第83話 『ホーデン湖 水の悪魔 その2』
――――魔物に足を掴まれ湖の底の方へ引きずり込まれる。
水の中。意識が遠くなってきた。
ルーニ様、モニカ様、陛下、ゲラルド様、フォクス村、ドルガンド帝国。…………私の妹。色々なものが私の中を駆け巡る。水に包まれている。空から湖の底へ光が差し込んできて、凄く綺麗だと思った。
私がここで、死んだら皆……悲しんでくれるんだろうか? 私の人生がここまでだとしたら…………幼い頃の私はフォクス村の木に吊るされてただただ怯えていた。あの頃の自分より、今の私は遥かに強くなったのだろうか。わからない。
意識がもう…………あれ、なんか……もうひとり…………大切な人が私にはいたような…………
…………誰だっけ?
誰かが私を呼ぶ声がする。誰?
最後にもう一度だけ目を開けて、水面の方を見てみようと思った。すると、そこにはセシリアさんが必死の形相で私の方へ泳いでくる姿が目に入った。
「セシリ……ガボガボ……!!!!」
嘘⁉ セシリアさん!! 叫ぼうとしたら、口に大量の水が入って来た。苦しい!! 意識が引き戻されたけど、そんな事よりセシリアさんが危ない。セシリアさん!!
――刹那、私の4本の尻尾のうち、1本が光を放ち輝きだした。うそみたいに身体に力がみなぎってくる。私は、槍を力いっぱい握った。足を掴んで、水底に引きずりこもうとしているサヒュアッグの顔面に槍の石突を喰らわせた。サヒュアッグは、怯んで掴んだ手を離した。
――――今だ!! 浮上。
私の為に、湖に飛び込んだセシリアさんの方へ泳ぐ。セシリアさんの周りにサヒュアッグが4匹も集まっている。お願い! 間に合って!
セシリアさんは、スクロールを取り出して広げた。私の方を向いて、瞬きしている。あれは、もしかして目くらましをするってことかも! ダーケ村でウェアウルフ相手に使用した、閃光魔法のスクロールだ。私は、その事に気づき咄嗟に両目を閉じた。
セシリアさんがスクロールを翳す。閃光が広がる。
ギャアアアアアアア!!!!
水中をサシュアッグの悲鳴が伝わってくる。この隙に、周囲を囲むサシュアッグ達を槍で突き刺して倒した。水中にサシュアッグ達の血が漂う。
「お嬢ちゃん達、大丈夫か! しっかりするんじゃ! これに、つかまっちゃれ!!」
水面にあがると、アンソンさんがオールを突き出して、待っていた。私とセシリアさんは、それにすがる様に掴むと船に引き上げられた。
「はあ……はあ……はあ……大丈夫、テトラ……」
「うわーーーーん! セシリアさーーん!!」
私は、セシリアさんに思い切り抱き着いた。良かった。本当に無事で良かった。
アンソンさんが、湖の向こうの方を見つめる。
「悪いが出直そう。向こうから別のサシュアッグがこっちへ向かってきちょる! 急いだほうがええ」
「アンソンさん! オールを貸してください!」
「テトラ、あなた尻尾が光っているわよ」
「捕まっててください! 全力でいきます!!」
尻尾の輝きと共に、力がみなぎってくる。私は力いっぱいオールを漕いで、追ってくるサシュアッグを振り切って陸に戻った。間一髪だった。
なんとか皆助かったけど、セシリアさんは残念そうに言った。
「どうやら、ふりだしね……濡れた服も乾かしたいし、それに凄く寒いし。とりあえず服と身体を乾かしながら、策を練りましょう」
「はい……わかりました」
船からあがって尻尾を見ると、もう光っていなかった。あれは、きっと九尾の力。サヒュアッグとの戦闘と全力でオールを漕いだので、きっとそれで力を全て使い切ってしまったからだと思った。
アンソンさんが自分の小屋からタオルを2枚とってきて、私たちに貸してくれた。
「そのままだと、身体を冷やす。一旦、儂の小屋へ入って身体を温めるんじゃ」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉にあまえさせてもらいます」
私とセシリアさんは、一旦アンソンさんの小屋へお邪魔して、服を着替えた。濡れている服は、火の前で乾かさせてもらった。
「これからどうしましょう、セシリアさん」
「そうね、何か他の手を考えないといけないわね」
アンソンさんは、奥の調理場で何かを作っている。湯気。食欲をそそる、いいにおいがしてきた。
「テトラ、あなたさっきの尻尾……あの力をもう一度使える?」
あ! なるほど! 確かに無謀かもしれないけど、あの力を使ってもう一度船に乗って、私が全力でオールを漕げば万が一にでも可能性はあるかもしれない。他の手が浮かばない以上、それしかないかもしれない。
「わかりました。もう一度、あの力が使えるか、私……試してみます!!」
やるしかない。私は椅子から立ち上がって部屋の中、広めの所をさがしてそこで仁王立ちになった。そこから構えをとる。闘気を押し出すように全身に力を入れてみた。身体の内側から声を出す。
「はああああああああ!!」
「下腹から力を入れていけばいいかもしれないわ。昔、東方の国の武術の本を読んだ時にそんなことが書いてあった」
「はいっ!! やってみます!!」
あの力が引き出せるかどうかは、解らない。だけど、試してみる価値はある。イメージが大切。確か、九尾の力は極大の魔力だってゲラルド様がおっしゃっていた。それなら爆発させるイメージを! 自分の体内で魔力を放つ!!
