第80話 『アウトロー その2』
マリンは、刺された瞬間にこちらを振り向いたが、何が起こったのか解らないと言った顔でその場に倒れこんだ。
俺は剣に付いたマリンの血を払ってから、鞘に納めた。
「すまんなマリン、申し訳ない」
それを聞いて、ゲイブが笑った。
「おいおう! クライド! 背後からいきなり突き刺しといて、そりゃあないだろ?」
ロビーは宝を集めるのに夢中で、こちらを気にする様子もない。ネスは、悲しそうな顔をしてマリンを見下ろしていた。
「ごめんなさいね。私達は、いつもこの4人パーティーに一人、使い捨ての冒険者を加えて仕事をするの。途中であなたが魔物にやられたり、トラップで死んでいれば、こんな事はしなくてすんだんだけど……」
「しょうがない。5人と、4人では山分けする量も変わるからな。もう、それにこのやり方は随分前に決めた事だし、今回に限ってではないだろ? これまで通り、忘れるんだ! …………それにこんなダンジョンの最奥で、冒険者が死んだとしても誰もなんとも思わないさ」
ゲイブも笑いながら言う。
「はっはっは! ネスが今、言っていた通りじゃねーか。ダンジョンで冒険者が魔物に襲われ死んでも、トラップに引っかかって死んだとしても、何か不幸な事故に遭遇して死んじまったとしても、結果は一緒だ。冒険者ギルドに何か聞かれても、事故で一人死んだって答えるだけで、あとは何も変わらねーのさ」
「そうだ。そもそも冒険者っていうのは、常に危険と隣り合わせで生きている。ある日、運悪く事故にあって死んだとしても、それは覚悟の上のはずだ。さあ、さっさと宝を持って街へ戻るぞ」
「はっはっは! ひっでーな! 事故ではないだろーが、あんたが殺したんだから」
俺達は今までもこうやって気持ちに折り合いをつけて、報酬を増やし金を稼いでいた。マリンの事を思うと、可哀そうだとは思うが、何処の誰だか解らない冒険者チームと無暗にパーティーを組んだ方にも責任はあるのだ。頭の中がお花畑じゃ、遅かれ早かれ行きつく先は死なのだ。
俺達は宝を集め終えると、この古代の墓地から脱出する為に、出口へ向かうべく部屋を出ようとした。
――――その時、最奥の部屋の出口に、どこからともなく水が噴き出し壁になった。
なんだこれは? 水の壁が出来上がって通り抜ける事ができない。それにこれはさっき見た、マンティコアの高熱ブレスを防いだ水属性魔法だ。
「《噴水防壁》!!」
嘘だろ⁉ 俺達は、さっきまで宝があった……マリンの死体があった方を振り返った。ゲイブは、その光景に声を震えあがらせながらに言った。
「ば……馬鹿な……確かに死んだはずだ……血もあんなに流れて……」
そうだ。俺が、背後から手に入れた宝剣で突き刺した。なのに、あれだけ流れた血があとかたもなく、なくなっている。そして、その血で染まっていた辺りに、マリンが何事もなかったように立っていた。
「マ……マリン?」
「嘘だろ? 確かに死んだはず……」
水色の三角帽子に、水色のローブ。銀色の髪を三つ編みにしている小柄な少女。間違えない、マリンだ。
マリンは、おもむろに人差し指をゲイブに向けた。そして、こう言った。
「《貫通水圧射撃》!」
マリンの指から高圧の水が線状に発射される。瞬時に、ゲイブの喉を貫いた。
「ゲイブウウウウウ!!!!」
ロビーの悲鳴。ゲイブは、口から泡のような血を吐いた。もう助からない。これは、マンティコアの頭蓋を一撃で貫いた魔法だ。
ネスが杖をマリンに向けた。
「あなたの事を可哀そうだと思っていたのに! よくも、私達の仲間を……ゲイブを!! ゆるさない!! あなた絶対に許さないわ!!」
ネスが翳した杖に、赤い光が集まり大きくなって光を放ち始める。
「跡形もなく墨クズにしてやるわ!! 喰らいなさい!! 《火球魔法》!!」
ネスの魔法詠唱と共に、火球がマリンに向けて放たれる。倒せ、ネス! 俺はそう念じた。しかし…………
「ボクは、マンティコアの高熱ブレスを防いで見せたはずだけど、もしかして忘れていたのかな? 《噴水防壁》!」
マリンの水属性魔法。水の壁が、マリンの目前に出現しネスの放った火球を防御し、かき消した。
「そ……そんな!!」
「ネス。今度は、ボクのターンだね」
マリンはそういって、手を真上に掲げた。すると、その掲げる手の真上に巨大な水の塊がうまれた。それを見たネスの顔は、絶望に歪んでいた。
「ひいいいええええ。ごめんなさい、ごめんなさい! マリン! 許してーー!! 軽い冗談だったのよ、本当よ!! 説明すればわかるから!! 一旦、その怒りを収めて頂戴!!」
「ふーーー。残念だよ、ネス。ボクは、クライドに後ろから剣で刺されるまでは、君達の事を本当に仲間ができたと、信頼していたのに。それなのに、君達はボクの事を使い捨てのコマにしか見えてなかったんだね」
「まま……待って!! 待ってよ!! 話せば解るから、一度だけ説明させて!!」
「よせ!! ネス!! 逃げるんだああああ!!」
