第840話 『皆で押してみようよ』(▼アテナpart)
ルキアとカルビが戻ってきて、びっくりすることを言った。
そう、道の途中……しかも私達が今向かっている進路方向先で、巨大な熊が横になって寝ていると……
噓でしょ? ちょっと寝ぼけていたんじゃ……そんな風にも思ったんだけれど――とりあえず、皆を起こして全員で見に行ってみた。すると、ルキアの話は本当だった。
とても大きな熊が横になって、気持ちよさそうにイビキをかいて眠っている。
「ほう、これは珍しい。この熊は、ダイナミックベアだね」
相変わらず眠り続け、道を塞いでいる巨大な熊を目にして、マリンが珈琲の入ったカップを手にしながら言った。
ノエルが首を傾げる。
「ダイナミックベア? なんだそりゃ。つまりダイナミックな熊か」
ルシエルは、この熊の事を知っているようで何度も頷いている。
「ああ、これは確かにダイナミックベアだなー。オレの住んでいたエルフの里がある森でも、見かけた事はあるな。へえーー、この辺にも生息してんだなー」
「それで、この子は動物なの、それとも魔物?」
「魔物だよ」
「魔物だ。こんなでけー熊が、普通にいる訳ないだろ」
マリンとルシエルが、ほぼ同時にこの巨大な熊を魔物だと断言した。ってことは、これは魔物で間違いがないなー。でもどうしようかな。
ふと目をやると、ルキアに手を引かれて、眠っている巨大熊にそろりそろりと近づいていくクロエの姿が目に入った。
「じょ、冗談ですよね。そ、そんな大きな熊さんなんている訳……」
「いるんだよ。私がついているから、大丈夫。もう少し、手を伸ばしてみてクロエ。ほら、触ってみれば解るから」
そーーーーっ、モフ。
「っきゃあ!!」
「ね、熊さんでしょ?」
「え、ええ。熊さんを触った事はないけど、確かにゴワゴワした毛で……おそらく物凄く大きい」
「うん、多分トロルの3倍か4倍位は大きい熊さんだよ」
あんなに近づいて大丈夫かなーって思って、一瞬ルキアとクロエに熊から離れてって言おうとした。でもやめた。
2人とも、あんなに楽しそうにしているし、この熊が魔物だとしても、危険かどうかはまだわからない。もしそうだとしても、この距離ならもしも万一の事があったとしても、私の防御魔法【全方位型魔法防壁】で熊の攻撃を防ぐ事ができる。
ルシエルが、こちらに振り返って言った。
「それでどうすんのさ、これ。このドデカ熊をどうにかしねーと、このまま先には進めないよなー。どうにか押してみるか?」
『うんしょ……うんしょ……』
既にルキアとクロエとカルビが、一生懸命に一丸となって、ダイナミックベアの巨体を押している。当然だけど、まったく熊は動かないし、ルキア達は徐々にその熊のモサモサの体毛に埋もれていった。
「よっしゃ! それならオレも一緒に押してやるぜ!! いっちょやるぞ、ルキア!!」
「はい、お願いします!!」
ルシエルがぴゅーっと走って行って、ルキア達に加わる。だけど同じく、熊に埋もれていくだけで、1ミリ足りもその熊を移動させることはできなかった。うーん、どうしようか。
考えていると、ルシエルがこっちを振り返って怒鳴った。
「こらー! そもそもこの小粒三姉妹と、か弱いオレだけに熊の移動を任せるなー! アテナもそうだけど、そこでボーーっとしている2人もこっちきて手伝いやがれー!!」
小粒三姉妹って、カルビは雄なんだけど……
私は、ノエルとマリンに視線を送る。すると2人とも、熊を動かす為の配置についた。私も熊に手を当てる。なんだか、温かくて気持ちいい。
ルシエルが吠える。
「はい、オレがめっちゃ言ってやーーっと全員揃いましたー!! それじゃ、全員で力を合わせて、このバカでかい熊を動かすぞ! いいな、1、2、3でだ!! いいな!!」
「うん、解った。じゃあ、それで行こう」
ノエルを見ると、拳をパンパンと鳴らしてやる気になっている。このパーティーの中じゃ、一番の怪力女子だからね。でも対してマリンの方は、凄く嫌そうな顔。ノエルがマリンに声をかけた。
「おい、やるぞ。気合を入れろ」
「えーーーー」
「えーー、じゃねえよ。熊が起きて何処かへ行っちまうまで、ここでボーーっと突っ立ているつもりか? ほら、協力しろ」
「えーーー、でもボクは力なんてないよ。もしかしたら、クロエよりもないかもしれない」
「いいから、手伝え。それでもいないよりはマシだろ」
こういう時、ノエルは非常に頼りになる。性格も凄く協力的だし。
ミューリとファム、そしてギブンもそうだけど、『アース&ウインドファイア』がノクタームエルドの冒険者界隈で有名な理由が解る。頼りになるから。
でも、マリンはまだ嫌がっているみたい。
「うーーん、そうだ! 妙案を思いついたよ」
「なんだ、言ってみろ」
「目の前の熊、いっそのこと、ボクの魔法でパっと吹き飛ばすのはどうだろう? 【水蛇の一撃】でこう熊を……」
『そんなのダメ!! 却下――!!』
力作業をしたくないマリンの妙案に、全員が反対した。
「えーーー、なんで? ボクの渾身の【水蛇の一撃】を打ち込めば、巨大な熊でも恐らくは……」
ルシエルとルキアとカルビ。3人仲良く、プンプンに怒って飛び跳ねる。
「ダーメだよ、そんなの!! そんなの打ち込んだら、この熊がえらい事になるだろーが!!」
「そうですよ、マリン! この熊さん、確かに道をとうせんぼしてますけど、別にまだ何も悪いことをしたりしていないですよ! なのに、一方的に攻撃するだなんて……」
ワウワウワウッ
流石のマリンも3人に責め立てられて、私の方を向いて助けを求めてきた。
「アテナー、助けてよー。ボクは、合理的な方法を提案しただけなのに皆、凄く怒るんだよ」
「フフフ、確かにそうね。狩猟目的って訳でもないし、危険性があるかどうかも解らない相手だからね。一方的にやっつけるのは、よくないかな。。しかもこんなに気持ちよさそうに寝ている子に、いきなり邪魔だからって問答無用で強力な魔法を打ち込むっていうのもどうかと思うし。だからまずは、皆で精一杯押してみようよ。ね、マリン」
「う、うん……皆がそういうなら、解ったよ」
本当に体力には自信がないらしく、マリンは渋々といった感じで加わった。それでようやく、全員揃って熊を押す。
ようやくといった感じで、ルシエルが叫んだ。
「よっしゃ、そんならきばって行くぞーー!! 皆、全力出せよ!!」
「きばってとか言うエルフ、いないでしょ」
ワウワウッ、ガウ!
「クロエ、もう一度、今度は皆で押すよ。いい?」
「え、ええ、ありがとうルキア。もっと力が出せるように頑張ってみるわ」
「ボク、直ぐに力尽きるよー。先に宣言しておくねー」
「あたしはでかい岩だって、持ち上げて放り投げられるんだ!! 任せろ!!」
「全員配置完了っと!! それじゃ、全力で押せよ!! そりゃ、1、2の――!!」




