第781話 『ハルイジメ』
果樹園に入る。麦わら帽子のおじさんは、こっちだと言って案内をしてくれた。
果樹園はとても広く、色々な植物が生い茂っていた。チギーとハルが、驚いた声をあげる。
「凄いなー、こんなに沢山の種類の植物が生えている所なんて見た事ないよ」
「うんうん、しかもこれ実が実っている! 全部、フルーツの木なんじゃないのかな?」
私達の真上にぶら下がっている蔓には、黄色い葡萄が鈴生りにぶら下がっている。それを目の当たりにしたチギーは、手に持っていた槍を伸ばした。ファーレが注意する。
「こら、チギー! 駄目ですよ。ここの果実は全て商品なのです!」
チギーはペロっと舌を出して、申し訳ないと槍を引っ込めようとした。けれど、麦わら帽子のおじさんは、少し微笑んで言った。
「いいよ、獲ってもいい。そして、是非食べてみてくれ。獲れたては、甘いだけでなく瑞々しくてとても美味しいから」
チギーの目が輝く。
「やっぴー、おじさんありがとう! それじゃ遠慮なくー」
チギーは上を向いて槍を払った。すると、彼女のもとに、黄色い葡萄が三房も落ちてきた。それを抱きかかえるようにキャッチする。
「その葡萄は種はないし、皮ごと食べられるよ」
葡萄はとても美味しそうに見えた。チギーに皆の注目が集まる。でもチギーは、そんな視線はまったく気にせずにおじさんが言ったように、葡萄をそのまま口に放り込んだ。
「うんまああああーーーい!! こりゃうまい!!」
「え? え? あたしも! あたしも食べたいんだけど!!」
「美味い、うん、美味いよ! こんな美味い葡萄を食べたの、アチキ初めてだよ。モッムモッムモッムモッム、うんまーーーい!!」
目を細めて美味しそうに、葡萄に夢中になっているチギー。その光景を、優しい目で見つめるおじさん。ハルはどうしようもなくなって、チギーに飛びつく。けれどチギーは、ハルに葡萄を渡さない。
「頂戴、頂戴!! あたしにもそれ頂戴よ!! いけずしないでよ!!」
「自分でとればいいじゃん。いっぱいまだ実ってるんだし、おじさんはいいって言ったんだから」
「届かないよ! 届かないんだよ! それじゃ、その槍貸してよ」
「えーーーー、それじゃ、前払い。この葡萄一房くれたら、貸したげる」
「やんやんやん――!! そんなの、無理じゃん!! 槍がないから獲れないのにー、もう!! 意地悪嫌いー!!」
ハルを玩具にしてケラケラと笑うチギー。チギーはそのままスタスタと、私とファーレのもとに近づいてくると、それぞれに葡萄をくれた。
それを見たハルは、本当に泣き出しそうになっていた。
「あら、ありがとうチギー。頂くわ」
「ありがとうございます。本当に美味しそう」
ファーレは、麦わらのおじさんにも頭を下げた。おじさんは、それを見て何かを察した様子を見せた。
きっとファーレのこういう気配りのできる性格を見て、身に着けている物は汚れた服だけれど、それは理由があって着ているだけで、本当に貴族か名のある商人の娘かもしれないと思ったのかもしれない。
「美味しいですね、この葡萄!」
「ええ、美味いですよね! アチキも感動しましたよ!」
「ですが、そろそろハルにも獲ってあげてください。可愛い子に、少し意地悪したいという欲求はあるかもしれんませんが、これ以上は可哀想ですよ」
全員でハルの方を振り向くと、彼女はまるで子犬のような顔で、目に涙を貯めながらチギーを……じゃないわね。チギーの持つ黄色い葡萄を見つめていた。
チギーは、ファーレに「はーい」と軽い返事をすると、槍をまた使って葡萄を今度は二房落とした。それをハルに手渡す。ハルは声をあげて喜んだ。
「やったあああ!! じゃあ、遠慮なく早速……ムッチャモッチャ……なにこれ、美味しい!!」
「でしょーー、めっちゃ美味しいよねえーー!!」
『ねーーー!!』
チギーとハルは肩を組み合うと、陽気に葡萄を頬張りながら仲良く共感し始めた。私は、死んだ魚のような目でそれを見ていると、ファーレはクスリと笑った。
「はいはい。それじゃ、もういいでしょ。待たせているので、早く行きましょう」
『はーーーい!』
やっと動く。ファーレがおじさんに頭を下げると、おじさんは別に気にしていないとまた軽く笑って歩き出した。私達は、その後に続く。
沢山の植物。果樹園の奥に進むにつれて、密林のようになってくる。それもそのはず。ここには、特に熱帯地域に生息していそうな珍しい果実が沢山あった。私は歩きながらも、気になった事を聞いた。
「ここには沢山の種類のフルーツがあるのね」
「そうだよ。ヘレントさんの果樹園は他にもあるが、ここの果樹園は特に商品開発に力を入れていてね。美味しい果実、この際正直に言ってしまうが、いかに儲ける事ができる果実を造り出す事ができるかを、日々研究している場所なんだ」
「だから、こんなに沢山の種類のフルーツがあるのね。でもこれだけ賞品が入り乱れていたら、解らなくならないかしら」
「はっはっは、それは問題ない。ここのエリアは、単なるヘレントさんの遊び心である果実で、多種様々な果実が入り乱れて植えられている。商品として育てている果実は、別のエリアにあって、葡萄は葡萄、苺は苺とちゃんとそれぞれで管理しているよ」
「なるほど、そういう事だったのね」
隣で話を聞いているファーレも、おじさんの話を聞いてなるほどとリアクションをしていた。
でもチギーとハルは、今度はパイナップルを見つけたみたいで、大はしゃぎ。もうおじさんの話なんて、何も耳に入っていなかった。
二人の無邪気な様子を見ていると、なぜかアテナ様やマリンの事を思い出した。
マリンと別れてから、それなりに時が経った。
マリンは、もうリアのお姉さんのルキアに会えたのかしら。そして無事に、アテナ様を見つける事ができたのかしら。
無事に、もう合流しているといいのだけれど――ふと、彼女の事が気になってしまった。




