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第798話 『脹脛 その2』



「うわあああああ!! 死ねええええ!!」


「血迷ったか!! まさか剣の腕で、この私に勝てるとでも思っているのか!」



 剣。男の剣を受けて流し、そのまま踏み込んで、男の首に剣をピタリと当てる。



「うぐうっ!」


「動くな、このまま首を刎ねるのは容易い。私にそれができないとでも思っているのなら、試しに動いてみろ」


「し、しし、知っている!!」


「何がだ?」


「ちぇええええい!!」


 ギイインッ



 男のセリフに一瞬、気がそれてしまったところを突かれ、剣を跳ね上げられる。その間に男は私の間合いから脱出し、後ずさってまた剣を構えた。


 よし、もう少しだ。もう少しで私の脹脛は完全にご機嫌を取り戻す。だからそれまで、いい子だから逃げ出すなんて事はしないでくれよ。



「あんたの事だよ、べっぴんさん」


「え? べっぴんさん?」



 一瞬、迂闊にも嬉しいと思ってしまった。ええい、こんなドルガンド帝国の兵士の言う事をいちいち真に受けてどうする。気合を入れなおせ、ローザ!!



「ローザ・ディフェイン。クラインベルト王国の騎士だ。そしてセシル国王直轄である『青い薔薇の騎士団』の団長であり、現在はメルクト共和国を拠点として、冒険者活動をしているメイベル・ストーリ、ディストル・トゥイオーネ両者所属のレジスタンスの活動に加わり、このメルクト共和国に他の仲間と共にやってきている。違うか?」


「ほう、よく調べ上げたな」


「ウハハハ、そう言って実は内心動揺しているんじゃないのか? よく見れば、お姉ちゃんも尋常じゃない汗をかいているぜ。へへ。俺が何者か解らなくて、不安でたまらないんだろ?」



 大量の汗の正体は、脹脛のせいだった。でもそれを言う訳にはいかない。



「私は新陳代謝が活発なんだ。ちょっとした事で汗をかく。それを貴様は見て、あろう事か勘違いしているんだ」


「ど、どうだかね」


「どうでもない、そうなんだ。それと尋問しているのは、私だぞ。質問に答えろ」


「答えたろ? 俺はお姉ちゃんの予想に反して、お姉ちゃんの情報を知っていた。他にも知っているぜ。なんならテトラ・ナインテールやセシリア・ベルベット、それにエスカルテの街のナンバー2冒険者、ボーゲン・ホイッツの事もどんな奴らか説明しようか? 因みにお姉ちゃんが俺の首に剣を当てた時、俺は本当にビビって漏らしちまいそうになったぜ。なんでだって? 俺はお姉ちゃんがどんな奴かも知っているからさ。あんたは、ためらうことなくリーティック村で暴れまわっていた『爆裂盗賊団』の頭目、ダッガン・デッカドーと、そのダッガン率いる残党を慈悲も無く殺害した」



 そんな事まで知っているのか。



「確かに慈悲なく殺した。そう言ってしまえば、それだけの事だが――正確には成敗したと言っておこう。ダッガンとその一味は、過去に我らクラインベルトの王国を度々脅かした。そしてなんの罪もない村人や、旅人を殺した。その中には、年端も行かない子供もいた。私はそれを許さないし、そういった天をも恐れぬ行為をする者達は、いつか必ず報いを受けると信じている。だから、この私が成敗した。それだけの事なのだ。まあでもなるほどな、これで察しがついた。貴様の正体は間諜か」


「へっ、だからどうだっていうんだ?」


「貴様も例外ではないのではないか? ドルガンド帝国は冷酷残忍だ。貴様もその報いを受ける時がきたのかもしれんぞ?」



 明らかに顔を歪めるドルガンド兵士。ここでもう一押しだ。



「なんなら、ここで私が貴様に報いを受けさせてもいい。覚えがあるだろ? 貴様もドルガンド帝国の者で、しかも間諜ともなると、これまでに色々な事をしてきたのではないか」


「うぐ……なにを……」


「だが、見逃してやってもいい。ちゃんと私が納得すればだ。本来私は、悪を見つけら容赦はしない主義だ。即時に正義を執行する。しかし今は例外だ。貴様も知っての通り、私は陛下の命でこのメルクトへやってきている。つまり今はメルクト共和国平定が、何よりの目的なのだ。だから、もしかしたら貴様をここで見逃してやるかもしれない。さあ、答えろ。なぜ、リーティック村にいた? そして今このリベラルにいる理由は? 何を探っていた? それとも誰かに会う予定だったのか?」



 明らかに顔つきが変わるドルガンド兵。フフフ、動揺しているぞ。私の脹脛の機嫌も上々になってきた。


 この相手を動揺させ、情報を引き出しつつ、尚且つ脹脛の負傷を回復させるテクニック。とてもこんな技、ルシエルには成せはせんだろう。


 もしも今ここにアテナがいて、脹脛の事は兎も角、このやり取りを見てくれていたなら、きっと私を褒めてくれるかもしれない。あわよくば、ご褒美を……でゅへ……でゅへへへ……



「な、なんだ!? 怖い顔をしていたかと思ったら、今度はそんな緩み切ったおちょくった顔をしやがって!! はっ!! もしかして、俺の動揺を更に誘って、そして俺から更なる情報を引き出す算段だな!! そうはいかねーぞ!!」



 男は急に振り返り、走り出した。



「やはり、逃げるか。しかしそれは想定済みだし、生憎脹脛は完全回復した」


「え? ふくらはぎ?」



 屋上の地面を思い切り蹴りこむ。男は慌てて跳躍し、隣の建物に飛び移る。そこで私も同じように跳んで男の襟首をつかもうと手を伸ばした。



「全部話すまでは、逃がさんぞ。残念だったな」


「残念? ウハハハ!! そりゃこっちのセリフだぜー!!」


「何!?」



 男の襟首をつかもうと伸ばした左手に、長い蔓のようなものが飛んできて巻き付いた。ロープ。その先には、ナイフが結び付けられていて、投げやすくなっている。


 男が逃げる。追わないと!!


 ロープを外そうとしたが、簡単には外れない。更に影が覆いかぶさってきた。


 慌てて見上げると、ボロボロのローブを身に纏った仮面の女が、真上から私めがけて襲い掛かってきた。


 この仮面の女……間違えない。私達を始末しようと付け狙ってくる『闇夜の群狼』の刺客、ローグ・ウォリアーだった。

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