第793話 『ウヘヘ』
シェルミーのショルダーバッグから落ちた、一枚の紙。それに写しだされたシェルミーとアテナ。私はそれを手に取ってまじまじと見つめていた。
それにしても、やっぱりアテナは……ううう……美しい!! 美しすぎる!! そしてかわゆっ!! かわゆすぎ!!
セシル陛下と前王妃のティアナ様は、本当によくもまあこんな、かわゆい娘をおつくりになられたものだ!! 恐れ多くてとても口に出すのも憚られるが、もしも私がそれなりのアテナに吊り合う身分であって、そして男に産まれていたとしたら、絶対に放っておかないだろう!!
うぐっ!! 待て、待てよ私!! 放っておかないとは、なんなのだ!? どういうつもりだ、私!! もしかしてそれは、アテナを私のお嫁さんにするという事なのか!! そんな恐れ多い……ひーー、たまらん!! じゅるる……
いや、いかん!! このような不埒な考えを家臣がしては、いかん!! 私はこう見えてもクラインベルト王家を守る守護者、そして陛下直轄の『青い薔薇の騎士団』団長ローザ・ディフェインなのだから!!
父も誉れ高き立派な騎士だった。その父の名声を汚すような事は、しないと心に決めた。ディフェイン家は、常に王家……陛下やモニカ様……アテナ……じゅるるる……ズビバッ!!
いかーーん!! アテナの事を考えると、どうにもならなくなる! ふう、ふう、ふう……まあ、無理もない。あれから暫く会っていないのだ……
ところで、この紙はいったいなんなんだ!! 本当にそこにいるかのような、鮮明な絵ではないか。欲しい!! アテナが映し出されているこの紙が、欲しい!! もしもこれを私のものにすることができたならば、いついかなる時も私はアテナを見る事ができる。うっへー、たまらん!!
「ちょっと、ちょっとーー!! ローザ、私の言っている事、ちゃんと聞いてる?」
「え? ああそうだな。『闇夜の群狼』、その幹部である『狼』を探り出す為に、アレだったな。リベラル十三商人だ、他に誰がいるか……そういう話だったな」
シェルミーは、眉間に皺をよらせて手を突き出してきた。
「違うって。あとそれ、返して」
「え? それ? それって何かな? 全くもって解らん」
「それだよ、それ。さっき私が落としてローザが拾ってくれたでしょ。それ、アテナやルシエルやルキア、皆とのとても楽しい思い出の写真なんだから」
「写真?」
「そう。最近、魔石の力を使って開発された『カメラ』っていうアイテムがあってね。それでそういう風に、専用の紙にその時の光景を映し出して保存する事ができるんだよ」
「ほう、そんなものが……じゃあ、これは絵ではないのか」
頷くシェルミー。そして、写真を返せと出した手を引っ込めない。私は唾を呑み込んで言った。
「あの……シェルミー。一つ、折り入って頼みがあるんだがな」
「ダーーメ。アテナ達との写真は、それ一枚しかないんだから」
うぐっ!! そんな事を言われても、もうこの写真というのを見てしまった。嫌だ、返したくない。これは、私のものだ!! これがあれば、私はいついかなる時でもアテナを見る事が出来て、癒される事ができる。聖なるアテナパワーを、自分へ入魂する事が可能なんだ。
そうだ!! これは、私にこそふさわしい!! 私は写真を、スッと自分の懐へ入れようとする。するとそれを見たシェルミーが慌ててテーブルごしにつかみかかってきて私から、大切な……私のとても大切なアテナの写真を奪おうとしてきた。
「こらーー、駄目だってええええ!!」
「嫌だ!! 後生だあああ!! これを、私にくれ!! どうか頼む、いくらでも払うから!!」
「私がお金持ちなの知っているでしょーー!! お金に困ってないんだよーー!!」
「じゃあ、いいじゃないかあああ!!」
「ダーーメ!! だからお金じゃ手に入らないその写真は、あげられないの!! 私の大切なアテナ達との思いでだから!!」
アテナ達との思い出……
それを聞いて手を離した。
「すまん、我を失ってしまった」
「はあ、はあ、はあ。べ、別にいいよ。返してくれたから。それにしても、ローザ。あなたにとってもアテナは、とても大事な人なんだね」
「ああ、そうだ!! 私の光だ!!」
「ローザは、クラインベルト王国の騎士団長だもんね。王女殿下を慕うのは当然かー」
やっぱり、シェルミーはアテナの事を……クラインベルト王国の王女という事を知っていたか。
まあ、そのままの名前で旅を続けていたものな……王女と知られるのが嫌な様子なだけで、私と初めて会った時もルシエルがいらん騒動を起こして、それでアテナは自分の身分を私にあかしてくれた。
何が何でも正体を隠している……という訳ではなかったから、例えアテナの友人であるシェルミーやファーレが、アテナの本当の身分を知っていてもそれはそれでどうという事でもないのかもしれない。
「そんなに欲しいの、この写真」
「……正直言うと、超絶欲しい」
「うーーーん、でもこの写真はあげられないし……でもまたチャンスがあれば、ローザとアテナをツーショットで写真を撮ってあげるって事もできるんだけど」
「おお!! そんな事ができるのか!!」
「カメラがあるのは、ガンロック王国にある私のうちだからね。そこにアテナと一緒に来てもらわないといけないけどね」
ほう……そうなると、こういう事になるな。
この『闇夜の群狼』の件、片付いたらきっと陛下から恩賞がでる。そうしたら、陛下に懇願し少しお休みを頂いて、またアテナと旅やキャンプをする。
私達は、そもそもそういう約束をしていた。だからその時に、ガンロック王国まで旅をして、シェルミーにまた会ってカメラで私とアテナのツーショット写真を撮ってもらう。
そうなれば……うへへへ……写真は、我がディフェイン家の家宝とせん!!
私はシェルミーに「その時はどうぞ、よろしく!!」と言って握手を求めた。そこで私達の注文をしたオーダーが、テーブルに運ばれてきた。




