第770話 『ボビーとドネル』
今度は形勢逆転し、2対1になった。
私とハルに対して、マクマス1人。ハルは倒した賊から剣を2本奪うと、その1本を私に手渡してくれた。二人揃ってその剣の切っ先を、マクマスに向ける。
マクマスは、明らかに動揺をした表情を見せると短剣を構える。震えているのか剣は小刻みに動いていて、マクマス自身の目も泳いでいた。
マクマスに、飛び抜けた剣の腕はない。圧倒的優位に立ったと理解した私達は、二人で更にマクマスと距離を詰める。この男は、そこらで転がっている盗賊達とそれ程かわらないと確信する。
巧みに人を騙して、獲物を捕える能力に長けているだけで、戦闘能力はドネルの足元にも及ばない。つまり、私達二人で戦えば容易に勝てる。マクマスもその事を解っている。
「ううう……お、おい!! 怪我したくなければ神妙にしろ!!」
「あら、おかしなことを言うわね。それはこちらのセリフよ。ねえ、ハル」
「うん、こちらのセリフだね」
満面の笑みのハル。マクマスはついに戦意喪失し、持っていた剣をこちらに向かって投げると回れ右して逃げだした。飛んできた剣は、ハルが器用に叩き落とす。この辺は流石は冒険者だと思った。
「待ちなさい!! 逃げられないわよ!!」
「ひいいい!! 待てと言われて待つ奴がいるか!!」
木々の生い茂っている廃村の外へ逃げ出そうとするマクマス。それを追う、私とハル。このまま取り逃がしはしない。きっと面倒になるから。そう思って、必死になって追おうとした刹那、横から誰かが飛び出してきて棒のようなものでマクマスの身体を突いた。
物凄い衝撃。棒は、マクマスの横っ腹に命中し、深くめり込む。マクマスはそのまま白目を向いて倒れた。
「誰!?」
リベラル警備団……の登場だと思った。だけど違った。黒いターバンに、黒づくめの服。ファーレの護衛の方だった。
「ありがとう、助かったわ」
「例はいい!! それより伏せろ!!」
手斧! マクマスを倒したファーレの護衛は、いきなり私に覆いかぶさってきた。その上を手斧がヒュンヒュンと回転していき、その先の木に突き刺さる。見ると、手斧が飛んできた先にはボビーの姿があった。
「大丈夫かい。そんじゃすぐに立ち上がって、そして逃げる。いいね」
女性の声。私とハルに加勢をしてくれて、ボビーの投げた手斧から救ってくれたファーレの護衛は、女性だった。
「ありがとう、あなたはファーレの護衛ね」
「ファーレ? ああ、そうだね。ファーレの護衛だ。アチキはファーレ様の護衛だよ」
なんだか、おかしい。本当に、この人はファーレの護衛? でも助けてくれた。ボビーの事があるから、どうしても疑心暗鬼になってしまう自分をぬぐえない。
ハルが激しく私の肩を叩いた。
「ちょちょちょ、悠長にしてられないよ!! ほら、ボビーの奴、こっち向かって来るよ!! ドネルはどうなったの? ボビーが倒しちゃったのかな」
「俺ならここにいるぜー!!」
悪寒。振り返るとドネルがいた。ドネルは高く大剣を振り上げていて、それをそのまま私とハル目掛けて振り下ろしてきた。まずい!! このまま逃がすくらいなら、殺してしまおうという事なのだろうか。どちらにしても、避けないと――
ファーレの護衛が前に出ると、さっき棒に見えた槍を高々と横に構えて、ドネルの一撃を見事に防いでみせた。でも歯を食いしばっている。相当重そうな一撃である事が伺える。
「ふんぬーー!! 振動だけでも強烈――!! あんた達は、アチキの近くにもっと寄って。今度は反対側から、もう一方のデカイのがくる!!」
「え? ボビー!!」
「そ、そんな、嘘でしょ!? ひいいい!!」
「逃がさねえ!! 逃がすつもりなら、ここで永遠に俺のもんにしちまう!! そう、それがいいんだああ!!」
ボビーの手には、いつの間にか金槌ではなく斧が握られていた。それをブンブンと振ってくる。反対側からは、ドネルが大剣を同じように振ってきて、私達は挟まれる形になった。
ファーレの護衛は、咄嗟に私とハルを突き飛ばすと、一人でドネルとボビーに左右から挟まれながらも鉄の槍をクルクルと振り回して凌いで見せた。
まるで、テトラを見ているみたい。私は武術には疎い。だけど、目の前にいる助けてくれた彼女の腕前は、それほどまでに見えた。なぜなら、ドネルもボビーも強者だ。その強者二人をこうして相手して凌いでいるのだから……
このファーレの護衛は、それができるくらいの腕を持ち合わせているという事を証明していた。
だけど1対2。次第に押されていく。
「うぐ、結構これはきついなあ!! おたくら、敵同士っしょ!! 仲良過ぎない?」
ファーレの護衛がそう言うと、ドネルが笑った。
「とりあえずは、協力関係さ。そうしないと、ここは生き残れねえと思ったのさ」
ボビーの振る斧の速度が加速した。ファーレの護衛は回避できないと判断すると、槍で防ごうとする。そこをドネルが踏み込んで、ファーレの護衛の槍を大剣で跳ね上げた。
殺される!! 私はハルの腕を強く掴んで、あのファーレの護衛を助けてと懇願する。ハルは頷いて、救いに飛び込もうした。
そこで別のまた誰かが気配もさせずにサッと風のように参戦し、ドネルとボビーの攻撃を真正面から剣で受け止めてファーレの護衛を助けた。
助けてくれた男に全員が注目する――そこには、白髪に白い髭、深い皺の刻まれた顔に鋭い眼光の男が立っていた。私は彼の名前を呼んだ。
「リベラル警備責任者、ジラク・ドムドラ!!」
「なんとか、間に合ったか」




