第804話 『姉妹節 その1』
鞭は巻き付いていた男の腕から離れて、のたうつ蛇のように暴れまわる。そして男の身体を、何度も激しく打った。
その音は店内に響き渡る程の、大きなもの。男はたまらず悲鳴をあげた。鞭の威力と速度は更に強くなり、男の衣服を引き裂き肉をも破った。またもや、耳を塞ぎたくなる男の悲鳴。
「ヒイイイイイン!! いたたたたた!! もうやめてくれー、まいったー!!」
「もう、やめないか!!」
私はゴロツキを打つ鞭目掛けて、剣を振った。打ち込まれる鞭を剣で弾く。そしてその鞭使いに目を向けた。
「貴様、アンパリロー一味のハムレットか!」
「ちょっと、アンパリロー一味って言うのやめてくれないかしら」
「じゃあ、なんて言えばいい。ハムレット・アンパリローか。そしてその後ろにいるのが、ソアラ・アンパリロー。次女、エイティーンの姿が見当たらないようだが」
「ちょっと、わたし達は女盗賊団『アスラ』って名前で通っているんだけど。ねえ、お姉さま。ソアラお姉さまからも言ってやってください」
女盗賊団『アスラ』。その名を私は知っている。知っているし、このメルクト共和国にやってきてからも、一度遭遇した。
『アスラ』はリーティックという村で、『爆裂盗賊団』と手を組んで略奪を働いていた盗賊団だった。それで私達は、村人達を助ける為に『アスラ』等と剣を交えたが、結果取り逃がしてしまった。
その『アスラ』の親玉が、この交易都市リベラルの、とある酒場にいる。
よく考えてみれば、リベラルは都市として普通に機能している訳だし、メルクト共和国にいる『アスラ』がこの都市にやってきていたとしても、何もおかしくはなかった。
シェルミーの護衛が不安な顔をしたので、ここは大丈夫だと合図する。ソアラが言った。
「あららー? どうしてそんなにキョロキョロしているの?」
「アンパリロー三姉妹、いやアスラ三姉妹と言えばいいのか? どちらでもいいが、エイティーンは、いないようだな」
「フフフ、エイティーンは、今は別行動中。そして心配しなくても、他のソアラの子分達も、別行動中よ。今はね、ソアラ達はこの都市に羽を伸ばしにやってきているの。って言ってもリーティック村では、あなた達にやられちゃって、あんまり稼ぐ事ができなかったから、贅沢もできないけれど」
「そうよね、ソアラお姉様。リーティック村の村人達をもっと締め上げれば、もっと色々と金目のものを頂けたかもしれないのに。それに人質にして、別の村や街に住んでいる家族や親戚に身代金とか要求すれば、結構なお金になった可能性だってあったのに」
「そうなのよ。まったく困ったものよね。ソアラ、本当にがっかりしたのだから」
「ねー、お姉さま! 以前にそれで、わたし達かなりの稼ぎになったんだから。いくらになったと思う? 耳かっぽじって、よく聞きなさい。その金額……」
「ハムレット!! 言わなくていい!!」
「ごめんなさーーい!!」
相変わらずのアンパリロー姉妹節。この姉妹のやり取りを見ていると、思わず肩の力が抜けてくる。
凶悪犯罪者だとは認定されているが、その性格は残忍ではなく、良民には決して手にかけない事でも知られている盗賊団。だが犯罪者である事には違いはない。
「どうでもいいが、早く私の目の前から消えろ」
「え? それってソアラ達に何処かへ今すぐ行きなさいってことなのかしら?」
「そうだ、見逃してやると言っている。今回に限りだがな」
ソアラは、口を押さえて笑った。その隣にいる妹のハムレットも、姉のソアラにつられて笑う。でもなぜ姉のソアラが笑っているのかという事は、その表情から理解していないと察した。
「何がおかしい?」
「ローザ・ディフェインさん。凄く上からものを言うけれど、今この状況でそのセリフを吐くのは、ソアラ達の方なんじゃないかしら? ねえ、ハムレット」
「はいー。ソアラお姉様の言う通りですよ」
「皆さんもそう思うわよねーー?」
ソアラが大きな声でそう言うと、酒場にいる客たちは手を叩いて口笛を鳴らし、声をあげた。
盛り上がる客にソアラは、ウインクと投げキッスを連発してウケをとる。ハムレットもそれを目にして、姉と同じようにするがウインクも投げキッスもかなりぎこちない。
「兎に角、今は取り込み中だ。お前達の相手をしている暇はない。また改めて相手をしてやるから、今日は邪魔をするな」
「ふーーん」
全てを見透すような目。ソアラは、私を見ると微笑を浮かべて、腰に吊っていた大きな爪のような武器、ジャマハダルを左右の手にそれぞれ握った。
ハムレットもまた姉と同じように、ぎこちなくも微笑を浮かべて、手に持っている鞭をしならせる。
やはりこうなるか。面倒ごとになると悟ったシェルミーの護衛が、私に加勢しようと剣を抜いてこちらに近づいてきたので、私はまた彼をその場に留めた。
「女盗賊団『アスラ』首領ソアラ・アンパリロー、そしてその妹のハムレット。この私が悪名高き盗賊団を見逃すなんて、空から雹が降る程の珍しい事だぞ。悪い事は言わない。私の気が変わらないうちに、とっととこの酒場から出て行け」
「嫌ーよ。ローザがそんな事をソアラ達にお願いするなんて、この酒場によほどの理由があって入ってきたのでしょう? それならそう言われて、素直に出て行く訳ないじゃない。邪魔してほしくなければ、ここは解りやすくお金で解決しましょ。とりあえず金貨300枚。それでこの場は、大人しく立ち去ってあげるわ」
私は剣を横にビュンッと勢いよく振って見せると、姉妹の方へ向けた。
「ならば仕方がないな。言ったように私は急いでいるんでな。そこで転がっているゴロツキ共の相手をしたように、手加減はできんからな。本気で行くから、覚悟しろよ」
「ローザ・ディフェインの本気! うううーーん、それは怖いわね。怖いわー。ね、ハムレット」
「え? ええ、ソアラお姉様。とても怖いですわ。じゃあ、逃げますか?」
「そうじゃなくて、ここは怖いから逆に見てみたい……でしょ?」
「あっ! そうでした。そうでしたわ。なんだかわたし、凄くローザの本気が見てみたくなってきましたわ」
酒場の客達は、酒やつまみを注文し始める。彼らにとっては、私と『アスラ』姉妹の喧嘩は、完全な酒のいいつまみなのだろう。
ふん。それも癪な話だが、それよりもさっさとこの姉妹を畳んで、あのドルガンド帝国兵を見つけて捕えない事には……
ローグウォリアー達までここにやってきたりでもしたら、もう収集がつかなくなってしまう。
それにしても、とんだアクシデントの連続だと思った。テトラとセシリアの方は、上手くいっているのだろうか。




