第842話 『ウィニーに張り付く』
「こらーー！！ 降ろさんかーー！！」
ブオオオオオッ！！
あまりの起こされ方に怒り始めたのか、荒々しい鳴き声を放つダイナミックベア。対しておじさんも、そのダイナミックに雑に掴まれて、プンプンに怒っている。
これだけ大きくて、怪力のダイナミックベアが本気になったら、おじさんは簡単に引き裂かれてしまう。なら助けないと――
ダイナミックベア。おじさんを吊り下げている方の腕に、強打を入れる。それでおじさんを離せばいいけど、駄目だったらその腕を斬り落として助けるしかない。
「よし、アテナ！！ 援護するぞ、やれ！！ おじさんを離しやがれえええ！！」
「だから、言わんこっちゃないんだ」
ルシエルも弓矢を構え、ノエルも戦斧を振り上げる。マリンは攻撃魔法を放つ体勢に入った。
「たああああああ！！」
全力で走ったところから、思い切りしゃがみ込むと地面を蹴って跳躍。ダイナミックベアの腕の位置までジャンプ。その瞬間には、既にツインブレイドを抜いて振りかぶっていた。
「おじさんを、離しなさーーーい！！」
私がまず斬り込んだので、ルシエル、ノエル、マリンは攻撃を一瞬遅らせる。
私が攻撃を放ち終わった後に、3人の攻撃がダイナミックベアに浴びせられる。でもなんとか、この一撃でダイナミックベアをひるませて、おじさんを救出したい。
空中。振りかぶった所から、思い切り剣を振り下ろす。しかし、ダイナミックベアはその攻撃を読んでいたのか、おじさんをつかんでいる方の腕を高く掲げた。
まずい、もしかしておじさんを盾にして私やルシエル、マリンの攻撃を防ぐ気⁉
「ちょ、ちょっと待って！！ ルシエル、マリン！！ 攻撃はしないで！！ おじさんに当たっちゃう！！」
私の声に3人は反応して、攻撃を思いとどめる。私も剣を振り下ろすのをやめた。でもきっと、そうするとこのまま空中で無防備な状態を狙われる。ダイナミックベアに、ぶん殴られて私は地面に激突する事になる。
とりあえず防御魔法発動しないと――って思った。けれど、ダイナミックベアは私を殴りつけもせずに、振り上げた腕をそのまま自分の肩に回した。おじさんは、その時にダイナミックベアの背に移動してその大きな身体に掴まった。
え？ どゆこと？
「ほら！ 落ち着け！ そうじゃそうじゃ、それでいいんよ。そのまま道の横へ移動せい」
ダイナミックベアの背に乗ったおじさんは、そのままダイナミックベアを誘導して道の端の方へと移動した。
そしてそこでダイナミックベアを座らせると、おじさんはその背中から降りて平然と私たちの方へと歩いてきた。私とルシエルは顔を見合わせた。
「こ、これはどういうこった、おじさん？ もしかしておじさん、ビーストマスターか？ 木こりっぽいなと思っていたけどな」
「そのダイナミックベアは、もしかしておじさんの知り合いなんですか？」
おじさんは、何度も頷く。そして一言――
「ほうよ……全部、正解よ」
『えええええーーー！！！！』
これには皆、驚いた。
おじさんは、後頭部を摩りながら申し訳なさそうに言った。
「儂の名は、パテル。この山中に住んどる木こりで、以前は冒険者をやっておった。それでクラスは【ビーストテイマー】じゃったけん、ウィニーとも仲良くできとるんよ」
私は首を傾げた。
「ウィニーというのは？」
「ほやけん、全部正解って言うとろう？ ウィニーはこのダイナミックベアの名前じゃけん。そんで、儂の家族でもあるんよ」
「か、家族！！ そ、それじゃあ……」
驚くルシエル、皆もかなり驚いていておじさんとウィニーを交互に見ている。
一方ウィニーの方は、私達に鼻と口を押さえつけられて無理やり起こされたことに、かなり激怒しているかと思ったけれど……それは私達の勘違いだったみたい。
恐れていた私達が、勝手にそう思っただけで、ウィニーは突然の事に驚いていただけで、特には怒ってはない様子だった。
間近で見る圧倒的なダイナミックベアの大きさに、目を奪われて暫く口が半開きのまま静止しているルキア。その横で、状況を一生懸命に把握しようとしているクロエ。
2人の様子に気づいたおじさんは、ルキアとクロエに声をかけた。
「ウィニーの大きさに、たまげたろー。こいつは、力が強いけん恐ろしいけども、気はおっとりして穏やかな奴よ。お嬢ちゃんら、乗ってみよるか？」
おじさんにそう言われて、直ぐに私の方を振り向くルキア。にっこりと笑って頷くと、ルキアはクロエの手を引いて、おじさんとウィニーに近づいた。
「の、乗ってもいいんですか？」
「ほうよ、乗ってええのよ。ええよな、ウィニー」
ブオオオオ……
ウィニーは、低い鳴き声で返事すると寝そべるように身体を低くした。ルキアはクロエの手を引いて、ウィニーに近づくとまずウィニーの身体をポンポンと軽く叩いてから、よじ登る。
それを見たルシエルが飛び跳ねる。
「わーわー！！ オレもオレも！！ オレも乗りたいぞー！！ ルキアとクロエだけ、ずるいぞおおお！！」
「もールシエル、最年長でしょ。恥ずかしいから、そんなに騒がないで」
「だってよー！！ ダイナミックベアだぞ！ オレだって乗りてーよ！！」
「はっはっは。ほしたら、乗ったらええわ。ウィニーにすれば、ここにおる全員を乗せても平気やけんのう」
「えーー、いいの！！ やったあああ！！ それじゃ、お邪魔しまーす。ほら、ルキア、クロエ！ そっちつめて！」
許しがでた途端、壁にぶつかるようにウィニーに走っていって張り付くルシエル。よじよじとよじ登り、ルキア達と同じくウィニーの背に乗った。
「ずるい……」
「はいはい、じゃあマリンも乗せてもらったら」
「え？ いいんだ。それじゃボクも」
マリンも許しがでるなり、ルシエルと同じようにウィニーに張り付いた。だけどルシエルやルキアのように身軽でもないマリンは、ウィニーの背に登れなくて、低い場所に張り付いたままぶら下がっている。
「おおーーい、誰か引きあげてくれ。ボクもウィニーの背に乗りたい」
「マリン、手を」
「ひゃっひゃっひゃ、ちょっと待てルキア。もうちょっと泳がせて、マリンのこの無様な様子を眺めよう。まるで吊り下がったミノムシだ。あっひゃっひゃっひゃ」
「駄目ですよ、意地悪しちゃ。ほら、マリン！ 手を伸ばして」
「助けてくれー」
まったくこの子達は――――クスリと笑うと、隣でルシエルたちの光景を見ていたノエルも同じように微笑んでいるのに気付いた。
でもノエルは私に気づかれたことを知ると、顔を赤くして背けた。
