第760話 『隣の檻』
私はテトラのように、上目遣いで縋るようにお願いをできるタイプではない。だから、人にお願いをするのはとても苦手。
だけど、今現状でこれが一番正解だという事は理解していた。どうやって縄を切り、檻から脱出したのか解らないけれど、この人に縄を切って檻を開けてもらう。
そうすれば自由に動けるし、今頃私達から金品やらを巻き上げて、酒でも飲んでいい気になっている追剥達に不意打ちを喰らわせられる。
「セシリア……」
「解ってるファーレ。今、言うわ」
やはり薄暗くてよく見えない。けれど人影は解る。その人影は私達や他の捕らわれている人達には、目もくれる様子もなく倉庫の出口に向いたので、慌てて声をかけた。
「ちょっと!! ちょっとそこのあなた、いいかしら!!」
人影はピクリと私の言葉に反応し、立ち止まる。
「ちょっと、そこのあなたよ。ちょっとお願いがあるのだけれど、いいかしら」
こちらを振り向く人影。
「とても簡単な事よ。そう、今のあなたにとっては掌を返すが如く、簡単な事。だから是非、お願いしたいのだけれど」
人影は、私の言葉を聞いてそのまま立っていた。でも話は確実に聞いている。
私が何者かも解らないし、手を貸してここから逃がしてもいいものなのか、自分が逃走する妨げとなるのではないかと考えているのかもしれない。だとすれば、あまり警戒させるのは得策じゃない。
「聞いて、私は正義の味方よ」
「セ、セシリア……」
「ファーレ、ここは私に任せて。いい、あなたがここで私達を助け出してくれれば、正義の味方を助け出したとう事で、あなたも少なからず正義に貢献できるわ。それに、うんと十分なお礼もするわ。とてもリッチになれるわ」
「……お礼? リッチになれる?」
人影は初めて言葉を返してきた。女の声。しかもかなり若い声。
「そうよ、お金が欲しいのなら、納得するだけの金額をあげる。だから今すぐ、私達をここから助け出して欲しいの。どう? とても魅力的な話じゃないかしら」
人影はこちらに近づいてきた。姿が見える。その正体はやはり、女の子だった。
活発な感じのする子で、顔も可愛い。でも私達と同じく、身に着けているものは下着だけなので、その服装で何者か判断する事はできなかった。
「お金は欲しいよ、うん、欲しいよ。誰だって欲しいものじゃないかな?」
「そうよ、いい話でしょ? あなたにとっては今ここで、私達の縄を解いて檻から出す事なんて10分もあればおつりがくるでしょうし、それにそんな事はあなたにとってはとても簡単な事でしょう? 今その場で座って立ち上がる位の事で、大金が手に入るのだから」
「ちょ、ちょっとセシリア……いくらなんでも、その……」
「いいからここは任せて」
とは言ったものの、ファーレに言われて少し必死になってしまっていた事に気づく。その証拠に、目の前に立つ女の子は、少し怪訝な表情で私を見ている。芋虫のようにのたうち回る私を……
「お金は欲しいよ、そりゃ誰でも欲しいんじゃないかな。でもさ、助けるって言ってもさー、あたしも用心しないとさー」
「用心? そんなのは必要ないわ」
「それはあんたの意見だろ? あんたの素性が解らない以上、あたしにはリスクがある。だって助けたせいで、そのあとあんたがまた捕まって叫んだり、あたしの足を引っ張るって事も十分に考えられるからさー。それ考えると、やっぱりここは悪いけど見て見ぬふりして、単独で逃げ出すのがやっぱ利口じゃん?」
「それは利口とは言えないわ。私達を助けた方がいいに決まっている。火を見るより明らかね」
「はっきり言うね。でもここで人助けは、利口じゃない。だってあたし、ぜんぜんあんたらの事知らないもん。でも心配しなくてもここを抜け出したら、リベラルまで行って助けを呼んであげる。それならいいでしょ。あたしも後味悪くならないしさ」
「悪くなるわよ。とっても後味悪くなるわ」
「なんで?」
「だって、ここで私達を放置して出て行ったら、きっと私があなたを恨むから。ううん、呪うわよ、確実に」
困った顔をする女の子。
「それじゃさ、試しに聞くけど、あんた達……何者?」
「見てわかるでしょ?」
「だってパンツ一丁じゃん。見てわかんないから聞いてんのー。それ位、解んじゃん?」
「もちろん、解るわよ。ほんのジョークのつもりよ」
「…………」
「…………」
「それで、何者なの?」
「私はクラインベルト王国、ベルベット家の伯爵令嬢よ。そして隣の子は」
「私はガンロック王国で商売をしている商人の娘で、セシリアとは友人であり商売のパートナーとして一緒にこのメルクト共和国までやってきました」
「ふーん、そんで? ガンロック王国はあれだけど、クラインベルト王国についてはちょっと知っててさ。それで教えて欲しいんだけど、ベルベット家の伯爵令嬢ってどういう事? 伯爵令嬢って事はベルベット伯爵の娘って事になるけど……伯爵って貴族でしょ。しかもかなり偉い……もちろん領地をもっていると思うけど、それって王国の何処にあるの? 因みにあたしは、クラインベルトに関してはすこーしは知っているから、もし少しでも嘘言っているなって感じたら、この場から去ってくからね。あと、ついでに言うとね、あたしお金持ち嫌いだから。だけど、自分がなるのはいいんだよ、お金持ちは単に偉そうだから嫌いってだけ。単なる偏見だから気にしないでね」
彼女は怒涛の如くそうペラペラと言って、私の目をじっと見た。この目は、きっと私の嘘を見抜く。そう感じた私は、ファーレの方を見た。ファーレは軽く頷く。
まあファーレにしてみれば、ここで護衛の助けを待つつもりみたいだけれど……
私は目の前の女の子に、本当の事を話してもいいけれど、この檻から出す事と、誰にも口外しない事を条件で、自分自身がクラインベルト王国の王宮メイドである事をまず話した。
もともとこの貴族令嬢に扮する作戦は、その方が十三商人に近づきやすいし、『狼』を暴くのに都合がいいというシェルミーの案から始まったもの。
私達はメルクト共和国に入って……っというか、旅の始めであるエスカルテの街から、リベラルまでメイド服で行動し戦ってきたので、ここで素性を話しても特にはかまわないのだ。
そしてこの会ったばかりの女の子を信頼できるかどうかはまだ解らないけれど、なんとなくこちらの素性を話しても問題がないと、私はそう判断した。




