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第780話 『麦わらのおじさん』



 果樹園は、とても広大な土地に作られていて、その周りをぐるっと柵が囲んでいた。


 私達はその柵を辿って歩き、果樹園に入るための入口を探した。それでとりあえず柵沿いを歩いていると、柵の内側に入る事のできる鉄門を見つけた。


 鉄門の前に移動すると、きょろきょろと辺りを見る。


 流石に勝手に侵入すると、賊か何かと間違われるかもしれない。なにせ、今このメルクト共和国には、多くの賊が闊歩して略奪を繰り返しているし、この近くにも『ハイウェイドッグス』という名の、追剥盗賊団のアジトがあったのだから。


 ハルが柵を掴んで、前のめりになって敷地内を見回した。



「うーーん、いないねえ。いっそ、大声で叫んでみる? 誰かに届くかも」


「そうね、悪くはないわね。それじゃハル、お願い」


「え、あたすぃー!?」


「そう、あたすぃーよ」



 ファーレとチギーが笑う。ハルは、仕方なくという表情で、果樹園の方へ振り返ると思い切り息を吸い込んで叫んだ。



「すいまっせーー……むぎゅ!!」



 途中でハルの口を塞いだ。



「もごもご……もがーーー!! こらーー、なにすんのさ!!」


「ほら、あそこ見て」



 果樹園の中、向こうの方でこちらを見ている麦わら帽子のおじさんがいた。私はその人に会釈すると、手を振った。するとそのおじさんも会釈し返す。こちらに近づいてきた。


 おじさんは、私達のいる柵の手前までくると、背負っていた籠を地面においた。ドサっという音がして、籠に目を向けると、見ているだけで唾液がドッと溢れてきそうになる位の、すっぱそうな柑橘系の果実が入っていた。



「こんにちは」


「やあ、こんにちは。なにか用かね」



 ファーレが前に進み出た。



「あの、こちらにデューティー・ヘレント氏はいらっしゃいますか? 私達は、彼女に会いにここまで来たのですが、いらっしゃるのでしたらこれから少しでもお会いできないかと思いまして」


「……ヘレントさんとは、どういったご関係ですかね」


「い、いえ。特に関係という関係はないのですが……少しお話を……」



 ちょっと、しどろもどろし始めたファーレ。選手交代。今度は、私がおじさんと話す。



「私はクラインベルト王国、ベルベット伯爵の娘よ。こちらのこの子も、ガンロック王国ではかなり有名な大商人の娘よ。ヘレントさんには、ちょっとした儲け話、つまりビジネスの話をしに来たのよ」



 自信満々にそう言った。嘘をつく位、どうって事もない。もし嘘を見抜く発見器があったとしても、私は白を切りとおす自信がある。だって大なり小なり、人は嘘をつくものだから。そして嘘には、悪い嘘の他にいい嘘もある。私がついている嘘は、いい嘘。この国を救う為、悪の組織を叩き潰す為についている嘘なのだから、神聖なる嘘だといっても過言ではない。


 でも……麦わら帽子のおじさんは、じーーーっと私達の姿を、足先から脳天まで見てなんとも言えない顔をした。それでやっと気づいた。


 リベラルを出る時、私とファーレはドレスアップしていた。そう、貴族令嬢にも見えるように。でも追剥盗賊団に捕まり、服を脱がされて監禁された。


 そしてハルのお陰でそこから抜け出した後、盗賊団に報復する為、もとい悪を懲らしめる為に、逃げ出さずにまず服を探してそれを着た。


 今の私達の姿かっこうは、どうみても何処かの村娘。しかも『ハイウェイドッグス』との戦闘に加えて、倉庫に閉じ込められて地面をのたうち回り、マクマスとは追いかけっこまでした。だから服だけでなく、顔も腕も泥などで汚れていて、村娘は村娘でも、特に貧しいように見えた。


 ハルも同じで、チギーに至っては黒づくめにターバンで……怪しさが勝る。


 今、目の前にしているのは、おそらくこの果樹園で働いている従業員。その人から見れば、私達がいくら自分達の事を貴族だのと言っても信じる訳もない。



「そうか、解った」



 え? 解った? 



「儲け話だね。それは解った。解ったから……さあさあもう帰りなさい。あまり、煩わせるようだったら、警備兵を呼ぶよ」


「え? ちょっと待って!」



 ここで帰らされたら、何をしにきたのか解らない。今度はハルが前に出た。



「ちょちょいちょいちょい!! ちょっと待ってってばーー!!」


「おい、こら! 柵から今すぐ離れろ! でないと、本当に警備兵を呼ぶぞ!」



 柵越しに、ハルがおじさんにつかみかかった。まずい、このままじゃ本当に荒事になる。ハルは、両手でおじさんの胸倉を掴むと、引き寄せて言った。



「林檎だよ!」


「り、林檎?」


「林檎の実ったトレントを見つけたんだ。それ以来、あたしは林檎トレントの虜さ」


「り、林檎トレント……」


「でも見つからない。見つけられない。林檎の実ったトレントは、確実に存在はしているのに。あんたも果樹園で働いていて、果実のプロならそんな話……聞かされて平然とはしていられないだろ? あたしは、ヘレントさんならその林檎トレントについて、何か知っている事があるんじゃないかって、クラインベルトから遥々ここまでやってきたんだよ」



 …………暫し、沈黙。


 そしてハルは、おじさんの胸倉から手を放して彼に謝った。



「ごめんなさい。でも、どうしても林檎の実ったトレントの事を知りたくて」



 おじさんは、項垂れるハルに目を向けた。



「知ってどうする」


「そりゃ、知ったら見つけにいくさ」


「見つけてどうする? 倒すのか、そのトレントを」


「必要ならね。でもあの実っていた林檎、とても美味しそうだったんだよ。食べてみたい。それにトレントの林檎なんて言ったら、高値で売れそうだから、余分に獲って街で売るかな」

 


 あまりにも正直な答えに、麦わら帽子のおじさんはきょとんとする。そして笑った。



「貴族……の話は眉唾だが、その林檎の実のトレントの話は信じよう。さあ、4人とも中へ入って。案内しよう」



 おじさんはそう言って、門を開けてくれた。


 ハルがちょっと騒いだので、本当に果樹園の奥の方から武装した警備兵が3人やってきた。おじさんは、問題ないとそれを追い払った。


 なんにしても、これでデューティー・ヘレントへの道が開けた。

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