第806話 『姉妹節 その3』
ソアラの攻撃は、凄まじかった。彼女の見た目と、そのおっとりとした性格から、強者であったとしても、テクニックやトリッキーな攻撃を主にした戦い方を得意とするタイプだと思っていたのだが……
かなり荒々しい。攻めに転じたソアラの動きは、例えるなら血に飢えた狼、もしくは豹といった感じだった。
兎に角、肉食獣のような獰猛な攻め。彼女がえものとする二本のジャマハダルは、さながら彼女の牙か爪といったところだろう。
ギイン、ギイイン!!
剣で弾く。かわして素早く反撃に転ずるが、ソアラは私の攻撃を巧みに弾き返す。
「さあさあさあ、どんどん追い詰めていくわよ。フフフフ、ローザ・ディフェイン。もっと厳格で、融通の利かない女騎士だと思っていたのだけど、さっきハムレットの命を奪えるのにそうはしなかったでしょ?」
「どうかな。だが、なぜそんな事を急に言い出す? もしかして私の騎士道精神に、心を打たれたのか?」
「うん、うたれたちゃった。今まで追う側と追われる側。敵同士だったけど、ローザとは、すっごくいいお友達になれたらなって思っちゃった。でもハムレットの事で言いたい事はそうじゃなくて、ローザがハムレットの命を奪うつもりがなくても、ソアラはローザの命を奪えるという事なの」
ビュンッ!!
ジャマハダルの切っ先がキラリと光る。閃光。ソアラは私の左胸を狙って、一直線に迷うことなく突きを放った。
だがそうくるかもしれないという事は、想定済み。もう片方のジャマハダルを警戒しつつ、突いてきた方を小さく打ち上げる。そこから今度は、こちらの反撃が始まった。素早く、そして連続でソアラに剣を打ち込む。どんどんスピードをあげる。
「かなり早い攻撃ね。この武器一本だったら、とても防ぎきれない。でも生憎、ソアラは二本もってるんだ。だから全部防げるよ。それに、どんどん打ち込むスピードをあげるのはいいけれど、早くすれば早くする程、息は上がるし威力も軽くなっていくのよね」
この後の展開を予想して、にこりと微笑むソアラ・アンパリロー。勝ち誇った顔。
「凡人なら、そうなんだろう。だが私はそうではない。選ばれしディフェイン家の騎士、偉大なクラインベルト王国の騎士だ。先程既に言ったが、私は本気を出すと言った。私の本気は、実はこれからだぞ。だが、私は貴様らを殺すつもりはない。だから貴様が、私の攻撃に耐えられるかが心配だ。耐えられなくなったら、直ぐにギブアップする事をお勧めする」
「フーー、意味わかんない! やせ我慢して、もう息があがってきているよね。ほらほら、剣を打ち込むスピードが遅くなってきた。アハハ!」
ソアラがそう言ったのを皮切りに、私の振る剣の速度が上昇する。そしてその打ち込む衝撃の重さも、次第にどんどん強くなる。余裕だったソアラの表情が、変わった。
ギン、ギイン、ガン、ガイン、!!
「うっ! ぐっ!! な、な、なになになに!! ちょーー凄いんですけど!! なにこの攻撃!!」
「まだまだ威力も速度も上昇する。それでいて、狙いは正確だ!! 今日、貴様らの命を奪うつもりはなかったが、早く降参しないと痛い目に合うだけでは済まなくなるぞ!」
更に加速する剣撃。さあ、降参しろ!!
いつも何処か心に余裕のあるソアラ。だが今は、その顔も引きつっている。こうなってくると、討ち取るつもりはなかったのだが、過去に追っていた事もある女盗賊団『アスラ』の頭領、ソアラ・アンパリローを討ち取ってしまってもいいのではと欲がでてくるな。
そんな私の心を読んだのか、ソアラが叫んだ。
「ハムレット!!」
「え? あ、はい! ソアラお姉様!!」
鞭。ハムレットの放った鞭が私の右足に巻き付いた。くそ、邪魔をするか!!
「ええーーい!! ソアラお姉様、ここはわたしが!!」
ソアラに連続で剣を打ち込んでいた。もう少しで、彼女も根を上げて降参するはず。そう思っていたが、ハムレットの鞭に右足を掴まれて引っ張られる。
「おい、そんなに強く引っ張るな!! こらっ!!」
バターーンッ
姉のピンチを救おうと、ハムレットは姉を追い詰める私を、彼女から引き合はそうと強引に両手で鞭を引っ張った。その結果、私の右足は思い切り後方へと、急に引っ張られ股裂き状態になった。
「きゃああ!! 痛いっ!!」
なんとも言えない激痛。稽古や訓練の時には、それなりにストレッチしているが……身体は固い方だし、開脚なんてものは勿論できないし苦手。
だからこそ、この痛みは我慢できないものがある。悶絶し、股間を抑えて仰向けに転がる。まるで、ひっくり返された蛙みたいに。
私達の戦いを観戦している酔っぱらい共の大笑いする声。圧倒的な屈辱。おのれえええ!!
くそおおお!! いつもの私は、強くてクールなクラインベルトの気高き騎士団長というイメージなはずなのにいいい!!
こういうのは、ルシエルのイメージだ!!
「キッ!!」
「ひ、ひいい!!」
ターゲットをソアラからハムレットに変える。ハムレットは、私が睨みつけると明らかに恐怖し後退った。
バキイイ!! ガラガラガラ!!
刹那、店内の何処かで破壊音が聞こえた。 目を向けると、奥にあるトイレらしき扉がぶち破られている。シェルミーの護衛の男が、何者かに吹っ飛ばされたようだった。
その後にトイレから、あのドルガンド帝国兵士がいきおいよく飛び出してくる。私の顔を見ると、すぐさま店の外に飛び出していった。
「やはり、この店に隠れていたか!! ええい、待てえええ!!」
多少ガニ股になりながらも、私は慌ててその場を後にする。ドルガンド帝国兵士を追って店の外に飛び出すと、後方からソアラとハムレットの叫び声が聞こえた。
面倒くさい。勝負を途中で投げ捨てたからか、あの二人が後を追ってくる。とりあえず、どちらにしてもドルガンド帝国兵士を捕えてからだ。そうすれば、あとはどうとでもなる。
酒場から出て辺りを見回すと、向こうの方へ逃げて行く、ドルガンド帝国兵士の後姿が見えた。逃がさない!! 私はややガニ股で、必死になって後を追いかけた。
くっそーー!! こういうのは、私のイメージではない!! 断じて違う!!
こういうのは、ルシエルの役目なんだ!! 心の中で何度もそう叫んだ。




