第848話 『畑で思う事』
パテルさんが準備している昼食は、きっと鍋なんだよね。沢山山菜を用意していたみたいだし、美味しそうな鶏肉も準備していた。
だから後、必要なものは……葱、白菜、ニラって言っていたよね。
畑を見渡すと、それらが植えられている。
「よーし、それじゃ順番に葱から収穫しようかな」
ナイフを取り出す。
このナイフは、エスカルテの街にあるミャオの店で、果物ナイフとして売られていたものだけど、とてもよく斬れる優れもの。
一度に何本も作られたものみたいで、お店にズラっと並んでいたんだけれど、一目惚れしてミャオにセット価格で全部売ってもらった。
そしてそれから愛用を続けている。時には、その用途の一つとして戦闘で使用する場合もあって、サッと構えて目標に向かって投げることもある。だからいくらセットで何本か買ってあると言っても、紛失も珍しくない。
ミャオには、一応また同じものや類似品が手に入ったら直ぐに私に知らせてねって言ってある。
まあそなんな私のお気に入りのよく斬れる果物ナイフを使って、葱を切ろうとした。するとキノレットが私の身体を横から押した。しゃがんでいた私は、その拍子に転ぶ。畑の土に塗れた。
「こら、キノレット! いきなり何をするの! これからパテルさんに言われた事をしなきゃなのに、邪魔をしちゃいけないでしょ」
ブヒブヒ!
キノレットは葱に近づくと、その根元を鼻先で指した。そしてつぶらな瞳で私を見つめる。
「え? もしかして、斬っちゃ駄目って言っているのかな?」
ブッヒー
「なるほど。斬らないで引っこ抜けばいいって事ね、解ったわ。それじゃ、せーーっの!」
とても大きな立派な葱。両手で掴むと、腰を落として体重をかけて引っ張った。葱を引き抜く。
ッズボ!
「よーーし、引き抜けた。かなり立派な葱だから、根も強く張っているわね。美味しそう」
次に白菜に目を向ける。青々として、こっちもとーーっても美味しそう。
私の出身国クラインベルト王国は、肥沃な大地が多いって有名だけど、こうして改めて自分の目で見て実際に土を触ってみると、畑の良さを痛感させられるね。
私もキャンパーとしてあちこち回れなくなったりして、王女として失格って言われてしまったら、こういった何処かの山奥で畑でも耕して、可愛い動物たちに囲まれてパテルさんのような暮らしもいいなって思った。
だけどやっぱり、キャンプは楽しい。だから、可能な限り私はキャンパーであり続けたいな。
今度は白菜を引き抜く。手をかけた所で、白菜に張っているアオムシを発見した。指先でアオムシの頭をツンツンとつつく。フフフ、可愛い。
アオムシは、白菜とか食べちゃうから一応害虫として分類されている。だけど実はその正体は、モンシロチョウなんだよね。
子供の頃、爺の授業で蝶々の事とか生体を学んだ。魔物の中には、昆虫系のものも多種多様に存在するし、そんな昆虫達から薬や武器、装飾品など作ることができる素材がとれたりもするとか知識も学んだ。そういうのって面白いし、とっても為になるなって、目を輝かせて聞いていた授業だった。
そして私は、爺と一緒に実際に蝶の卵を見つけて採取して観察したっけ。地面や葉の上を、よいしょ、よいしょって一生懸命張っている芋虫がやがて蛹になって、蝶になる。それが、とても綺麗で神秘的に思えた。
フフフ、それで感動した私は、いま目の前にいるようなアオムシを一匹捕まえて、お母様に見せに行ったんだよね。そしたらお母様は凄く喜んで、アオムシを可愛いって言ってくれた。
私はお母様が喜んでくれたことに感激して、更に沢山芋虫を捕まえてお母様の部屋に持っていって離して……アハハハハ、お母様の部屋は芋虫と蝶々だらけになったんだよねー。
それでもお母様は、まるで女神のような優しい顔で微笑んでくれていた。
その光景を見たお父様は驚いて腰を抜かしたし、モニカは大笑い。私はお母様を楽しませてあげられたけれど、その後にお父様とゲラルド、それに爺にまで酷く怒られたっけ。えへへ、懐かしいなあ。
今、なぜこんな事を思い出したのだろう。
きっとアレだと思う。
お母様は、クラインベルト王国にやってきてお父様と結婚して、凄く幸せそうだった。本当に幸せだと、私とモニカに何度も言ってくれていた。
だけど当初はお母様は、もともとは政略結婚でこのクラインベルト王国にやってきたのだ。互いの国の国力を向上させて、より豊かになる為に。
お母様はそれで幸せだと言っていた。けれど私は、政略結婚なんてしたくないし、結婚自体も今は考えてもいない。それ以上に楽しい夢中になれる事がありすぎて、そっちに集中していたいから。
だけど、ドワーフの王国でゾルバ・ガゲーロと交わした約束。エスメラルダ王妃に作ってしまった借りを返すため、結婚はする気はないけれど、パスキア王国の王子と会う事になった。
その目的は縁談。お母様も、エスメラルダ王妃もそうだったように、政略結婚を私にもするようにとエスメラルダ王妃は動いている。
自分の思い通りにならない目の上のたんこぶ的な私に、さっさと何処かに行って欲しいというのが本音だろうけど……そうは問屋が卸さない。
クラインベルトの第一継承者を自分の可愛い息子、エドモンテにしたいのだろうけど、そんなの勝手にすればいい。でもお父様が隠居したら、次に王になるのはきっとモニカかルーニ。
モニカは、すべてにおいて高い次元で完成されているし……でもやっぱり私の押しはルーニだな。
ルーニなら慈愛に満ちているし、なんていっても可愛い。自分の国のトップが、あんなに可愛いって最高じゃない?
それにルーニなら、お父様とエスメラルダ王妃から生まれた子だし、エスメラルダ王妃も一切の文句もないはず。
「うんしょっと、とりゃああああっ!!」
ズボリッ
アオムシから、色々と連想させられ、心の奥で考えていた事に思いを馳せる。そして、これまた立派な白菜を力任せにズボリと引き抜いた。




