなら、それを優先すべきだと思う。私とセシリアさんは、その為に陛下に選ばれ、その為にここまでやってきたのだから。
「僕は、かまわないよ。その代わり、国王陛下からの恩賞よりも、君たちからのご褒美が欲しいね」
セシリアさんは、少し笑ってこたえた。
「いいわ。無事、ルーニ様をお救いできれば、あなたとデートでもなんでもしてあげるわ」
「私もかまいません!!」
「ッフ! その言葉、忘れないでよね!」
今度は、マリン。
「そこ? その砦? そこには、書庫はあるのかな?」
「砦ですので、わかりませんが……小さい書庫ならあるかもしれないです」
「ふむ。じゃあ、ボクもついていくよ」
「あなたが凄いウィザードだという事は、湖を縦断したことで理解しているわ。でも、死ぬかもしれない……それでも、来てくれる?」
「別にいいよ。ボクは、死なない自信もあるし」
「…………そう。ありがとう。感謝するわ」
覚悟はできた。私達4人は、トゥターン砦を目指す。
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〚下記備考欄〛
〇豚汁 種別:食べ物
冷え切った身体にはコレ。美味しいお味噌と、豚に大量の野菜を入れて作るコレは、パワーが出る。因みに、アンソンお手製の豚汁に入っている野菜は、根菜が多い。