第805話 『姉妹節 その2』
ビュッ! バシーーンッ
ハムレットの放った鞭が唸る。私の腕に、鞭を巻きつけて拘束しようと放たれた一撃。
ハムレットの鞭を避けること自体は、それ程難しい事ではない。正直、私はもっと凄まじい鞭使いを何人か知っているし、ハムレットの攻撃はしっかりと見えている。
だが腕が駄目なら、足。そしてそう思わせておいて、首に鞭を巻きつけようとしつこく攻撃してくるのがウザかった。それでもハムレット1人なら、本来なら私の敵ではないはず。だが現状そう簡単にいかないのは、長女ソアラの存在も大きい。
次女のエイティーンは強力だが、猪突猛進でタフネスとパワー以外は、警戒すべき所は特にない。三女のハムレットは半人前で、鞭を器用に操るがそれもやっぱり半人前。おまけに爪があまい。
だが長女ソアラの実力、これはなかなかのものだ。かなり手ごわい。
そして次女と三女がソアラに劣ると言えど、三姉妹揃うと連携はとてもとれていて、厄介この上ない相手。しかし幸いにも今ここには、エイティーンや他の子分達の姿はない。
「ハムレット! もっとフェイントを織り交ぜないと、ローザに完全に見切られているよ」
「は、はい! ソアラお姉さま!」
バシイイッ
周囲の酔っぱらい共の歓声。まったく……こんなに盛り上がるのなら、観戦している客共から観戦料をとってもいいのではないか。
ハムレットは、姉のソアラに言われたように今度は更にフェイントを織り交ぜて、蛇のように鞭をグネグネと動かしながらも打ち込んでくる。確かに段違いに攻撃はよくなった。
「チョロチョロチョロチョロと……クラインベルトの騎士は、こんな戦い方しかできませんの!!」
「ああ、生憎な。だが何も私は、ただ単にお前が言うチョロチョロチョロチョロと逃げ回っていた訳ではないぞ。お前も知っての通り、私はクラインベルト王国『青い薔薇の騎士団』の団長、ローザ・ディフェインだ。本来は部下も多く従えているし、その部下達を訓練したり戦い方も教えている」
「うるさい!! いったい何が言いたいのか解らないわ!!」
バシイイッ
ハムレットは、明らかに感情的になった一撃を放ってきた。踏み込む。私はそれを避けると剣を低く構えて、ハムレットとの距離を一瞬にして詰めた。ハムレットが、青ざめる。
「チェックメイトだ。私は部下達の訓練など、常日頃から見ている事から、戦闘には少なからずそれなりの自信がある。また自分で言うのもおこがましいが、戦闘に対しての洞察力に関しては、人並み以上だと自負しているよ。つまり、何が言いたいのかというと、ハムレット。お前のその未熟な鞭捌きは、完全に見切ったという事だ」
「こ、このおおおお!!」
「ハムレット!! 抑えて!!」
剣対鞭。クロスレンジでは、遠距離攻撃を得意とする鞭よりも、剣の方が圧倒的有利であるのは明白。
更に付け加えれば、ハムレットよりも私の方が遥かに実力も勝っている。盗賊が盗みに明け暮れている間に、私は剣を振っている。負ける訳がないのだ。
「ハムレット・アンパリロー!! 覚悟!!」
剣を振る直前で、刃を相手とは反対へ返した。狙いは、ハムレットの鳩尾。そこに刃ではなく、柄を打ち込む。
なぜそうしたのか――女盗賊団『アスラ』は悪名高く、メルクト共和国だけでなく我がクラインベルト王国領内や、隣国のガンロック王国などでもその名を轟かせている盗賊団だ。しかしながら、人を脅して財産を盗む行為はしても、良民を殺害したという話は聞かない。
他の盗賊団と諍いを起こして、その相手を殺める事はあっても、罪なき者の命を奪うという行為をしていないのだ。だから、私は自分の正義に従った。
最初は見逃すつもりだったが、こうなってしまった以上それも難しい。だが拘束はするとしても、命までは取らない。それでいいと思った。
ハムレットは慌てて鞭で私を攻撃しようと試みるも、もう間に合わない。腕も鞭も伸びきっている。終わりだ。
「ひいっ!! ソアラお姉様!!」
「まったく、あなたって子は――」
どうにも避けられない。そう思ったハムレットは、姉の名を叫んだ。ソアラは、名を呼ばれるよりも先に、もう私とハムレットの隣まで移動している。そして、なんと私の一撃を、ジャマハダルで受け止めた。柄が弾かれる。
「ウフフ、そうはさせないわよ」
「ソアラお姉様!!」
「今度は、長女の登場か!! まあ、いい。どうせ端から二人を一度に相手をするつもりだったのだ!!」
今度は刃を向ける。連続でソアラに、剣撃を打ち込んだ。ソアラは後退しながらも両手に装備するジャマハダルで、交互に私の剣を弾く。二刀流な上に、ジャマハダルは片手でも力を十分に揮える武器なのだと、認識させられる。
「フフフフ、邪魔をしてごめんね。でもソアラ、可愛い妹を虐められてるのを見たら、とても平気でいられないのよ。っていう訳で、今度はソアラが相手よ」
少しずつ後退しながら、私の剣を受けていたソアラが今度は前に出る。今度は徐々に私が後退させられ始めた。
二刀流。その攻撃回転率は、一刀流よりも圧倒的。またジャマハダルという武器は、腕そのものに装着する大きな爪のような特殊武器で、アテナの二刀流とは違ったまったく異なる攻撃を繰り出してくる。
「うおおーー!! すげー、なんだその武器!!」
「姉ちゃんやるなー、いけいけーー!!」
「おい、どっちが勝つか賭けようぜ!! 俺は、『アスラ』が勝つ方に賭ける!!」
盛り上がる酔っぱらいの客共。そして、聞こえたぞ。ソアラ達に賭けた奴らには、大損させてやる。
私は心配そうにこちらを見ているシェルミーの護衛に、目線を送った。
これからこの二人を速攻で倒すから、その間にこの酒場に潜伏しているドルガンド帝国兵を見つけて、決して酒場から逃すな。そう伝えたかった。
彼の表情を見ると、私の言いたかった事は、全部伝わったようで安心した。
先程から彼は、ずっと私に加勢するかどうか悩んで立ち尽くしている様子だった。でも逃げたドルガンド兵の事を頼んでからは、一変してきょろきょろと広い店内を見回しながら、店内にいる男達を調べ始めてくれた。




