第792話 『ウニクリーム』
入店すると、早速店員が席に案内してくれた。
着席すると共に、水が運ばれてくる。私はメニューを片手でとると、それを広げてまずシェルミーの方へ置いて見せた。
「ありがとう。ローザってやっさしいねー!」
「そ、そうか? 私は別にそれ程、食に対してのこだわりはないからな」
「へえー、そうなんだ」
「ああ、そうだ。こう見えても騎士団長だからな。栄養価の高い物を摂取するという事に関しては、それなりに意識を配っているが、別にアレが食べたいとか、コレが食べたいみたいなのはないな」
「ふーーん。あ! これ見て、ローザ! これにしない? きっとこれ美味しいよ」
シェルミーが興奮して指したメニューに書かれた文字。ウニクリームパスタ。
クリームや、パスタというのは解るが……ウニとはなんであったか? この店は、パスタ専門店のようだったが、そのパスタに非常にマッチした食材なのだろうか。
値段を見ると、結構する。パンやサラダ、ドリンクもついてくるようだけど……それでもちょっと高い……ウニというのは、高級食材なのだろうか。
「し、しかし……確かに気にはなるが、私にとってはかなり高いランチになってしまう。シェルミーは、それを頼んでくれていいが、私はこっちのトマトのパスタにしようかな」
「えええー!! ウニだよ、ウニ!! ローザはウニを食べたくないの!?」
シェルミーの困ったというか、信じられないというかそんな顔。それほどまでに、ウニという食材は美味しいのだろうか。
しかし私達は、まだこの先どれ程リベラルに滞在するかも解らない。その後も、『闇夜の群狼』を討伐する為に、首都グーリエに向かわなければならない可能性も考えなければならないのだ。
そうなるとやっぱり、所持金をちゃんと管理しておかないと駄目だ。この先も、金は必要になる。だから美味しそうだからとか、気になるからと言って、資金をポンポン使っていると大変な事になる。
「ローザ」
「なんだ?」
「じゃあ、店員さん呼ぶねー」
「え? ああ」
「すみませーーん」
「はーーい、少々お待ちください」
店員は直ぐに、オーダーを取りにきてくれた。シェルミーはメニューを見ながら、注文するものに間違いがないように指をさして言った。
「それじゃ、このウニクリームパスタ。パンとサラダとドリンク付きのセットで、それを2人分お願いします」
え? 私も!? 私は慌ててシェルミーに耳打ちする。
「ちょ、ちょっと待てシェルミー。実は私はそれ程、持ち合わせがないんだ。節約しないと、この先きっと困る」
「えーー、クラインベルト王国の騎士団長でしょ。しかも、国王陛下直轄だって言ってたーー」
「それは名誉職みたいなものだ。給料はそれほどあがっていない……ってそういう話ではなくて、財布の中身をそれ程持ち歩いてないという事を言いたいのだ!」
シェルミーは、満面の笑みでウインクした。
「もう、私の言った事を忘れた? ローザ達は、こういうお金は何も心配しなくていいの。一緒に行動しているうちは、私かファーレがあなた達の分は全額負担するから。宿代からご飯代、運賃に至るまで全てね」
「で、でもそれじゃ……」
「私達の望みは、賊達の壊滅。そしてメルクト共和国に秩序を取り戻して平和にすること。その為に私達は、わっざわざガンロック王国からこの国へやってきたの。目的が同じでも、それが私達の一番の望みだから、それに繋がる事であるのなら協力させて」
「でもな……」
「いいの! だからもうこの話は、終わりにしようよ! お願い!」
「う……そうか。そこまで言ってくれるのなら……」
「そうよ、私達はレジスタンスなのよ。仲間、仲間。それに、ローザはウニを知らないでしょ? ウニ。とっても美味しいのよ」
食事とは、必要な栄養が補給できればいいもの。栄養価が高ければそれでいい。特に食べ物にこだわりはない。
気を遣わせまいという事と、自分の正直な気持ちを封印する為に、わざとそんな事を言ってしまったけど、本心はウニがなんなのか気になっている。気になってしょうがない。だって高級食材だろうし、シェルミーの口ぶりと様子から、とても美味な予感がする。
あと、クリームって言葉が付く事も気に入った。私はミルクやクリーム、それにチーズ、ヨーグルトみたいな乳製品が大好きだ。
「解った。それじゃ、シェルミーの言葉にあまえさせてくれ。私もウニクリームパスタが食べたくなった」
シェルミーは、満面の笑みを見せた。真っ白な綺麗な歯。
「お客様、それでしたらお飲み物の方は、どうなされますか」
「そうねえ、それじゃ私はアイスオレで」
「アイスオレ……いいな。私もそれにしようかな」
シェルミーは、またにこりと微笑んで店員にアイスオレを二人分頼んでくれた。珈琲も好きだけど、乳製品は好きなんだ。そう、実は好きなんだよ。フフフ。
「悪いな、シェルミー。またこの件が解決して落ち着いたら、改めて色々と御返しをさせてくれ」
「いいんだって。それより、注文が来るまでの間、これからどうするか考えておきましょう」
「そうだな。やはり、私達も十三商人の誰かに接触してそれが『狼』ではないか、調べた方がいいかもしれない」
「13人もいるし、そこから『狼』を探さなくちゃいけないからね。とりあえず、全員会っておきたいよね」
「シェルミーは、誰が誰だか解るか?」
「え? もちろん会った事のない人もほとんどだし、ハッキリとは解らないけれど、とりあえず名前は調べたよ」
「ほう」
シェルミーは、そう言って身に着けていたショルダーバッグを漁り始めた。するとそこから、一枚の紙がヒラリと出て床に落ちた。
もしかして、十三商人のリスト? 私は何か落ちたぞとばかりに、かがんでその紙に手を伸ばす。
そして許しもなく見る気はなかったのだが、自然とその紙に目がいく。するとそこには、色鮮やかに映し出された、驚くべき光景が描かれていた。
いや、描かれていたというか映し出されたと言ってもいい。紙には、シェルミーやファーレの他に、驚くべき人物が一緒に写っていた。
それは、アテナやルシエルだった。二人は猫耳の少女と共に、シェルミーやファーレと仲良く並んでその紙に写っていた。
シェルミーがアテナと会った事があるというのは、本当だった。




