第815話 『まだ会っていない男 その2』
シェルミーはとりあえず、手持ちの金貨をソアラに握らせると、彼女に囁いた。
「残りはまた今夜。だから邪魔はしないでね」
「金貨500枚よ。そんなお金、今夜に用意できるの?」
ソアラの言葉に、頷くシェルミー。口元には、僅かな笑み。金貨500枚もの大金なんて、本当に支払えるのだろうか。
「払えるよ。払えるけれど、私達の邪魔をすれば、報酬はこれだけ」
「え、どうして?」
「だってそうでしょ? 私があなたに手を貸してくれた事に関して謝礼をしたいと思っても、そのあなたが邪魔するならいたしかたないでしょう?」
これには、流石に何も返せない女盗賊団『アスラ』の頭領ソアラ。ハムレットは、落ち着きなく、姉であるソアラの顔色を伺っている。
「そういう訳だから、金貨は必ず払うから、邪魔はしないでね」
「じゃあ、今夜。ソアラは何処にいけばいいのかしら?」
「うん、そうだね。とりあえず、グランドリベラルに着て。遅くなるかもだけど、必ずあなた達三姉妹の分の部屋も用意しておくから。ホテルに入って、一階フロアで待っていてくれればいいかな。お酒とか飲める場所もあるから、そこにいてくれればいいね」
ホテルに宿泊させてもらえるという件も、忘れていない。シェルミーがそれを伝えると、ソアラはようやく納得したようだった。
クランベルト王国の気高き『青い薔薇の騎士団』としては、盗賊団のトップをこのままのさばらせていいのかどうか、難しい所。
しかし、彼女達に手を貸してもらった事……そして何より、手を借りる為にシェルミーが彼女達と取引をした事は事実なのだから、このまま黙って行かせるしかないと思った。
忠義や正義も大切だが、約束は信用を生む。それもまた大切なものなのだ。
「それじゃ、またあとで」
「ふんっ……それじゃね」
ソアラが立ち去ると、ハムレットはこちらを一瞬だけ睨む。そして、慌てて姉の後をついていった。
シェルミーがパンっと手を合わせると、元気な笑顔を見せる。
私にはそれが、自分の護衛が命を落としてしまった事でのショックを、必死に隠して私達に見せないように無理に強がっているように見えた。
パンッ
「よっし。それじゃ、行きましょうか。リベラル十三商人の一人、宝石商アバン・ベルティエ。彼は、自宅にいるのかな? だとすれば、これからその自宅に押し掛けるという事かー」
「ま、待つでやんすよ。アバン・ベルティエとは、実は今日会う約束を既に取り付けているので、心配しなくても直ぐに会う事はできるでやんすからね」
「なに⁉ それは、本当か⁉」
「本当でござんすよ」
リベラル十三商人は、この交易都市の最高権力者だ。この街に来たばかりの我々が、そんな簡単に約束をして会う事なんてできるのだろうか?
テトラが会っているだろうダニエル・コマネフなどは、向こうから興味を持ってくれたから運が良かった。あのリッカーの住処にいた事でも、特に興味を引けた部分もあるだろう。
しかしこれから会う男、宝石商アバン・ベルティエは面識がまだない。
メイベルは自分の懐を漁ると、一通の手紙を取り出した。
「これ、なんだと思いやすか?」
「もったえぶらずに、教えてくれ」
私がそう言うと、シェルミーは大声をあげた。
「あああ!! 私、解っちゃった―!! もしかしてそれ、コルネウス執政官の……」
そこまで言うと、メイベルは人差し指を自分の顔の前に持ってきて「シーーーッ」と言った。
「何処で誰に聞かれているか解らないでござんす。小声で、お願いしやす」
「あはは、そうだね」
「この手紙は、今シェルミーが言いかけたものでござんす。一応、この『狼』を叩くと言う計画は、コルネウス執政官も知っている事で、十三商人の中にその敵のボスである『狼』がいる事を知った彼は、この手紙を用意してくれたんでやすよ。十三商人は、交易都市リベラルのトップでやんすが、メルクトの執政官は共和国のトップ。この手紙をAランク冒険者であるあっしが持参すれば、まず確実に十三商人の方々は、会って話を聞いてくれるという段取りでござんす」
「なるほど、そういう事だったのか。それなら納得がいく。それで、アバン・ベルティエの家はここから近いのか?」
「少し歩きやすが、まあそれ程でも。それじゃ、行きやしょうか」
こうして私とシェルミー、そして偶然にも同じ目的の一致で再会し合流したメイベルの3人で、その宝石商の自宅に向かった。
その場所は、人通りが少なく交易都市でも裕福な者が好んで済むようなエリアだった。大きな屋敷。それがアバン・ベルティエの自宅で、私達3人はその門の前に立った。
門には、2人の門番。メイベルはその一人に近づいて、話しかけた。
「あの……ちょっとよろしいでござんすか?」
「なんだ、怪しい奴だな。何をしに来た」
「そうだ、ここが誰の家か知っているのか。怖い思いをしたくなければ、あっちへ行け」
メイベルは自分の懐に手を入れた。手紙を取り出す為だった。しかし門番は勘違いして、彼女が何か武器を取り出すのではと思ってメイベルに武器を向ける。
「メイベル!!」
咄嗟に叫んだ。しかし彼女は冷静に、門番が向けた剣を少し動いてかわすと、その門番の懐に入って、相手を壁に押して押さえつけると、自分の懐から手紙を取り出して相手によく見せた。
ボーゲンもそうだったが、やはりAランク冒険者というのはダテではないな。
「お控えなすって! あっしは、メイベル・ストーリ。これはコルネウス執政官からの書状で、あっしらは今日、十三商人のアバン・ベルティエ氏にお会いする約束をしている者でござんす」
「なっ……ベルティエ様と……」
「そういうストーリーでござんすよ」
メイベルが押さえつけていた門番から手を離すと、門番2人はこちらに向かって頭を下げた。
「ど、どうも失礼しました。お客様でしたか。ベルティエ様には、今伝えますんで少し待っていてください」
にっこりと笑って頷くメイベル。
テトラやセシリアも心強いが、やはり冒険者はこういう事には慣れている。私も他でもない騎士だから、余計にそう感じるかもしれない。
少し待つと、屋敷から執事がこちらに歩いてきた。そして私達を屋敷に案内した。
「こちらへどうぞ。旦那様が中でお待ちです」




