第761話 『そうです、クラインベルト出身です!』
彼女は、閉じ込められていた自分の檻に一度戻ると、何かを手に取って再び私達の檻の前まで戻ってきた。
「それは何かしら?」
「えっとねー、これはハリガネ。なんの変哲もない、単なるハリガネだよ」
彼女はそう言って、まず私が閉じ込められいる檻にかかっている錠前をガチャガチャと触り出した。
檻は木製だけど、かなり丈夫な木で作られている。おそらくはオーク材。斧かハンマーか何かあったとしても、彼女の細腕では、破壊するのにかなりの時間がかかる事は予想できた。
だから鍵を開けてしまえばいい。それは解ってはいるけれど……そんなハリガネで鍵を都合良く開ける事なんて……
「助けてくれる事に関しては、素直に感謝しているのだけれど、そんなハリガネを使っても開かないと思うわ。それならきっとこのアジトの何処に鍵があるはずだから、それを持ってきて欲しい。これだけの数の檻があるという事は、きっとどれも同じ鍵よ」
「うーーん、ふふんふーーーん」
「ちょっと、ちゃんと聞いているのかしら」
「うーーん、聞いているよ。ちゃんと、聞いているよ。鍵を見つけてきた方がいいよーって、言ってくれているんでしょ。でも、ちょっと待ってねーー。ここがこうなって、はい! ほほいのほーーい、開いた!」
ガチャリ!
驚く事に、彼女はハリガネ一つで、私が閉じ込められている檻の錠前を開けてみせた。こんな事を容易にできるなんて。
「あなた、【シーフ】ね」
「ご名答」
「それで【シーフ】のクラスという事は、冒険者か盗賊……もしも盗賊、しかも『闇夜の群狼』だった場合、この国へ何をしに来たのか話してしまった私達は、特に危険な状態になるわね」
私の言葉を聞いて彼女は、こちらと隣の檻を見る。縄で縛られた芋虫が二匹。プププと笑われると、ファーレが顔を真っ赤にした。
「そうだね。この芋虫の状態なら、なんでもし放題だしね。あたしが『闇夜の群狼』だった場合、ここであなた達を始末できる訳」
「でも、そうじゃない。私はあなたがそうじゃないと見抜いているわ。そうでしょ?」
彼女は、にこっと屈託のない笑顔を見せると、私のいる檻に入り私の身体を縛っている縄を解いてくれた。ファーレも同様に――
彼女はにっと白い歯を見せて再び笑顔になると、右手を私に、左手をファーレに差し出してきた。こんな握手は初めて見ると、ファーレと顔を見合わせて笑う。彼女の手を握る。
「さっき私達の事を話したけれど、改めて……セシリアよ。セシリア・ベルベット。クラインベルトの王宮メイドで、他の仲間と共にこの国を救いにきたの。メイドがどうやってって思うかもしれないけれど、他の仲間は冒険者もいるし、かなりの戦闘能力を持った者達よ」
「私はファーレ。ガンロック王国から姉と共に、この国を救いにやってきました。私も他に仲間がいますが、そのうちの何名かは私を助け出す為に、既にここに向かってきていると思います」
「へえーー、そうなんだ。じゃあ、ここからは確実に逃げられそうだね。ははは。あたしは確かに【シーフ】で、こういう鍵を開けたり物をかすめ取ったりっていうのはお得意なんだけどさ、バトルの方はあんまり自信ないんだー。だからもし盗賊達に見つかって取り囲まれたら、ヤバイなーって思っていたから良かった」
「私もそうなのだけれど、ここにいる奴らに奪われたボウガン、あれがあればなんとか戦えるわ。唯一、上手に扱える武器だと思うから。あと私達の荷物、服も取り返したいわね」
ファーレだけでなく、彼女も自分の姿をマジマジと見つめて、今身に着けているのは下着だけだったと顔を赤らめて頭を摩った。
やはり、この女の子は悪人ではない。盗まれたものを取り返し、ここを出るまでの間――協力し合えるはず。
「それじゃーー、いこーーか! とりあえずは、この倉庫を出て盗まれたものを取り返してからだね」
彼女はそう言って早速出口に向かおうとする。刹那、私達を呼ぶ声が聞こえてきた。
「たーーすけてくれーー!! ちょっと、俺を置いていくのかーーー!!」
ボビー。そう言えば、ボビーがいたかもしれない。
その声を聴いて、早速ここを出ようとしていた彼女は、「もしかして、セシリア達の仲間?」と言った。仲間ではないけれど……説明しようとした所で、ファーレが言った。
「この倉庫には沢山の檻があって、私達の他にも何人か閉じ込められています。ここを脱出するなら、その人達も一緒に助けましょう」
私も【シーフ】の彼女も、驚いた。私達には大切な使命がある……だけど、確かにテトラならこういう場合、ファーレと同じことを言い出すかもしれない。
「えーーーー!? それは……うーーん、可哀想だけど、今は連れていかない方がいいよ。リスクが多いし、ここに捕らわれている人が何人いるか知っている? 全員を守る事なんてできないし、見つかればきっと殺される。それだったら、あたしらだけまず脱出して、リベラルに行って誰かに助けを求めた方がいいよ」
彼女の言う事は、もっともだった。それだけにファーレは、暗い表情を見せる。私はファーレの方を向くと、彼女の目を見つめて言った。
「それならいい考えを思いついたわ」
「え? な、なに!?」
「いっそ、ここにいる追剥達を私達で全滅させましょう。そして、この私とファーレを陥れた事をうんと後悔させましょう。それがいい、うん、それが一番いいわ」
「え、えええーーー!!」
「大丈夫、賊を全部やっつけてしまえば、その後にここにいる皆で、仲良く手を繋いでゆっくりとここを出て行けるでしょ。それに間もなくここには、ファーレの腕の立つ護衛がやってくる。つまりこちらの戦力はあがるわ」
「うええ、それって……あたし、だからバトルはあんまり得意でないんだけど」
「大丈夫よ。得意でなくてもあなたは、冒険者なんだもの。冒険者っていうのは、とても可能性に満ちていて、凄い人達だと言っておられたお方がいたわ。あれ、冒険者ではなくキャンパーだったかしら」
「キャ、キャンパー!?」
決まった。と言うか、私が決めた。悪人は滅ぼせる時に滅ぼしておく。私達はこの国を救いにやってきたのだから、これでいいはず。こんな時にテトラ、ローザ、マリンがいてくれればと思うけれど……
「それじゃそういう事で、脱出作戦から掃討作戦に変更よ。そう言えばあなたの名前、伺っていなかったわね」
「そうだっけ、言ってなかったっけ? それはごめんごめん。あたしの名前はハル。冒険者ハル。セシリア、あんたと同じくクラインベルト王国出身の冒険者だよ」




