第758話 『追剥 その2』
――――私達は追剥盗賊団『ハイウェイドッグス』に、まんまと捕まってしまった。
手に持って構えていたボウガンを捨てると、男達は一斉に襲い掛かってきて私達を取り押さえて拘束した。
ファーレとボビーは、捕えられる前に抵抗をしたけれど通用しなかった。
でも驚く事があった。ファーレは、戦闘能力に関しては私と同じく低いものだと思っていたのだけれど、実は彼女は魔法使いだった。
「賊に捕らえられるのなんて、絶対に嫌!! 光よ、我が手に集え!!」
「うおーー!! この女、魔法が使えるのか!? 【ウィザード】だ!!」
「魔法を使うぞ!! 気を付けろ!!」
「ボーーっとしてねーで、早く捕えろ!!」
男達に捕らえられる前に、何かしらの魔法を詠唱して発動した。
最初はてっきり【火球魔法】かと思った。それを放って、賊を一網打尽にする。でも違った。
あれは、【火球魔法】ではなくて……火の球というよりは、光の球だった。そしてそれは、賊に命中する事もなく、男達に阻止されて大きく反れて空高くに飛んでいってしまった。
ボビーは、持っていた斧を抜いたけれど、既に背後に忍び寄ってきていた数人の男達に、覆いかぶさられるように敢え無く取り押さえられた。
こうして私とファーレとボビーの3人は、交易都市リベラルから十三商人の一人、デューティー・ヘレントの経営する果樹園へ向かう途中、追剥盗賊団にカモにされて捕えられた。
それから何れくらいか経つか……
私達は、その盗賊団のアジトへ連れていかれ、動物のように檻に入れられている。
因みにここは、追剥盗賊団『ハイウェイドッグス』のアジト。私達が捕えられたあの馬車が停車した森から、徒歩で1時間もかからない距離にある。
鬱蒼とした森の中にある廃村を利用したアジトで、まさに賊にとってはこの上ない隠れ家だった。そのアジトの端の方に大きな倉庫があって、賊達は捕えた獲物をそこに一旦収容しておく牢にしていた。
倉庫の中には、いくつもの木で作られた牢が小分けに並んであって、私達はそこにそれぞれ入れられていた。
所持品や着ていた服は、先にマクマスが言ったように取り上げられて、身に着けているのは下着だけ。鍛え上げられた筋肉ムキムキのボビーならまだしも、か弱い私とファーレでは、この檻を破壊する事も、抜け出す事もまず不可能……
「ファーレ……」
「……はい」
「大丈夫よ、心配しないで」
「……はい」
ファーレの入れられた檻は、直ぐ隣にあった。そしてその向こう、更に一つ檻を挟んだ先に、ボビーの入れられている檻がある。何かそっちからずっと音がしている事から、彼は檻に入れられてからも、なんとか脱出しようと奮闘しているみたい。
ここまでくれば、ボビーもあのマクマスの仲間だったという線は、完全に無いと断言できる。
でも彼が名乗っていた通り、冒険者かどうかまでは解らない。なにせこのメルクト共和国は今、賊で溢れかえっているのだから。無秩序の国。
そうそう、そう言えばマクマス。彼が何者であるかだけれど、特になんでもないつまらない男とだけ言える。
あえて僅かに説明できる部分があるとすれば、それは御者を装い私とファーレを果樹園に連れていくと言って騙し、ここへ連れ去った度胸は持っている男。
いえ、実はそんな度胸なんてなくて、軽はずみにいつもの如く追剥活動に精を出していましたなんて言い出すかもしれない。けれど、例えそうだとしてもこの私を騙した挙句、身に着けている服や所持品まで奪いとった事は、きっと間も無く後悔する事になる。だから、その度胸に関してだけは評価できるかもしれない。
そんな事をあれこれと考えながらも、同時にここからの脱出方法を器用に考える。手足を縛られ檻の中に転がされているのだから、今の時点ではそれ位しかできる事がない。そう思っていると、すっかり大人しくなってしまっているファーレが話しかけてきた。
「セシリア……」
「なにかしら?」
「セシリアは、こんなあられもない姿にされた挙句、縄で動けないように縛られて恥ずかしくはないのですか?」
「そうね、確かに縛られてこうやって転がされていると、自分がなんだか芋虫になったみたいで恥ずかしいかもしれないけれど」
「い、芋虫って……っぷ。なんなんですか、それ」
「え? だって手も足も縛られて、何処かへ行こうとしても、こうやって地を這ってクネクネと進むしかないじゃない。それって何か連想するなら芋虫意外に、何か思いつくのかしら?」
今にも泣き出しそうだったファーレの顔が、唐突に明るくなった。別に可笑しい事を言ったつもりはないのだけれど……それでも何気に言った言葉が、ファーレの落ち込んだ心の栄養剤にはなったのかもしれない。
「こんな時に、よくそんな呑気な事をって事をいいたかったのです」
「あら、そう。でも別に呑気にはしていないわ。こう見えて、今もどうやってここから脱出してやろうかと思案中よ。私達はデューティー・ヘレントの果樹園に行かなければならないのだから」
「そうですね。でも、私もただ落ち込んでいた訳ではありません」
「あら、落ち込んでいたの? どうして?」
「だだだ、だってあんな大勢の男の人達によってたかって裸にされて、さらし者にされたのですよ!! セシリアは、平気なのですか!?」
「裸を見られたと言っても、下着は身に着けている訳だし……舐め回すような目で見られていた事に対しては、吐き気を催すけれど」
「でででも!! そのうち、裸にされますよ!! じきにきっとされます!! それまでに助けがきてくれればいいですけど、来なかったら私達は……」
なるほど、そういう事ね。
――――でも、私もただ落ち込んでいた訳ではない。それまでに助けがきてくれればいい。ファーレは、そう言っている。
こんな、鬱蒼とした森の中、しかも街道からは遠く離れた場所に、いったい誰が助けにくるのだろうか。それも考えていたけれど、今のファーレの言葉で助けが来ると解った。
シェルミーとファーレには、ロドリゲスや他に腕の立つ黒ターバンの護衛がついている。っと言っても、今は交易都市リベラルで待機中のはず。
だけど、今ので確信した。
シェルミーやファーレの連れてきている護衛、何人かは解らないけれど、果樹園に向かう私達の事を心配して後をつけてきてくれているのだと。
そしてあの馬車を停車させた場所で、追剥達に取り囲まれた時に、ファーレが抵抗して放った魔法。あれは攻撃が外れて何処か空へ飛んで行ったものではなくて、その護衛達に居場所を知らせる為の救援信号だったのだと全て理解した。
だとすればファーレの方が、私よりもちゃんと物事を見据えて考えて行動している。
ファーレはシェルミーの妹で、見るからに箱入り娘でこういう事に関しては頼りが無いと思っていたけれど……それは大きな誤りだったみたいね。