「《水球強弾》!!」
マリンが頭上で作った巨大な水球が、ネスを押しつぶした。ネスは原型をとどめない位にぺしゃんこに押し潰されてしまった。――――なんてことだ! ゲイブに続いてネスまで! どうやら俺達は、とんでもない奴をカモにしてしまったようだ。
残るは、俺達は二人だけになってしまった。こうなったら、もう一度――マリンを殺すしかない。そうしないと、逆に俺達が殺される!! ネスを見て、命乞いも無駄だと解った。
「いくぞおおおお!! ロビーー!! ついてこい!!」
「こうなったらやるしかないね! こうなったらアタシらの強さ、思い知らせてやろうじゃないのさ!!」
俺は宝剣、ロビーは槍を片手にマリン目掛けて同時に突っ込んだ。あと、3メートルの距離。それで斬りつけられる――――そう思った。っが……
「魔法使いが魔法使いの弱点を知らない訳がないだろう? 残念だけど、そんな簡単に詰めさせはしないよ。《貫通水圧射撃》!!」
マリンが指先をこちらに向ける。あと少しの所で、またあのマンティコアを一撃で貫いた水圧レーザーが俺達に襲い掛かった。なんとか避ける。だが、少し腹にかすった。痛み。血が滲んでくる。
「くそっ!! 僅かにかすったか!」
だがこの程度の傷で、気にしていられない。連携しないと、ロビーが狙われている。ロビーに向けて叫んだ。
「大丈夫か!! ロビー!!」
「クライドー!! だめだ!! ずっと、アタシに向かって水が追いかけてくる!!」
マリンの指から放出され続けている水圧レーザーは、そのロビーの動きに合わせて追ってくる。まずい。あの放出されている水は、直撃したものを貫通させてしまうほどの威力だ。きっと放出されている水に触れると、切断される。
「ロビー!! 捕まったら終わりだ!! もう少し、耐えるんだ!!」
どうすればいい? 俺がなんとかロビーを助ける方法を考えている間も、マリンの指先から放出される水は、さながら水圧カッターのようにロビーをしつように追いかけた。マリンは無表情で、指先をゆっくりと動かしてロビーを追いつめて行く。
「はあ……はあ……もう駄目だ!! 足も心臓も限界……逃げ切れない!! クライド……たすけ……」
「ロビーーー!!!!」
マリンの放つ水圧レーザーは、必死に逃げ回るロビーの身体を捉え、胴から横一文字に切断した。
――――俺は、悪魔を見た。水の悪魔。
確かに、俺達はマリンに恨まれても仕方のない事をした。だが……それでも俺は死にたくない!!
「うおおおおおお!! くたばれい!! マリン!!」
「おっと、それがクライド……君の本性なんだね」
特攻をかける。剣を全力で、マリン目掛けて振り下ろした。
「やれやれ、それも無駄な攻撃だ。《全方位型魔法防壁》!」
――ガキンッ!!
魔法で発生させた光の膜が、マリンを包み込んで守る。それに剣が弾かれた。
マリンが俺に向けて手を翳すと、マリンを覆っていた光の幕が移動して、俺を包み込んだ。なんだこれは⁉ 出られない。
「なんだ!! おい!! 何の真似だ!! ここから俺を出せーーー!!!!」
剣で斬りかかるが傷1つつかない。更にマリンは、俺を包む光の幕に手を添えて静かに魔法を唱えた。
「《水生成魔法》!」
すると、マリンの翳した手から、水が湧き出して、俺を覆っている光の膜の中へ大量の水が流れ込んできた。水を生成する魔法か⁉ まさか!!
「まて、まてー!! マリン!! よせ!! やめてくれ!! このままじゃ、おぼれ……っる…………ゴボゴボ……」
防御魔法、全方位型魔法防壁。光の膜の内側は、水生成魔法の水生成魔法で水で満たされた。俺の身体は水中にあり、フワッと浮き上がった。何度もマリンが作った光の膜を殴りつけ、持っていたナイフで突き刺し斬りつけた。
だが、脱出はできない。
ようやく俺は、このままマリンが作った全方位型魔法防壁の中で、肺も水に満たされて、溺死するのだと悟った。
――――消えゆく意識の中で、マリンの姿を見た。
宝に目もくれず、先ほど手に入れた魔導書だけを手に持って、出口に向かって歩き出すマリン。
俺の最後の瞬間が訪れても、マリンが再び振り返る事はなかった。
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〚下記備考欄〛
〇火球魔法 種別:魔法
中位の、火属性魔法。殺傷力も高く強力な破壊力のある攻撃魔法だが、中級魔法の中では、まず覚える一般的な魔法。
〇全方位型魔法防壁 種別:魔法
強力な防御系上位魔法。自分の周囲にドーム状(実は球体)の光の幕を張り、物理攻撃や炎や冷気などの攻撃も防ぐ。
〇水球強弾 種別:魔法
中位の、水属性魔法。大きな水の球を生成し目標へ投げつける。魔力を帯びた水球は岩をも砕く。
〇水生成魔法 種別:魔法
下位の、水属性魔法。魔力で水を作り出すだけの魔法。マリンは、こんな魔法も色々と使い慣れているようだ。