「まだ、反応がないわ。大丈夫? 無理して倒れないでね」
「はあああああーーーー!!!!」
――――――もう一度、あの力を!!
「やあああっ!!」
――――――ップ!
「え?」
私は、穴があれば入りたくなる程、恥ずかしくなった。顔が真っ赤っかになって、すぐに部屋の隅に逃げ込んだ。持っていたタオルを頭に被る。
「あら? 可愛いおなら」
「だってしょーがないじゃないですか!!!! 湖で散々水につかったから、お腹が冷えちゃったんですよ!! うわああああああん」
大泣きした。もうやだ!
「フフフ。頭隠して尻尾隠さずって感じね」
すると、アンソンさんが暖かい具沢山のスープを作ってもってきてくれた。
「これを食べるとええ。美味いし、温まるんじゃ」
「あら、美味しそう。テトラ、一緒にありがたく頂きましょう。今のうちに、力をつけておいといた方がいいわ」
「うえーーーーん」
私は、恥ずかしさのあまり、どうしようもなかった。セシリアさんに聞かれてしまった。
「そんなとこで、タオル被って泣いちょらんと、こっちきて食べ。そして、火にあたっちゃれ」
湖を突破する方法を考えないといけないのに。私は、それどころじゃなくなってしまった。
――――その時だった。
コンコンッ
何者かが小屋の扉をノックした。私は、とりあえず今はさっきの事を忘れるようにした。
「アンソンさんは、調理場の方へ行って隠れてください! サヒュアッグかもしれない!!」
「私たちを追ってきたって言うのなら、可能性はあるわね、水中で戦うよりは有利に戦えると思うけど、決して油断しちゃだめよ」
セシリアさんは、ボウガンを手に取った。私も槍を握って、扉の方へ構えた。
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〚下記備考欄〛
〇ゲラルド・イーニッヒ 種別:ヒューム
クラインベルト王国、近衛兵隊長。凄まじい剣の使い手で他の武器も巧みに使いこなす。その強さはクラインベルト王国最強と言われ、常にセシル王の傍に侍っている。威圧感も物凄く、兵士達にも恐れられている。軟弱者やこびへつらう者を嫌悪しており、テトラに対しても軽蔑の眼差しで彼女を見ていた。
〇セシル・クラインベルト 種別:ヒューム
クラインベルト王国の国王。アテナやモニカ、ルーニの実の父。王国である事が起きた為、事態をゲラルドに話して戦闘力などに秀でているテトラを呼んでテストをした。今はルーニが無事に救出される事を祈っている。
〇モニカ・クラインベルト 種別:ヒューム
クラインベルト王国の第一王女。アテナの実の姉で、北方にある国境の城にいるらしく、王都にには暫く帰っていない。文武両道に優れ、剣の腕はアテナを凌駕すると言われている。以前、まだ王都にモニカがいた頃には、テトラは彼女の稽古相手であり、親しい者であった。
〇アンソンさんの小屋 種別:ロケーション
ホーデン湖の畔にある小屋。ボート小屋とは別。中に入ると解るが、意外と広くて使い勝手が良く居心地の良い小屋。こんな小屋でゆっくりと3泊位して、湖で釣りなど楽しむっていうのも最高の贅沢かもしれない。
〇フォクス村 種別:ロケーション
クラインベルト王国北方にある、テトラの生まれ育った村。獣人のみが暮らす村。テトラはこの村でつらい幼少期を過ごした。
〇閃光魔法 種別:魔法
辺りに閃光を瞬時に放つ魔法。それを見た者は、一瞬にして目がくらむ。目潰しの魔法。
〇出物腫れ物所嫌わず
だって、生きてるんだもの。しょうがないじゃない。




