第844話 『パテルさん家 その2』
「な、なんでしょうか、あの豚さん……ずっとこっち見ていますけど……」
「なんだろうね、確かにずっとこっち見ているね。多分、見慣れないお客さんが来たから様子を見ているのかも」
「……そうですよね、きっと」
ブブ……ブヒ……
パテルさんは、ウィニーの他にも魔物や動物と暮らしていると言っていた。家の中にいるという所からしても、この豚はパテルさん家の豚。
「ぎゃあああああっ!!」
外から、いきなりノエルの悲鳴がした。
「アテナ!!」
「何かあったのかもしれない! ルキアとカルビは、ちょっとここでバジャーデビル達を見ててくれる? 私はノエルを見てくる」
「は、はい! でも気を付けてくださいね」
ここは、クラインベルトとパスキア国境近くの山中。人里離れた山奥だし、魔物が急に現れて襲ってきたとしても不思議ではない。もしかしたら、ノエルは魔物に襲われて――
「ノエル!!」
「ぎゃあああ、アテナ!! こいついきなり襲ってきて!!」
馬車を停車させた、納屋近くの屋根のある場所。そこで馬車を引いていた牛に、餌や水をあげていたはずのノエルは、地面に転がっていた。
しかも、ノエルのその小さな身体の上には、大きな2本の牙を生やしたサーベルタイガーがのしかかっている。
まずい、早く助けないと!! 私は剣を抜いて、ノエルの方へと駆ける。
次の瞬間、何ものかに側面から突き飛ばされて派手に吹っ飛んでしまった。
「きゃあっ!! いった……な、なに⁉」
目をやると、そこにはなんと1匹のロバが。ううん、よく見るとロバの後ろに数匹の兎もいる。でも私をいきなり突き飛ばしたのは、明らかにこのロバだった。
私は立ち上がると、ロバと睨み合う。このロバは、敵なのか……それとも……どうすればいいのか、悩んでいると、またノエルの悲鳴。
「や、やめろおおお!! ぎゃあああ!!」
見るとノエルは、のしかかってきているサービルタイガーに服をめくらて、お腹を舐められていた。顔も、腕も。もしかしてサーベルタイガーは、美味そうな餌を目の前に味見をしている⁉
助けに行こうとすると、私の動きに合わせてロバと兎たちが動く。この子達、きっと私がノエルを助けに行こうとすれば、邪魔をしにくる。だからといって、普通の動物に見えるこの子達を剣で斬っていいのかどうかも考える。
狩りならいいんだけど……山中にロバがいるってことは、パテルさん家のロバかもしれないし……
「ああんっ!! そこは駄目だ!! やめろ、てめえ、やめろって言ってんだろおおがあああ!!」
太ももをベロリと舐められたノエルがついにキレて、サーベルタイガーの頭をボカンと殴った。サーベルタイガーは驚いて、パテルさんの家の中に駆けて行って中へ入った。
大変だ!! 家の中には、ルキアやカルビ、それにバジャーデビルの子供たちもいる!!
「きゃああああっ!!」
今度はルキアの悲鳴。急いで、パテルさんの家に引き返し、玄関に入る。
するとそこには、べろべろと顔をサーベルタイガーの舐められるルキアの姿があった。カルビも既にやられてしまったのか、サーベルタイガーの唾液で、ベチョベチョになって転がっている。
廊下の奥から、キノコの傘を被った豚を引き連れてパテルさんが出てきた。
「なんしょーが、テガー。遊んでもうとるんか」
え?
もしかしてと思って、私はパテルさんに聞いてみた。
「あのーー、このサーベルタイガーですけど……テガーって……」
「おー、そうよ。テガーはこのサーベルタイガーのことよ。テガーが子供の頃に、山中で見つけての。以来、育ててやっとるんよ」
「そ、そうなんですか……あの、それじゃ外にいるロバと兎も、もしかしてパテルさん家の動物達ですか? ロバには突き飛ばされたんですけど」
「ロバも兎も気が付いたら、ここで住みついとる動物達なんよ。特にロバは、よう働いてくれとるけん、名前もつけとるんやが、ヨーイって言うんじゃ。きっとアテナさんを突き飛ばしたのは、アテナさんが勘違いしてテガーを傷つけようとしたから止めよったんよ。ほじゃけん、敵意はないのよ」
「そうだったんだ……」
どうやら、早とちりだったみたい……
でもサーベルタイガーなんて、獰猛な魔物を手懐けるなんて……パテルさんはかなり凄い【ビーストテイマー】なんじゃ……
「儂はなぜか、昔から動物や魔物に好かれとるんよ。昔、儂が冒険者やってた言うたけど、魔物討伐に出かけてその魔物と仲良くなってもうて、討伐できんで仕方なくいのるっていう事がようあったわ。じゃけん、儂は自分が冒険者に向いとらんて思うて、引退して木こりになったんよ」
「なるほど、そうだったんですね。でもパテルさんのそういう、生き物に好かれる特性は天性のものでしょうね」
「大丈夫か、アテナ!! ルキア!!」
慌てて家にノエルが入ってくると、サーベルタイガーは、先程とはうってかわって少し怯えた表情を見せてパテルさんの後ろに隠れた。
「おいおい、これはいったいどういう事だ?」
「ノエル、虐めちゃ駄目だよ」
「ああ?」
私はノエルに説明をすると、そういう訳だからテガーには手を出しちゃ駄目だって言って、くれぐれも叩いたりしないようにとノエルに約束させた。そして謝らせた。
「ごめん、テガー。いきなり襲われたから、このまま喰われると思ってな……兎に角、あたしの勘違いだった。許してくれ」
グルルッ
「おおい、よせ! テガー!」
ノエルの気持が伝わったのか、テガーはノエルに再び寄り付くと、彼女の顔面をベロンと舐めた。フフフ、これで仲直り。
「それじゃ、パテルさん。私、ご飯の準備手伝いますから、なんでも言ってください」
「ほうけ、なら手伝ってもらうかの。そのこんまいバジャーデビルは、向こうの部屋に囲いがあるから、そっちで一旦預かろうかの。じゃけん、つれてきてくれんか」
「それじゃ、お邪魔しまーす」
私とルキアとノエルは、それぞれバジャーデビルの子供を抱きあげると、パテルさんとキノコの傘を被った豚に案内されて、家の中へと通された。
因みにカルビは逃げ遅れて、またテガーに捕まってベショベショになるほど舐められていた。無造作に転がるカルビ。途中までは、逃げようと試みていたようだけど、もう諦めたみたい。
カルビは死んだ魚のような目で、そのままテガーに身体中を舐められて可愛がられていた。後でちゃんと洗ってあげるからね、カルビ……南無三……




