第783話 『デューティー・ヘレント その2』
屋敷に入ると、とてもいい香りがした。ハーブと、フルーツの合わさったような香り。それはとても調和のとれた匂いだった。
「こちらよ。さあ、どうぞ」
客間に案内される。
やはりここは果樹園。つまりデューティー・ヘレントの仕事場であって、客間はそれほど大きくはない。それでも綺麗にはしてあって、絵画や彫刻なども飾られていた。
そう、苺や桃、それにサクランボの絵。彫刻は、バナナやパイナップルの形をしたもので……
って、え!? バナナとパイナップルの彫刻って初めて見たわ。それにあっちには……あれは、西瓜? 彫刻になるともう石球ね。
「ウフフフ、飾ってあるものが気になる。面白いでしょ? 確かに私はフルーツディーラーで、数多くの親しみのある果実から珍しい果実まで取り扱っているわ。でもこういった物は、私ではなく友人が持ってきて飾った物なのよ」
「なるほど、面白いわね。その果実の彫刻や絵画を持ってきたご友人というのは、もしかしてあなたと同じリベラル十三商人なのかしら」
なんとなく、適当にそう言ってみた。するとどうやら、的中してしまったみたい。デューティー・ヘレントの表情が変わった。
「そう、その通りよ。これは私の友人、ゴーギャン・レイモンドが彫刻師や絵師に頼んで造らせたものなのよ」
「ゴーギャン・レイモンド……」
「そう。名前を御存じなかったかしら? ゴーギャンはあなたがさっき言ったように、私と同じくリベラル十三商人の一人で美術商なの。もう一つ言うと、屋敷に入ってこのお部屋までくる途中、とてもいい匂いが充満していたでしょう?」
「ええ、とてもいい香りだったわ。この客間もまた少し違った香りがする。アロマっていうのかしら? でも使用されているのは、果実だけではない気がするわ」
「ウフフフフ、流石はベルベット家の伯爵令嬢……と、名乗るだけの事はあるわ。鼻は確かなようね。この香りは、うちの商品である果実を使って、同じ十三商人の薬師であるイーサン・ローグが相性のいいハーブと調合してアロマを作ってくれたのよ」
美術商のゴーギャン・レイモンドに、薬屋のイーサン・ローグ。ゴーギャン・レイモンドはその場にいなかったけれど、イーサン・ローグについては、私達がリッカーに会いに行った時にもいた。
同じ十三商人だからと言えば、それだけだけど、十三商人はお互いに良好な関係を築いているのかもしれない。
けれど、それは表面上だけという事もありうる。私はそこから更に奥を探ろうと、話を続けた。
「それで……」
「ちょっと、待って」
唐突にデューティー・ヘレントが言った。すると客間、私達の入ってきた扉が再び開いて、従業員と思われる女性が、5人分のフルーツジュースと、様々な果実を盛り合わせた大皿を運んできてテーブルに置いた。それを見て、チギーとハルが目を丸くする。
「うっひょーー!! これはまた瑞々しくて美味しそう!! これは見たことがあるけど、食べた事がないなー。美味いのかな?」
「それは無花果、その隣のはライチと琵琶。どれも凄い美味しいよー」
ハルの意外な言葉に、デューティー・ヘレントが目を向ける。
「よく知っているわね、えーーと」
「あたしはハル。あたしは冒険者だから、ちょろちょろと、色々な街や村を行き来する事も多々あるんだ。それで食べる事も好きだから、市場などに行くとこういう珍しい食べ物を見つけては、買い食いしたりしているんだよね」
「それで詳しいのね。でもここで育てている琵琶や無花果は、きっともっと美味しいわよ。ほら、遠慮せずに食べてみて」
「うわー、ありがとう。ではお言葉に甘えて早速」
ここへ来る途中、あれだけ葡萄を食べたのに、また出された果実に貪りつくハルとチギー。まあ、別にそれはそれでいいのだけれど。今度はファーレが切り出した。
「それで、ヘレントさんと他の十三商人の方々のご関係について、色々と伺いたいと思いまして」
