第8話 『ミャオ・シルバーバイン』
――――エスカルテの街。
商人や冒険者、この街は何かを買いに来たり売りに来たりする者達で、いつも賑わっている。
この辺りでは、非常に栄えている街であり、ここへ来ると大抵の欲しいものは、手に入る。冒険者ギルドや商業ギルドだってあるし、王国騎士団の詰め所だってある。
「あいかわらず、賑わっているね。買い物するにもまずは…………まずお金を銀行で下ろさないとね」
旅をするのに、不必要な額のお金は、持ち歩かない。勿論、紛失したり盗まれたりしたいように用心の為。
早速、銀行に行ってお金を下ろした。大きな街には銀行があってお金を預けたり引き出したりできる。特殊な魔法で作られたカードがあって、それを使用する。そのカードには、預金残高等の大切な情報が特別な魔法を使って書き込まれているのだ。
そして、気になるお金を引き出した理由なのだが――――じつは、大きな買い物をするのだ。二日前に、ギゼーフォの森でゴブリンに襲われた時にテントが破損して駄目になるという悲しい事件があった。ほんと、あの時は泣き叫んだよ。
それで、悲しみを乗り越えて、いっそ新しいテントを買う事にしたのだ。予定外の出費が嵩む事を思うと憂鬱になるが、反面新しいテントの購入に時間を割いて色々あれこれ見て回るのは、楽しみだって思って元気を取り戻した。だって、自分の好きなものだから。ワクワクする。
そう言えばルシエルとは、二日前にギゼーフォの森で別れた。何より気も合ったし、一緒にいて楽しかったし、もしもエルフが仲間になったなら凄く心強いので一緒にパーティーを組んでも良かったんだけど…………
彼女には彼女の目的があるだろうし、冒険者でもなかったようなので結局誘わずに別れた。残念。
また機会があれば会う事もあるだろう。出会いは、常に巡り合わせである。縁だね。
「気持ちを改め――それじゃ、早速店を見て回ろう。イエーーイ」
まずは、大通りから路地に入って少し奥に歩いた所にある古道具屋に入った。馴染みの店である。
チリンチリン。
店の扉を開けると、鈴が鳴った。
「いらっニャイ、あれ? いらっニャ……ニャ……いらっしゃい」
「来たわよー。どう? 店は、繁盛している?」
「ニャ! アテニャかニャ! 久しぶりだニャー。店は、まあボチボチニャねー」
ミャオ・シルバーバイン。猫の獣人で、年齢は私と同じ16歳。だけど色々あって、その歳でもうこの店の店主をしている。
「ミャオ。早速、売りたい物があるんだけど、買い取ってくれる?」
「ニャにかニャー? それニャら、見せてみるニャ」
ザックから、麻袋を3つ取り出した。
「ジャジャーーーーン!! どう?」
「ど……どうって……くんくん……なんか、すんごい香ばしいにおいがするニャ。これは、なんニャ?」
「私特製の薬茶よ。美味しく飲めるように考えてブレンドしてあるし、上質の薬草だから飲むと体内から徐々に癒される。すでに大ダメージを負った戦士をかなり回復させたという、実績もあるのよ。最高の商品よ」
「ふーむ、ちょっと見せてもらうニャ」
ミャオは、麻袋の中を覗いて茶葉を一握り取り出した。匂いを嗅いでみたり、じっくり見てみたりしている。……あっ、口に入れた。
「ねえ。いくら? いくらで、買い取る? ねえ? ミャオ! 私、ちょっとこのあと、物入りなんだけど? いくらで、買い取ってくれるの?」
「うーーーーん。これは、いいものだニャー。そうニャねえ……1袋、銀貨4枚ってところでどーかニャ?」
……うーーん。銀貨4枚か。この街で宿屋に一泊宿泊だけでだいたい銀貨1枚程度。村だと大銅貨3、4枚って感じだ。因みに銅貨10枚で大銅貨1枚。大銅貨10枚で銀貨1枚だ。
「8枚でどう?」
「ニャニャー、それじゃ倍ニャー。この少女は、ニャにを言っているんだニャー! 商売あがったりニャよ、そんニャのん。ニャーー、じゃあ……1袋銀貨6枚でどうかニャ? これがギリギリニャよ」
ミャオは、明らかに困った顔をしている。限界かー。
――――全部で、銀貨18枚。悪くない。
「オッケー! それで、いいわ。交渉成立ね」
私は、満面の笑みを浮かべながらそう答えた。ミャオは、渋々といった感じで目を細めている。
取引が終わり、店を出ようとすると窓の外から、何者かがこちらを覗いて見ている事に気が付いた。フードを深く被っていて、顔は確認できない。しかし、体つきから察するに女のようだ。誰だろ?
