第826話 『ミルク調達 その1』
グウウウーーーッ
ルシエルのテントから、バジャーデビルの赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきた。これはきっと、目を覚ましてお腹が減って鳴いている。うーーん、どうしよう!
ルシエルは、ふざけて言ったけど本当に私の胸からお乳が出るなら、それをあげるんだけど……残念ながら出ない。
焚火の前で目を細めていて、寝ているのか考えているのか解らないマリン。だけど口が僅かに動いている所を見ると、クロエからもらった野苺を食べているのかな。
って事は、今はちゃんと起きているって事ね。それなら今の話を聞いて、どうすればこんな山奥でミルクを手に入れる事ができるか、同じ仲間として知識も豊富なマリンも何か良策がないか考えてくれているのかなって思った。
もちろん頼りにするのは、マリンだけではなく皆も一緒。ミューリやファムやギブンと、長年パーティーを組んで色々な経験をしてきたベテラン冒険者のノエルに、次に目を向けた。
「うーーん、そうだな。アレは駄目なんだよな」
彼女はそう言って、自分の後ろを親指で指す。するとそこにはなんと、ノエルとルシエルが獲ってきた、大きな鳥が2羽も横たわっていた。
「すごーーい!! これもしかして、ノエルが狩ったの!!」
「ああ、そうだぞ。だけど2羽いるだろ。ルシエルと1羽ずつ狩った。デカイ鳥だから、この人数でも腹がいっぱいになるぞ」
「うわーー、鳥肉! 楽しみだわ。食べ応えがありそうなお肉を調達してきてくれて、ありがとう、ノエル。でも……」
「バジャーデビルの赤ん坊は、肉を喰わないか」
「ううん、バジャーデビルは肉食だから好物だとは思う。だけど、まだ赤ちゃんだからお肉よりミルクがいいんだと思う」
「そうか、ならどうするかな。狩ってきた獲物が獣で、雌であればあるいは……だったんだけどな」
残念な事に鳥は、ほ乳類ではない。
グウウウーーッ
更に大きく鳴き始める、3匹のバジャーデビル。クロエとカルビが、様子を見にいってくれた。ルキアはゴソゴソと自分のザックを漁り始めた。
「うーーん、どうしようか。ルシエル」
「そうだな。こうなってしまっては、どうにもならんしなー。致し方ないんでねーの?」
「え? 致し方ないとは、どういう事? まさか……でもいくらなんでも、流石のルシエルでも……」
「なんだよ、流石のルシエルって! ばっ! ちげーよ、ばっ! そうじゃなくて、こうなったらオレが、サっとまたロンダリ村まで戻って、ミルクを調達してまたここに戻ってくるって事だよ」
「え? ロンダリ村まで引き返すの?」
「ああ、でもそれはオレだけだよ。どうせ、今日はここでキャンプするんだろ? じゃあ、明日の朝までは皆ここにいるってことじゃん。その間にオレはミルクとってくっからさー。それしかないじゃん?」
「でも、それじゃあ……」
確かにルシエルの言っている事は、的を得ている。これしかない。最悪、そうするしかないよねって事は、薄々私も考えていた。だから――
「それなら私がロンダリ村まで行ってくるわ。ルシエルは、ここで皆と待機」
「え? 嫌だよ。オレが行ってくるって!」
「だーめ、ルシエルはここにいて」
「いや、どう考えてもオレが適任だろ? アテナより素早いし、移動速度だってオレのが上だろ」
「カチーーン。それどうかな? 本気を出せば、ルシエルより私の方がきっと早いよ!」
「ははん、いいだろう。それなら、勝負するか?」
「いいわよ。はっきりさせる?」
オレのが上とかいうから、カチーンときてヒートアップ。早くミルクを持ってきてあげなくちゃなのに、なぜかルシエルと勝負をする方向に。ちゃんと話を、もとの目的に修正しないとって解ってはいるんだけど。
そこで、ルキアが私とルシエルの間に入ってきた。
「アテナもルシエルも、ちょっと待ってください! 落ち着いて!」
「ああーーん、この可愛い猫娘め! オレの邪魔をするってーのか。なんてふてえ野郎だ。なら、まずはお前から血祭りにあげてやるわ!! ほーーれ、コチョコチョコチョーー!!」
「アハハハハ、やめて!! ちょっとやめて!! アハハ、ダメ――!! ちょっと、ちょっと待って!!」
ルキアは、くすぐられるのにとても弱くて、いつもこうなってしまう。それがルシエルにとっては物凄く楽しいようで……ほら、ルキアをくすぐっているルシエルの顔は、悪魔そのものになっていた。
「フヒヒヒ、泣き叫べ!! 生意気な猫娘はくすぐり地獄じゃあああ!! 泣き叫んでも決してやめんぞ!! フヘヘヘ、お前の悲鳴が我の生きる糧となるのじゃあああ!! ほーーれ、コーーチョコチョコチョ」
「アーーハハハハ、やめてーーー!! やめてって!! もうやめて!! それより、ほら!! これーー、これを見てえええ!! アハハハ」
「やめん!! そんなん言うても、断じてやめないぞーー!! 今日という今日は、2時間はじっくりとくすぐって虐めてやるーー!! フヘヘ……って、あいたっ!!」
ルキアに延々と、くすぐり地獄を味会わせていたルシエルを掴んで、また投げた。我ながら、見事な一本背負い。
ルキアを立たせて服についた土を払うと、彼女が言おうとしていた事を聞いた。
「はあ、はあ、はあ……も、もうっ! ルシエルったら!」
「もう大丈夫だよルキア。あの悪いエルフは、ぶん投げてお仕置きしたから」
「ヒンッ。アテナとルキアめー、覚えてろよー」
ルシエルはよろよろと起き上がると、自分の腰を老婆のように摩った。
「それで、何か思いついたの?」
「そうです! そうなんです! 私、思い出して。これ見てください」
ルキアはそう言って、さっき自分のザックから取り出した本を開いて、私に見せた。他の皆も覗き込む。
その本は、私が以前ルキアにプレゼントした本。そしてルキアが指したページには、羊の絵が描かれていた。バロメッツという羊。羊だけど、植物系の魔物に分類されているバロメッツ。
その正体は、木に実るという奇妙な羊。
説明文には、どうやらこの辺りにも生息していると書き込まれていた。もしかしてルキアは、このバロメッツからミルクを手に入れられるかもと言っているんじゃ……え?