デューティー・ヘレントは、目の前のグレープフルーツジュースに手を伸ばすと一口飲んで、答えた。
「それは商談なのかしら? 商売と何か関係があるの? あなた達は、ここへ商売の話をしにやってきたと伺っているけど……それと私の交友関係……それがどう関係があるのかしらね? 貴族令嬢のセシリア・ベルベットさんと豪商の娘、ファーレさん。先程、『闇夜の群狼』についての事もおっしゃっていましたわよね」
デューティー・ヘレントの、じとっとした視線。ファーレは、特に動揺を見せないで微笑んでいる。
「ええ、そうです。今、メルクト共和国は、非常に危険な状況に陥っています。そしてこのままいけば、おそらくメルクト共和国は、『闇夜の群狼』によって完全に乗っ取られてしまいます。ですが交易都市リベラルは、違います。自治都市で、メルクトからは独立していますし、ヘレントさんのような力を持った偉大な大商人が十三人もいて、協力し合い、都市に繁栄をもたらし守っています」
「なにが言いたいのかしら」
「メルクトが賊の手に陥ったとしても、リベラルは大丈夫。ではないと思います。なぜなら、リベラルにも、『闇夜の群狼』が入り込んでいるからです」
変わらず、じとりとファーレを見つめるデューティー・ヘレント。彼女が今何を考えているのか、読めない。
「私とセシリアは、商売の為にヘレントさんに遥々会いにきました。ですが同時に他の十三商人とも、この機会にお知り合いになれればと考えています。商売をする上で、誰が危険で誰が私達にとって有益となるか知りたいからです」
「なるほど、それで私と他の十三商人との交友関係も聞き出したいのね。ウフフフ、そう、なるほどね。都市に『闇夜の群狼』の誰かが入り込んで暗躍しているとすれば、十三商人と繋がりがあるかもしれないものね。それでそういった情報を手に入れる為にあなた達は、情報屋リッカーのもとにいたのね。でもそれで、彼とおもめになっていたみたいだけれど。知っていると思うけど、リッカーも十三商人の1人よ。その彼と事を構えるなんてね。彼は根に持つタイプよ」
「それは……リベラルで情報を手に入れる為には、情報屋であるリッカー氏と接触してからがいいと思いまして……」
「そうね、リッカーは情報屋よ。リベラル一のね。当然だわ。でももう一度言うけれど彼は、根に持つタイプなの。彼のテリトリーで問題を起こしたあなた達の事、彼に既に調べられているわよ。その情報は私や、他の十三商人の何人かは既にリッカーから聞いたわ」
「……どういう事ですか」
「ええ、つまりそれで解った事。クラインベルト王国にベルベット伯爵という貴族は、存在しない事。領地もないし館も無い……あとファーレ、あなたもグランドリベラルで臨時のピアニストをしていたけれど……そのうえで豪商の娘っていうのもね。あとシェルミーさんともリッカーの所での事も含めて、これまで二度会ったけれど……あなた達は、黒づくめのターバンを巻いた人達を連れているわね。それもかなりの腕の立つ。どう見ても、商人って感じじゃなかったわね。これは私の感だけれど、普通じゃない感じがするわ」
ファーレだけでなく、私も凍り付いたように固まってしまった。ハルだけが、「え? え?」とキョロキョロとしている。
もしかしたら、私達は最初に当たりを引き当ててしまったのかもしれない。
実は、リッカーが『狼』だった。それは解らないけれど、リッカーの住処で彼にあった後、リッカーはその情報網で私達の事を調べて回っている。
私達の正体が知られているにしろ、知られていないにしろ、『狼』はきっと自分に対しての脅威を排除する。脅威とは、正体をあばかれる事。
リッカーが『狼』であり、デューティー・ヘレントがリッカーと繋がっている……もしくは同じく二人目の『狼』であった場合、私達はここでデューティー・ヘレントに始末される。
私は、今自分が座っているソファーに立てかけている自分のボウガンに、そっと手を伸ばした。