「お客さんかニャ?」
ミャオが扉を開けて店に招き入れようとすると、その覗いていたフードの女は慌てて何処かへ姿を消した。
「たんニャル冷やかしかニャー。ニャンだニャー」
首を傾げるミャオに、別れを告げると店を出た。次は、テント専門店へ向かう。フフフ……どんなテントが私を待ち受けているのか…………楽しみだね。
ミャオの店でもテントは、取り扱っているのだがこれから行くテント専門店は、テントしか取り扱っていない。だけど、専門店なので色々な種類のテントがあり、品揃えが充実しているのだ。
…………
「うん?」
………………
テント専門店に向かう途中、また何度も誰かに見られている気配を感じた。
「思い返せば、街に入って暫くしてから、ずっと何か……誰かに見られているような気配がする。今も……最初は、人の多い街だし、たまたまとか思ってそんなに気にしないようにしていたけど…………いいわ。ずっと気にしているのも気持ち悪いしね」
唐突に気配のする、後ろの方を振り返った。すると、建物の物陰になんとさっきのフードを被った女がいた。こちらを見ていた。私が気配に気がついて振り向いたという事が解ると、フードの女は、物陰に身を隠した。
――――逃がさない! いったいなんの目的で私を付け回しているのか、突き止めてやる。
刹那、私は全速力でその怪しげなフードの女のいる方向へ、走った。
「ちょっと、あなた待ちなさい!! ずっと、私の事を付け回しているでしょ!! とっくに気づいているのよ!」
そう叫んで近づくと、フードの女は物陰から勢いよく飛び出して逃げ出した。
「逃がさない!! 待てーーーー!!」
追いかける!!
フードの女は街の路地に逃げ込んだ。追いかける。その路地に、入り込むと奥で悲鳴。――急ぐ。
路地奥に行くと、曲がり角を曲がった所で、如何にも盗賊といった姿で凶悪そうな顔の男達5人が気を失って転がっていた。男達のものと思われる武器もその辺に転がっている。
見るからに、この男達は獲物をこの路地に引き込んで身ぐるみを剥ぐといったような行為をする為に、こんな所に潜んでいたという感じだった。フードの女が、そこへ駆けこんできて、獲物が来たと思って襲い掛かったのだろう。
そして、一瞬のうちに返り討ちにあったのだ。
「………………」
――――本当に、フードの女がやったのか⁉
この人達は、恐らく街のゴロツキ。しかし、一瞬で5人も倒すなんて…………あのフードの女…………本当だとすれば、かなりの手練れだ。用心して追いかけないと。
更に、追跡して奥へ進むと路地から表通りに飛び出していくフードの女の姿が見えた。
しまった、取り逃がした。人が大勢いる表通りに出られて紛れられたら、そこから特定して見つけるのは、もはや困難。
「何者かは解らないけど……なかなか、やるわね」
やつが、何の目的で私を付け回していたのかは謎だけど、きっとまた現れるだろう。その時は、絶対に捕まえてその正体を暴いてやる。
私は、気を取り直してテント専門店に向かった。
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〚下記備考欄〛
〇アテナ 種別:ヒューム
Dランク冒険者で、物語の主人公。最近の自分ブームは、薬草採取とその薬草で薬茶を作る事。そして、採取の際に森に出向いてそこでキャンプをする事。作った薬茶は自分で飲んだり、親しい者におすそ分けしたり街で売ったりして生活費や路銀を稼いでいる。冒険者なので、冒険者ギルドで魔物討伐の依頼を受け達成すればもっと稼げるのだが、なんといっても薬茶作りにハマっているのだ。
〇ミャオ・シルバーバイン 種別:獣人
猫の獣人で、言葉の語尾などに「ニャ」ってつける。猫の獣人が全てニャンニャン言葉ではなく、ミャオはたまたまそういう種族というだけ。アテナとは同年代で16歳。16歳にして、商人でエスカルテの街で古道具屋を経営している。一応「ミャオの店」という名前があり、古道具屋っていうのはアテナがそう呼んでいる。金にがめつく、利益で動くが時には情でも動き、友情を大切にするなんだかにくめない少女。アテナと友人になった経緯は、謎。
〇フードの女 種別:???
