第778話『ハルとの楽しい会話』
ジラク・ドムドラは、『ハイウェイドッグス』という追剥盗賊団に捕まって、奴隷として売り飛ばされそうになっていた者達を保護した。そしてその者達を連れて、交易都市リベラルへと一足先に帰った。
ファーレの護衛達も同様。一人を除いて……
そして私とファーレとハル、更にチギー・フライドが加わって目的地、デューティー・ヘレントの果樹園へと向かった。
そう言えば、マクマスの使っていた馬車、それを引いていた4匹の雌のケンタウロス。それはファーレが解放すると言って、そうしてあげた。ジラク・ドムドラは信じられないという顔をしていたが、私はどちらでも良かった。
ケンタウロスは、確かに獰猛で好戦的な魔物。そして人を襲う。けれど、リベラルの警備団だけでなく、ファーレの護衛隊は腕が立つし、何よりジラク・ドムドラは達人の域に達すると言ってもいい程の剣士のようだった。
だからケンタウロスが恩を仇で返すような事があったとしても、彼らなら簡単に返り討ちにする事ができると信じていた。
4匹のケンタウロスは、首枷と手枷、それぞれ外して自由にしてやると、私達から距離をとって身構えた。ファーレは微笑みかける。
「これで自由です。好きにしなさい」
ファーレが声をかけた言葉は、これだけ。ケンタウロスは、続けてジラク・ドムドラとチギーに目をやった。本能的に、二人が強者で、ここで襲い掛かろうとしても逆に返り討ちにされると悟ったのだろう。マクマスとの追いかけっこで、チギーの強さは既に知っている訳だし。
4匹のケンタウロスは、私達から次第に更に距離をとると、そのまま何処かへ走り去ってしまった。
「あれは、魔物。ここでファーレが逃がした事によって、誰かを傷つけるかもしれない」
そんな言葉が脳裏に浮かんだけれど、言葉にはしなかった。だってきっとテトラなら、「それならケンタウロスが人に恩義を感じて、万に一つだとしても逆に困っている人を、助ける事があるかもしれないですよね」とか、あの大きなお尻をついひっぱたきたくなるような事を言うに違いないから。
ジラク・ドムドラは、立ち去る時に馬を私達に残してくれようとした。けれど、果樹園までは、もうここから徒歩で1時間程の距離だという。
なら少し歩いて行こうと、馬は借りなかった。チギーもそれに合わせて、騎乗していたクルックピーを他の護衛に預ける。
出発。果樹園に向けて歩き始める。先頭はチギー、その後を私とファーレとハルが横並びで歩いた。
そう言えば、思ったのだけれど……チギーが私達に同行するのは解る。
腕の立つチギーがついてくる事で、ファーレを心配して果樹園までついて来ようとしていた護衛達を、なんとか説得する事ができたから。正直、チギーのような腕の立つ者がいてくれるのは、心強い。
私はボウガン、ファーレは氷属性を得意とする【ウィザード】だけれど、どちらも接近戦は得意ではないし、ハルに至ってはクラスは【シーフ】で、ダンジョンの探索などでその能力を発揮するタイプだった。だから接近戦の得意なチギーがここにいてくれているのは、とてもありがたかった。
けれど……ハルはなぜ私達についてきたのか。疑問。
森の中を歩いていると、足の裏に感じる湿った土の感触が気持ち悪い。そんな事が気になりつつも、ハルに聞いてみる。
「ねえ、ハル」
「ん? なんだい、セシリアくーん」
「そういうおふざけは、いいわ……っていうか、あなたはどうして私達についてきたのかしら? 確か……あなたもデューティー・ヘレントに会いに行く的な事を、言っていたような気もするのだけれど」
「そうだよ。実はあたしもヘレントさんに用があるんだー」
冒険者がフルーツディーラーに、なんのようで会いに行くのか。
「気になる?」
「え? 何がかしら」
「お宝ガッポガッポのダンジョンにしか、興味のなさそうな【シーフ】のあたしが、なぜフルーツになんて興味があるのか?」
既に半分以上は、答えを言ってしまっている。そう思った。
「フルーツに興味があるのね」
「ガーーーン!! バレちゃった」
私とハルの会話を聞いて、ファーレがクスクスと笑う。ファーレだって、なぜハルが私達に一緒についてくるのか、疑問に思っていたはずなのだから聞き耳を立てているのも頷ける。
対してチギーは、何処から魔物が飛び出してきてもいいように周囲を警戒して、森の中を進んでいる。
「実はねー。これ言っていいのかなー? でもなー、これはあたしとエギーデの二人の秘密だしなー。人に言って誰かに喋られちゃったら、横取りされちゃうかもしんないしなー。うーーん」
私はハルが喋りたくなければ、答えなくてもいいと思った。だって、今一番私が興味のある事は、『狼』の正体が誰かという事。あとついでに言えば、テトラの新たなる弱みくらいなもの。フフフ。
だからこのままハルがもったいぶって話さないでいても、一向にかまわなかった。けれどファーレは、気になってしまったようだった。
もったえぶるハルを見て、一向に喰いつかなくなった私に我慢ができなくなったファーレは、自ら聞いた。
「え、なんなんですか? なんなんです? 教えてください、ハル!」
「ええーー、聞いちゃう? じゃあそれ、聞いちゃう?」
「ええ、教えてください。じゃないと私今日、眠れなくなっちゃいますよ」
「そう? そんなんなる? じゃあ今これ聞かないと、明日も眠れなくなる?」
「え? 流石に明日になれば、眠れると思いますけど」
「眠れるんかーーーい!!」
ハルが手の甲で、優しくファーレを突っ込んだ。しかも突っ込んだ個所は、ファーレのふくよかな胸。当たったインパクトの瞬間、ファーレがピクっとしたのを私は見逃さなかった。
「じゃあここまで引っ張って、結局言いませんでしたって訳にもいかないもんね。だから教えてあげよう。もちろん、これはオフレコでお願いね」
ハルがそう言うと、ファーレは唾をゴクリと呑み込んだ。チギーに至っては、まったく興味がないらしく、前進しながらも何か潜んでそうな草場を槍で払ったりしていた。
「トレントって知ってる?」
「トレント?」
「確か、木の魔物だったかしら。木の幹に大きな顔があって、腕のように動かせる枝があって……根っこでも攻撃してくるっていう恐ろしい魔物」
「そう! そのトレントの事なんだ。実はね、この世界には林檎が実っているトレントが生息してるんだよ」
林檎の実る、トレント? 私とファーレは、ハルが一瞬何が言いたいのか、解らなくなって思わず目が点になってしまった。
……林檎の実っているトレント。現時点では、その凄さが何一つ理解できなかった。




