第777話 『ファーレとジラク』
交易都市リベラルの警備団責任者、ジラク・ドムドラ。彼は、ファーレの前に跪いた。それに続いて、彼の部下達とファーレの護衛の者達も一緒に跪く。それはチギーも一緒で、私とハルの他、助け出された数十人の者達は、彼らがどうしてファーレにそこまでするのかと困惑していた。
リベラルの警備を任されている最高責任者が、いくらお金持ちだと言っても、一商人の娘に跪いたりするものなのだろうか。しかもジラク・ドムドラは、メルクト共和国北部にある交易都市リベラルの人。そしてファーレが話している事に偽りがないとすれば、彼女はガンロック王国の者。
繋がりがあるのなら、余程何かある繋がり。
ファーレは、前に進み出ると跪いている者達に向かって言った。
「私は……私は、ガンロック王国から来た単なる商人の娘です。とても裕福で、力を持った豪商の娘です。そういう事なのです」
跪いた者達は、互いに顔を見合わせる。今度は、警備団全員が私達と同じように困惑した表情になる。するとジラク・ドムドラがファーレに言った。
「恐れながら――」
「父上と」
「そういう事であれば、承知致しました。ですが御父上は、ご存じなのでしょうか?」
「ええ、もちろんです。これについては、父様の考えでもあります」
「そうでしたか。ではそのように――」
ジラク・ドムドラは立ち上がると、部下達に向かって手を上あげて何か合図をした。すると跪いていた部下達は立ち上がる。
状況が、まるで理解できていない私とハル。ファーレはそんな私達に気づくと、なぜか恥ずかしそうな顔をしながら、こちらに歩み寄ってきた。
「それじゃ、行きましょうか?」
「……そうね。そう言えば、私達はリベラル十三商人が一人、フルーツディーラーのデューティー・ヘレントに会いに行くところだったわね。でも、このまま行ってもいいのかしら?」
ファーレにそう言うと、彼女は後ろにいるリベラル警備団と、護衛の者達の方へ振り返った。ジラク・ドムドラが代表してファーレに言った。
「ファーレ様には、この度は交易都市を脅かす追剥集団、『ハイウェイドッグス』の首領の逮捕と盗賊団の討伐、協力してくださった事にはまことに感謝致します」
「ジラク、ちょっといいですか?」
「はい」
「私は誰ですか?」
「は? それは……ファーレ様です。豪商の娘のファーレ様です」
「でしたら、もっと普通にしてください。これは父様が計画した事でもあるのですよ」
「計画? っと申しますと」
ファーレは、口をつぐんでプイっと横を向いた。
彼女にとって、リベラル警備団や自分の連れてきた護衛については、身元ははっきりしているかもしれないけれど、この『ハイウェイドッグス』がアジトにしていた廃村に、捕らわれていた人たちの身元はまだ解らない。
だからファーレは一応用心して、リベラルに潜む『闇夜の群狼』の幹部を、私達が叩き潰す為に追っている事を、口にはしなかったのだ。
でもやはり、感づいている。ジラク・ドムドラは、ファーレのその態度を見て全てを悟ったような表情を見せる。
「では、これからヘレント氏のもとへ行かれるのですね」
「そうです」
「では儂も参りましょう。リベラルには、他に警備団もいますので、このまま同行できます。部下達も連れていけば、ファーレ様を安全に、ヘレント氏の果樹園までご案内できます。それに必要な事があれば、我々がお手伝いさせて頂きます。これでもリベラルの全ての警備を任されている立場ですので、十三商人にはいずれも顔がききます」
「ありがとう。でも、それには及びません、ジラク・ドムドラ。あなたは、ここに捕らわれていたあの人達を、無事にリベラルまで守ってあげてください。それで無事都市に到着したら、食べ物や衣服、それに泊まる所など色々と面倒をみてあげてくれませんか?」
「それが、あなたのご命令とあらば」
「いえ、命令ではありません。そもそもあなたと私に、主従関係はありませんし。ですからこれは、私のお願いです」
「ファーレ様のお願いとあらば、断る事などできませぬな! このジラク・ドムドラに、お任せください!」
ファーレは、にこりと微笑んだ。するとジラク・ドムドラは、私とハルの顔を一瞥した。そして部下を率いて、助けた人たちを連れてリベラルへと戻って行った。
その時、1人の少女がこちらに駆けてくる。あの倉庫に捕まっていた時に、私達に助けを求めていた子。
「お姉さん、私達を助けてくれてありがとうございました!」
私は微笑むと、ファーレの顔を見た。この子たちを救ったのは、彼女。するとファーレは、満面の笑みを浮かべながら少女の手を握って言った。
「私達は、悪を許さないという事と、困っている人を助けるという当然の事をしただけです。ほら、早く行かないと、おいていかれてしまいますよ」
少女はもう一度私達に向かって頭を下げると、ジラク・ドムドラの方へと駆けて行った。
さて、残るはファーレの護衛隊。
「あなた達もリベラルに戻ってください」
「ですが……」
護衛の者達は、こんな事もあってか、かなりファーレの事を心配している様子。このままだと20人近くで、デューティー・ヘレントの果樹園を訪ねる事になる。
そんなものものしい感じで尋ねても、彼女はすんなり会ってくれるかは解らない。きっと警戒をされる。そう考えると、護衛達の人達には悪いけれど、リベラルに戻ってもらうという選択が一番に思えた。
「ですが、ファーレ様。たった今、こんな危険な目に合われたばかりですのに、女性2人だけでこのまま果樹園に行かれるというのは……」
「いいんです。大丈夫です」
「しかし……また果樹園からリベラルに戻る際もありますし、それにもしデューティー・ヘレントが『狼』であって、その正体を明かした場合、危険です」
「大丈夫だから、行って! シェルミーだってローザと2人で行動しているのだから」
「シェルミー様は、腕が立ちますし……ローザ様は騎士団長です。ファーレ様と王宮メイドのセシリア様では……」
もっともな話。けれど、ヘレントに合うなら大所帯だと都合が悪い。ファーレと護衛の方々との間で悶着を続けていると、ハルが挙手しながら割って入った。
「はいはいはーい! 実はあたしもヘレントさんに用があったりしてーー!! これでもあたしは冒険者だし、これで3人。これなら納得じゃないかな」
ハルがとても腕の立つ冒険者なら、皆の反応は違ったのだろうけど……
残念ながら、彼女が戦闘を得意とする冒険者には、誰しもがお世辞にしても見えなかった。ファーレの護衛隊は大きく溜息を吐いた。




