第820話 『クロエとどきどき採取 その1』
山道の脇に馬車を止め、できるだけ平らになっている場所を探す。
草地だけど、手頃な場所を見つけたので、そこでテントを設営した。テントは私とルシエルの持っているもの、2つを設置。
ルシエルとノエルは、何か食料を調達してくるとの事で任せた。また何か、魔物の赤ちゃんとか拾ってこなければいいけど……
それで他の皆にはキャンプの設営を任せて、私はカルビを連れて薪拾いに出かける事にした。ついでに食べられる野草や、お茶にできそうな薬草が見つければそれも採取したいし。
「それじゃ、ちょっと行ってくるね。直ぐに戻るから」
「早く、かえって来てくださいね」
「行ってらっしゃーーい」
ルキアとマリン。でもクロエは、バジャーデビルの事をルキアに任せると、立ち上がってこちらに近づいてきた。手には杖。
「どうしたの、クロエ?」
ルキアが心配そうに、クロエにそう言った。
「ルキア、ちょっと私……アテナさんと一緒に薪拾いに行ってこようかなって」
「え? 薪拾いに?」
更に心配するルキア。だけど、私は微笑んで頷いた。
「うん、それじゃ一緒に行こう。ここで明日の朝までって事になったら、薪を沢山拾っておいた方がいいだろうしね。人手があった方がいいかも」
ルキアは、慌てて立ち上がった。
「そ、それじゃあ私も!!」
ルキアも、どうやらついてきたいらしい。
クロエが一緒に旅に出たいと言って、ブレッドの街から一緒に同行する事になって、ルキアはまるで自分の妹のようにクロエに気を配っている。
もともとルキアには、リアという妹がいるし、そういうお姉さん気質なのかもしれない。目が見えない彼女の目になり、常時危険がないか周囲を注意している。
それは、とてもいい事なんだけど……
「ルシエルもノエルも、食料を取りに行ってくるっていなくなっちゃったからね。ルキアは、ここでキャンプの設営と見張りをして欲しいな」
「で、でもクロエが行くなら私も……」
「クロエは大丈夫。私がいるし、ほら、カルビもいるから」
ワウッ
「……そ、そうですか」
肩を落とすルキア。別に暫く会えないとかじゃないし、ちょっと薪拾いに行ってくるだけなのに……まったくこの子は……
私は「ほら見て」と言って、ルキアの更に後方を指さした。
ルキアが振り返ると、そこにはキャンプの設営なんてできないマリンと、3匹のバジャーデビルが草場に転がっていた。
「お腹減ったよーー」
グウウゥゥゥ……
マリンとバジャーデビル達の、混沌とした呻き声。
「ほら、この子達だけおいていったら、大変でしょ。下手したら、マリンが空腹に耐えられなくなって、バジャーデビルを食べちゃうかもしれない」
「え⁉」
まさかという顔で、ルキアはマリンの顔を見た。
「そんな目で見ないでよ。いくらボクでも、それはないよ。でももしかしたら、皆帰ってきた時に、バジャーデビルの数が減っている……そんなアクシデントが発生するかもしれないけどね。プフーー」
あの笑い。マリンは、ジョークを言っているらしい。だけど、彼女の口からそんな事をきくと、まさかと思ってしまうのも事実。その証拠に、ルキアも戸惑いの表情を見せ、そして薪拾いについてくる事を諦めた。
「ルキアの仕事は、キャンプの設営と私達が帰るまでの見張りね。あと、そこでだらけきっている水色の魔法使いにも、何か手伝ってもらってね。言っても働かないようだったら、お尻を叩いてもいいから」
「解りました。それじゃ、お留守番してますから、早く戻ってきてくださいね」
「お尻……叩いちゃ駄目だよー。って、お、おーーい。聞いてる? ボクは、肌が強くないからー」
「あと、バジャーデビルもちゃんと見ていてね」
「はい! 解りました!」
頷くルキアと、行ってらっしゃいと手を振るマリン。まあ、しっかりしているルキアと、師匠に戦いを挑むほどの猛者魔法使いがいれば大丈夫でしょう。
「そっれじゃ、レッツゴー! クロエ!」
「は、はい!」
私は、クロエの手を握って引いた。クロエの手はとても小さな手で、とっても可愛い。まあ考えてみれば、ルキアと同じくらいの年頃なんだもの。当たり前って言えば当たり前だよね。
「草木が生い茂っている場所を歩くから、足元には十分に注意してね。木の根や、石に蹴躓くかもしれないし」
「は、はい! 気を付けます」
クロエは、ブレッドの街で暮らしていた頃は、いつも自分の部屋にいたと言っていた。それで特別移動するといってもおトイレ位のもので、食事も身体を拭くのも自分の部屋だったらしい……
だからこそ、こういう経験は必要。クロエがお父さんを探す為に、私達と一緒に旅をすると決めた以上、今のうちに慣れておいた方がいい。もちろん、これからの自分の為にもなる。
マリンが言っていた可能性のように、目が見えるようになったとしても、今のこの経験はきっとクロエを強くして大きくするはず。しかもクロエはまだ幼い。その力を磨くには、うってつけだ。
私達二人は、ルキア達が待つキャンプからどんどん離れて行くと、草木が生い茂る場所に入った。
私は魔物に遭遇してもしっかりと対処できるように、十分に気を張り巡らせ辺りを警戒しながら前に進んだ。伸びた草が身体に触れて、ガサガサと音を立てる。
そして剣を抜くと、それで目前の草を払いながら足元を確かめながら進んだ。クロエは草の音や、緑のニオイで自分が今、草木が生い茂っている場所へずんずんと入り込んでいる事を十分に理解している様子だった。
その表情は意外にも、不安の他に少し何か緊張しているような感じがした。そう、緊張と言うのは、ドキドキしているという事。私が冒険者になると決めて、初めてお城を飛び出したあの時の顔。
今のクロエと同じような表情を自分がしていたんじゃないかな、と思う。




