第768話 『危険な男』
更に数十人の盗賊がこちらに向かってくる。そして戦力が増えると、盗賊の首領はニヤリと笑い背負っている大剣を抜いて叫んだ。
「俺は、この辺りを縄張りにしている盗賊団『ハイウェイドッグス』の首領、ドネル様だ!! こうなってしまったからには、ここは手放さなければならん!! だが、女だけは攫っていく!! 抵抗するなら、殺すまでだ!!」
ドネルはそう言って、くるっと私達に背を向けて振り返る。するとドネルの背後にあった物陰から、3人の剣を手にした男達が飛び出してきた。その姿から、リベラルの警備団だと解った。
「神妙にしろ、『ハイウェイドッグス』首領、ドネル!!」
「貴様の子分達は、もうほとんど討ち取ったぞ!! 貴様もさっさと大人しくしてお縄につけ!!」
「うるせえええ!! どうせ、捕まったら縛り首だ!! なのに降参する奴なんて馬鹿、いるかってんだよ!!」
ドネルの持つ大剣が、横一閃に走る。リベラル警備団3人をひと薙ぎで吹き飛ばした。それを見て、エスカルテの冒険者ギルドのギルマス、バーン・グラッドを思い出した。
もちろん、バーン・グラッドは、もとSランク冒険者らしく、その強さの底もしれない。こんな追剥盗賊団のボスと、バーン・グラッドを比べる事自体が間違っているかもしれないけれど。
「ぐはああっ!!」
吹き飛ばされて地面に叩きつけらるリベラル警備団。それを横目に見て唾を吐き捨てると、ドネルは大剣を構えてボビーと向き直った。ドネルの目配せで子分たちが、一斉にナイフや手斧やらをボビーに投げつけた。これには、流石のボビーも驚く。
「うおおっ!! 一斉に武器を投げてきた!!」
「ガッハッハッハ!! てめえみてえなつまらねえ奴の相手なんて、している暇は俺達にはねえんだ!! どれ程強いか知らねえが、これならいくらかは身体に命中するだろ! そこで勝手に死んどけ」
ドネルが笑い、マクマスと他の子分達も笑った。これには流石のボビーも、表情から余裕が消え去る。
身をよじって、自分に飛んでくる刃物を両手の金槌で落としにかかる。
ファーレならなんとかできる。魔法を使える彼女なら、この場をなんとかしのげると思った。もちろん、この一瞬で他に手が思いつかなかった。
「ファーレ!! 魔法で、なんとかできない?」
ファーレは、頷く暇もなく魔法を速攻で詠唱する。いや、詠唱する暇も無く何かの魔法を発動した。周囲に冷気のようなものを感じたと思った刹那、彼女の掌からそれが発射されて広がった。
「今、私にできる事はこれしかない!! 凍りついて! 《冷たい息》!!」
放射状に広がる冷気。盗賊達がボビーに対して一斉に投げ放ったナイフや手斧などの刃物が、冷気に包まれて凍り付き地面に落ちた。目を丸くして驚く盗賊達、そしてボビー。
「はあ、はあ……ほとんど咄嗟の事で、無詠唱だったから、上手くできるか不安だったけれど……間に合った」
ファーレは、氷属性の黒魔法も使える。
「ファーレ、あなたの使用する氷属性魔法なのだけれど、バリエーションは他にもある?」
「ええ、もちろん。私は【ウィザード】としては、それ程自信はありませんが、魔法を使って戦えるかと聞かれれば、答えはイエスです」
「そう、なら良かった。でも不必要には、戦わないで」
私の意外なセリフに、ファーレとハルは驚く。
「え?」
「そ、それってどういう事かな?」
「私達は戦士ではないわ。別に盗賊団を倒す為に、ここで正面切って戦わなくていい。そうしなくても、盗賊団を壊滅させることができるわ」
『あっ!』
ファーレとハルも、気づいた様子。
そう、テトラやローザなら、この大剣使いのドネルとここで決着をつける事を望むだろうし、私もテトラやローザの気持ちを尊重する。
だけど私はとうぜんの事、ファーレ、そしてハルも戦いとか武術とかそういう事に比重をかけているようには見えない。
つまりここで重要な事は、私達が全員無事で生き延びる事と、ここにいる盗賊団の壊滅。
それらをより安全に両立する戦法、それはもうそこまで来ているリベラル警備団とファーレの護衛達、その人達に合流してしまえば達成したと言ってもいい。
テトラやローザは、そんな勝利を望まないかもしれないけれど、私は武芸者ではないし剣にも生きてはいない。
ハルはニヤリと笑うと、ファーレの手を引いて走った。
「きゃっ!! ハル!!」
「よっし!! じゃあ、逃げるよ!! あたしは、戦うよりも逃げる方が得意なんだ。この作戦なら自信あるな。セシリアも、急ぐよ!」
私が先にその事に気づいたのに……と鼻で笑うと、私もハル達のあとを追って走った。ドネルとマクマス達は、私達を逃がすまいと慌てて追いかけてくる。それをかいくぐって、距離を取った。
これで、警備団の人達と合流できる。『ハイウェイドッグス』は終わりよ。
「待てこの野郎!!」
「だめだ、お頭!! 完全に逃がした。早くズラからねえと、警備団が直ぐそこまで来ているぜ!!」
「畜生!! 畜生めえええ!!」
フフフ。これで確実に勝てる。戦力も人数も、完全にこちらが上回ったのだから。
笑みを浮かべて、もう一度絶望に顔を歪める盗賊団のボスと、私達を騙したマクマスの顔を一目見てやろうと振り向いた――刹那、真後ろにボビーがいた。
ボビーは私に追いつくと、私の手を掴んで後ろへと思い切り引っ張った。その反動で、私は盗賊達の目の前に投げ出される形で倒れこんだ。
「ボ、ボビー?」
「駄目だって。セシリア、あんたはこの戦いの賞品だ。それも優勝賞品」
「な、なによそれ……」
ゆっくり起き上がる。肘をすりむいていた。向こうで立ち止まって、何が起きたのか状況を理解しようとしているファーレとハル。私はボビーに視線を移した。
「ハッハッハー。これはゲームだ。全員で殺し合って最後に生き残っていたものが、賞品を独り占めできるゲーム。楽しいだろ、そういうのってなー。だから、セシリア、お前はこのゲームの賞品なんだって」
「はあ!? 理解ができないのだけれど」
「理解しなくたっていいって。俺は血塗れで、ただ一人生き残る。いや、セシリアと二人か。それでセシリア、お前は俺の女になって添い遂げる。それでいいじゃねーか、な」
ハルと会った時、彼女の事をとてもとっつきやすいと女の子だと思った。だけどボビー、彼の事はどうしても解らなかった。でも今は、ボビーがかなり危険な男だという事を理解し始めてきていた。