エスカルテの街へ入ったアテナをストーキングするフードを被った謎の女。年齢も不明。だが、その身のこなしは只者ではない。アテナがミャオの店に訪れている時も外からずっと、様子を伺ってストーキングしていた。何者なんだろう?
〇街のゴロツキ 種別:ヒューム。
大きな街だけでなく、荒んだ村にもいる。酒場とかでよく出没する咬ませ犬的な存在。アテナが路地であったゴロツキ5人は全てヒューム。5人はゴロツキの甲斐性なしでどうしようもない者達だが、夢があった。それは、この街の冒険者ギルドのギルドマスターのようになりたいと思っている事だった。だれだって、憧れはあるですよ。
〇エスカルテの街 種別:ロケーション
クラインベルト王国にある、大きな街。王国内でも王都を除けば2番目に大きな街とされている。冒険者ギルドや宿屋。銀行に武器屋に防具屋。それにカフェなどあらゆるお店が揃っていて活気に溢れている。
〇王国騎士団の詰め所 種別:ロケーション
街には、町民に雇われた自警団や傭兵がいて街を守っている。エスカルテの街のような特に大きな街はそれに加えて、王国騎士団の詰め所があり、規模の大きな盗賊団の出没情報などにより王都から騎士団が治安維持に派遣されてくる。その詰め所。
〇銀行 種別:ロケーション
大きな街や王都にはだいたいある。冒険者は旅をしている事が多く、家を持たないものがほとんど。だけど、全財産を持って旅や冒険はしていられないので、ほとんどの冒険者はお金を銀行に預ける。預けたお金は、その系列店であればどの街でも銀行に発行してもらった魔法のカードで営業時間であればどの店ででもお金を引き出し預ける事ができる。銀行は預かっているお金を融資や国などへ貸したりして運用し、莫大な利益を得ている。
〇ギゼーフォの森 種別:ロケーション
アテナが薬草採取で訪れた森。ルシエルとそこで初めて出会った。
〇ザック 種別:アイテム
アイテムを入れて置けるアイテム。リュックと同じ物。冒険者は、これに食糧や回復薬や冒険に必要な道具を入れて背負っている者が多い。背負う事のできるザックは、両手がフリーになる為、いきなり遭遇した魔物との戦闘などに対処しやすいからだ。
〇お金 種別:通貨
クラインベルト王国には紙幣は無く、下記6種類の硬貨が使用されている。他国も貿易などをより円滑に進める為に、ほとんどが同じ物を使用して通過を統一しているが、中にはそうでないその国独自の通貨を使用している国も存在する。
銅貨
大銅貨 = 銅貨10枚分
銀貨 = 大銅貨10枚分
大銀貨 = 銀貨10枚分
金貨 = 大銀貨10枚分
大金貨 = 金貨10枚分