第784話 『デューティー・ヘレント その3』
客間の扉が勢いよく開いた。
誰かが部屋に入ってくる。
実は、デューティー・ヘレントが『狼』だった。脳裏にそんな言葉が過る。私はボウガンを手に持つと、鏃を彼女に向けて狙いを定めようとした。でも身体がよろめく。なぜ……!?
ファーレとハルが、そのまま横に倒れる。普通ではないこの状況を見て、私と同様にチギーは槍を掴んだ。でもチギーも立ってはいられずに、槍を転がしてヨロヨロとそのまま床に突っ伏した。
「ウッフッフッフ。あらーー、どうしたのかしらね。具合が悪いのかしら」
身体が痺れている。指先すら動かすことができなくなってきた。しまった、私達はまんまと獣の口へ飛び込んでしまった。
今までこういう、誰かの捜査のような事をしたことはない。本業は、王宮メイド。それなのに調子にのってしまったから、その報いかもしれないわね。でも私が報いを受けるとしても、この子達はせめてなんとか……助けないと。
ファーレ達に目を向けた後、キョロキョロと辺りを見る。この状況を乗り切れそうな考えは、何も浮かばない。テトラやローザ、シェルミーも別行動をしていて、それぞれ別の十三商人を調査しているから、こんな所に助けにもこない。
ジラク・ドムドラもリベラルに戻ってしまったし、奇跡的に誰か助けにくるとすればファーレの護衛……でもチギーが残った事から、護衛達もきっとリベラルに戻ってしまっているに違いない。
「ウッフッフッフ。あれこれと考えているわね。その可愛らし頭でいっぱい、色々とどうすればいいのか考えているわね。あっはっはっは」
正体を現したと思った。これがデューティー・ヘレント。彼女が『狼』……
駄目……だんだん身体全体が痺れて、頭もぼーーっとしてきた。このままだと……意識が消えそうになる。その前に、辺りに目をやる。考える。けれど目もだんだんとチカチカしてきた。
部屋にはデューティー・ヘレントの他に、この客間に入ってきた使用人と思われる男達。それと誰だかもうよく解らないけれど、白衣を着ている者がいた。あれは、だれ?
「気分はどうかしら、セシリアさん。それにファーレさんにハルさん、あとチギーさんかな」
「ほにょにょにょ……にょにょっきいいい!!」
何それ!? チギーが訳の解らない事を言い始めた。何それって思い切り、突っ込みたいけれど身体が動かない。でもチギーの今の状態は解っている。きっとこの痺れで、チギーはろれつがまわっていない。
……だとすれば、もしかしてこれは毒!? さっき飲んだフルーツジュースに、毒が入っていたと考えれば、今のこの私達の状況も説明できる。
「ウッフッフ。セシリアさん、とても頭が良さそうだから、もう気づいているかもしれないけれど……その通りよ。草花やキノコにだって、美味しく食べられるものもあれば、毒を含んでいるものもある。けれどそれは、果実にもあるって知っている? これはそういう毒のある果実を、薬屋のイーサン・ローグに頼んでいい感じに調合してもらったものなのよー」
デューティー・ヘレントは、そう言って私の身体を押した。抗う事もできずにソファーから床に落ちる。同じく床に倒れこんだファーレと目があった。
「セ、セシリア……」
「ファ……レ……」
その目は、怯えている目。これから、どうなるのかという恐怖をした目。私もチギーのようにろれつが回っていないと思った。私は、口だけ動かして言葉をファーレに伝えた。
――大丈夫よ、私がきっとなんとかするから。安心してなさい。
するとファーレは、かすかに頷いたように見えた。
「ウッフッフッフ。怖い? 怖いでしょうセシリアさん。でも本当に怖いのは、これからよーう」
これからいったい私達に何をするのか……私達に毒をもって、この後どうするのか? もしくは、このまま毒で死んでいくのか……
どちらにしても、最後にこの女の顔に唾を吐きかけてやりたいと思った。
「あら、もう限界のようね。それじゃあなた達、この4人を例の場所へ運んでくれる? それとあなた。あなたは、直ぐにリッカーとイーサンに連絡を入れて、ここへ来てもらうように伝えてくれる。彼女たちを捕まえているからって。二人共きっと驚くわよーう」
――――目が覚めると、そこは狭い物置のような部屋だった。ベッドの上で横になっている。
起き上がろうとすると、一瞬頭痛に襲われた。頭を押さえて、暫く我慢すると痛みはやがて治まった。
「ここは何処……?」
物置のような部屋には、今横になっていたベッドの他に椅子が一つ。そして壁側に小ぶりな箪笥が一つと、その上には花瓶があった。小さなパイナップルが飾られている。
そして、壁。壁には見た事もないフルーツの絵が飾られていた。でもどうして私は見た事もないのに、それがフルーツだと解ったのか。当然、この流れならそれしかないだろうと思ったからよ。
ベッドから抜け出ようとすると、手枷と足かせをつけられていた。自由を奪われている。しかも服は脱がされていて、下着だけにされている。
更に驚いた事があった。気を失っている間に、下着も着替えさせられていた。身に着けているものは、私のものではない。下も上も、ほんのりピンク色で、苺のプリントがふんだんに施されている。
なにこれ……最悪……
ガチャリッ
捕らわれた事に加えて、こんなセンスの下着を着せられて絶望していた所、部屋の扉が開く。
扉を開いたのは男だったが、その後ろから現れたのはデューティー・ヘレントだった。彼女は、男に向こうに行けと指示すると、一人部屋の中に入って扉を閉める。
そして私のいるベッドの前にある椅子に腰かけた。
「あらーー、セシリアさん。どうやらお目覚めね」
「ええ、お陰様でぐっすりと休めたわ。ここの所、眠れない日が多かったから、何においてもまずは、あなたにありがとうと言っておくわ」
そう言って睨みつけると、彼女は不敵な笑みを私に見せた。




