第814話 『まだ会っていない男 その1』
シェルミーは、特に動揺をしている素振りは見せなかったが、内心は酷く荒れているようだった。
それもそうだろう。自分を護衛してくれていた者が、殺されたんだ。
たまたま朝食を取った店から外を眺めた時に、あのドルガンド帝国兵士を見つけた。それがなければ、今日の予定はテトラやセシリアと同じく、私とシェルミーも十三商人の誰かに接触していただろう。
いや、時間的にはまだ昼を少し過ぎた位……諦めるのは早い。
ロドリゲス、それに他の数人のシェルミーの護衛に、ローグウォリアーに殺された護衛の男と、ドルガンド帝国兵士の亡骸の埋葬を頼んだ。
護衛の死から、シェルミーはずっと暗い。ひょっとしたら……シェルミーの表情から察するに、親しい者だったのかもしれない。
だから『狼』の事は一旦私に任せて、ロドリゲス達と埋葬に行ってもいい……そう言ったけれど、彼女は首を横に振って、後の事はロドリゲスに任せてついてきた。
無理をしている。だけど、かける言葉が見つからない。
私達は今、路地を出て通りに入ると、適当な話しやすい場所を見つけて、そこでこの後の事について再び話した。
もちろんまだ時間はある。予定通り、十三商人の一人に接触をしたい。
だがその前に、なぜテラネ村へ向かったはずのメイベルがここにいるのか、それから確認しておきたかった。あと、シェルミーとメイベルには、互いにどういった者か既に説明してある。
大きな街路樹の下。私とシェルミーとメイベルは、そこで集まってそういった立ち話をしていた。
「あっしがなぜ、この交易都市リベラルにいるのか? それが気になっているようでやんすね」
「ああ、そうだ。なぜここへ? もしかして、ボーゲンやミリス達に何かあったのか?」
「今のところは、大丈夫でやんすよ。ボーゲン達は、今もビルグリーノ達と共に行動をしているでやんす。現在は、テラネ村に到着してレジスタンス……多くの仲間達を集めてコルネウス執政官を筆頭に、首都グーリエを奪還する計画を進行中でやんすよ」
「そうか、予定通りか。なら、メイベル。君はなぜここにいる?」
メイベルは、軽く息を吐きだすと言った。
「実はそれ、あっしも聞きたい事でやんすよ。てっきりあっしらの後を追いかけてきてくれると思っていたローザ達は、いつまで経っても追いかけてこない。てっきり何かあったんじゃと思っていたら、リベラルで会うなんて。それこそ、こんなストーリーは驚きの展開でやんすよ」
「なんだ、それは。もしかして、私達がこの街にいる事を、メイベルは知らなかったのか?」
「私達という事は、テトラやセシリアもこの街にいるという事でやんすね。そういうストーリーでやんしたか」
頷いた。そして、私達が『闇夜の群狼』の幹部であり、このメルクト共和国を乗っ取ろうとしている首謀者を探し出して倒そうとしている事、その者が十三商人の一人である事を話した。
メイベルはそれを聞いて驚いたが、なぜ驚いたかという事に関しては、少し私の想像とは違っていたようだ。
そう、メイベルも私達と同じ考えでここへやって来ていたのだった。ビルグリーノ達に、グーリエ奪還を任せてメイベルは、敵の親玉を叩くという、私達とまったく同じ作戦を思い付いていた。
だからここでメイベルと出くわしたのは、偶然だったのだという。
「なるほど、同じ作戦を考えていたでやんすね。でも首都グーリエを取り戻し、コルネウス執政官に国を立て直してもらう……そしてそれと同時に、敵の親玉を叩けば、確かにこの国で暴れ回っている賊どもを追い出して、平定する事ができるストーリーでやんすからね」
まさか、ここでメイベルと再会するとは、思ってもみなかった事だけれど、目的は一緒だ。私は気になっている事をもう一つ、聞いてみた。
「メイベル」
「なんでやんすか?」
「この街へは、1人でやってきたのか?」
「2人でやんすよ。相棒のディストルも一緒でやんす。この街のトップには、十三商人という十三人の権力者がいるでやす。その中に『狼』は潜んでいる……それで間違いないというストーリーでやんすが、本当にそうだとすれば、きっと敵はかなり用心をしていやしょーし、強敵になるのは間違いないでやんす。流石にあっし一人で、そんな『狼』の口の中へ飛び込む真似はできないでやんすから、ディストルを連れてきているんでやんす」
「そうか。だが、そのディストルは何処だ? 見当たらないが、別行動をしているのか?」
頷くメイベル。そして、クククと笑った。
「ディストルは、ご存じの通り暴れん坊で、ちょいとこういう事にはあまり向いていないんでやすよ。それに性格も雑でやんし。でも十三商人の一人に、ディストルにとっておあつらえ向きな野郎がいやしてね。そこへ潜入させているでやんす」
「なるほど……もしかして、興行師のボム・キングか」
頷くメイベル。確かにディストルには、おあつらえ向きかもしれない。っというか、興行師ボム・キングのもとにはテトラの恩人、女冒険者レティシア・ダルクもいるのでは……面倒な事にならなければいいが。
一応レティシア・ダルクの事は、メイベルにも話しておいた。すると驚く事に、レティシアとディストルは、どうやら面識はあるようだった。
しかも、コルネウス執政官を救出したトリケット村で、喧嘩になったらしい。結果は、あのディストルでもレティシアにはかなわなったらしいが。
流石、テトラがあれだけ慕う実力者だといったところだろう。テトラの師匠は、あのモニカ様だ。そのテトラが強いといって頼りにするのだから、レティシア・ダルクの実力は相当なものだと予想できる。
「まあ、どうにかなった時は、どうにかなった時でやんしょ。これはもう、そういうストーリーでやんすよ。それよりも、これから誰か十三商人に会いにいくつもりだったんでやんしょ? あっしもそうなんですが、よければご一緒しやしょ」
「そうか。実はそのつもりだったんだが、まだ誰に会いにいくか悩んでいた所で、あの刺客に襲われたんだ。もしかしてメイベルは、あてがあるのか? 因みにテトラは今頃ダニエル・コマネフ、そしてセシリアはデューティー・ヘレントと接触していると思う。上手くいけばだが」
「それなら丁度いいでやんす。あっしがこれから会いにいこうと思っていた男は、アバン・ベルティエ。宝石商でやんす」
アバン・ベルティエ。レティシアとディストルは、ボム・キング。アローはリッカー。他にも何人か会ったが……
ミルト・クオーンやイーサン・ローグ、ゴケイやババン・バレンバンでもない、まだあった事もない男。これは、好都合だ。
「宝石商!! お金のにおい!! それ、わたし達もついて行っていいかしらね!!」
「ハムレット。そんなの言わなくても当然よ。ね、ローザ」
別の誰かの声に目を向ける。するとそこには、女盗賊団『アスラ』のハムレット、そしてその姉のソアラが立っていた。




