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第756話 『森の中と御者』



 デューティー・ヘレントの経営する果樹園。そこへ到着したと思った。


 なぜなら、馬車が停車したから。そして大して間を置かずに、御者の声が聞こえた。



「到着しやした、お嬢さん方!! どうぞ、馬車をお降りになってくださいやせ!」



 ファーレと顔を見合わせる。聞いていた時間よりも、かなり早く到着したように思える。


 本来のルートではなく、トロルが出没して危険だという事で、回り道をしてきているはずなのだけれど……ファーレもその事に気づいて、疑問を感じているという表情をしていた。


 でもどちらにせよ、馬車を降りてみれば解る……はず。窓の外には、沢山の草木が生い茂っていて、まるで森の中みたいに見えた。


 少し不信に思い、あれこれと考えを巡らせている私に、ボビーが言った。



「さあさあ、お先にどうぞ」


「ええ……でも、おかしいわね」


「何が?」


「私達が聞いていた話では、ヘレントさんの果樹園は、街道沿い近くにあると耳にしていたのだけれど……ここはどう見ても、森の中に見えるわ」



 そう言って怪訝な顔をして見せると、ボビーも同じような反応をする。そして馬車の窓から顔を少し出して、辺りを確認する。



「確かにそうだな……言われてみれば……だけど、ヘレントさんの果樹園は、ここの直ぐ近くなんだと思うぜ。兎に角、馬車を降りて見てみればいい。心配しなくても、御者が全部知っているって。なんせ、俺達をここまで連れてきてくれたんだからな」


「そうね……解ったわ。降りて辺りを確認しましょう」



 先にファーレが馬車を降りようとしたので、それを制して私が先に外へ出た。


 別に私は剣の腕が立つ訳でもないし、魔法使いでもない。テトラやローザのように強くだってないし、マリンのような能力もない。運動神経だって、上中下で言えば下。


 だけどファーレを見ていると、つい自分がしっかりとして守ってあげなくてはならないという気にさせられる。


 テトラと旅をする前は、私はテトラのようなグズでノロマで泣き虫で弱虫な人は駄目だった。勝手に泣き叫んで、そしてそのまま消えてなくなってしまえばいいとさえ思っていた。


 だって、それを言うのなら私だってそうだから。


 皆、時には泣いたり弱音を吐いて、倒れそうになりながらも自分を鼓舞して、意地や思いに縋って乗り越えていく。


 だけどただ絶望し、泣き叫んで嵐が通り過ぎるのを何もせずに神頼みに待っていたり、誰かに助けてもらうだけに生きている者。そういう人達を、私は嫌悪していた。


 テトラ・ナインテールも、そうだと思っていた。


 近衛隊長のゲラルド・イーニッヒ様がなぜテトラに、凄まじい嫌悪感を抱いたか。そして同じメイドであったシャノンが、ルーニ様誘拐の計画を行うのに、なぜ仲の良かった風に思えるテトラを利用したか。


 皆、私と同じくテトラのような女が大嫌いだったから。弱くて、己の保身の為には、這いつくばって、相手の靴をもベロベロと舐めるような……そんな女だと思っていたから。


 だけど……だけど、旅を続けていくうちに彼女の事を知り、彼女の事が解ってきた。見えない所でテトラは、藻掻いてあがいていた。それが解ったから、私もゲラルド様も……


 駄目だったのは、私……


 それからは私も学び反省して、見てくれだけで人を判断する事をやめた。だからかもしれない。ファーレがシェルミーに比べてひ弱で気弱な感じがするから、彼女を守らなくてはという気持ちになってしまうのかもしれない。


 私は私の事で精一杯だった。だから、自分が弱い癖に何を言っているのかとも思うけれど、私が弱い者を守らなくてはと思うようになったのは、テトラと知り合ったお陰。彼女に感謝をしている。



「セシリア……」


「私が先に降りるから、ファーレはその後に降りてくれる。因みにボビーは、最後に降りてきてくれるかしら」



 馬車の外――そこはやはり、森の中だった。


 クラインベルト王国、王都の近くにはいくつもの綺麗な森が存在する。もちろん魔物も出るけれど、それこそ妖精でも現れそうな程、澄み切っている場所も多い。


 アテナ様がよくお城を抜け出して、そういった所まで行ってキャンプされていた事を思い出す。だけど、今いるこの場所は、そういった明るさを感じる森ではなくて、対照的に薄暗くてじめっとして鬱蒼とした場所だった。



「大丈夫みたいだけれど……でも本当にここは、果樹園の近くなのかしら」



 周囲を見回してみるけれど、やはりとても街道沿いだとは思えない。ファーレに続いて、ボビーも馬車を降りた。そして、頬を掻きながらに言った。



「まいったなーー。御者は、何処だ? さっきまで御者席にいて、この4匹のケンタウロスに馬車を引かせていたはずだが……もしかして逃げたか?」



 ケンタウロスに目をやる。4匹の雌のケンタウロスは、力なく項垂れていて呆然としてその場に立ち止まっていた。こうして上半身だけ見ていると、普通の人間の女に見える。


 ファーレは、何度か大きな声で御者を呼んだ。ボビーも続く。



「セシリア、これは……さっきまで一緒にいた御者は?」


「これだけ呼んで出てこないって事は……ボビーが言ったように、本当に逃げたのかしら」


「だろー、これは絶対逃げたんだよ!」


「それはおかしいです。私達は彼を雇いました。だけど、まだ報酬を支払っていません。ケンタウロスや商売道具の馬車も放置して、逃げる理由が何処にあるのですか?」



 ファーレはそこまで言って、はっとする。



「もし御者が、それでも私達を放って逃げだしたというのであれば、考えられる理由は一つしかありません……リベラルから本来、果樹園に向かうはずだったルート。そこを通らずに、遠回りをした事に関係があるとしか」



 ファーレに続いて、ボビーもポンと相槌を打った。



「そうか、トロルか! 遠回りしたこの場所にもトロルがいた!! それを見たから御者は逃げたんだ!!」



 御者がいきなり忽然と姿を消すなんて、他に理由が思いつかないかもしれない。けれどそれも私には、なぜだか引っ掛かっている。



「そうね、それならすべてを置き去りにして、消え去る理由も解る。だけど本当は、逃げ出してなんていなかったのだとしたら?」


「え?」



 驚くファーレ。私は、続けて考えを話した。



「思い出して。御者は、私達に到着したと言ったのよ。トロルに遭遇したら、そんな事を言わずに悲鳴をあげているんじゃないかしら」



 二人共、息を呑む。


 すると鬱蒼とした森の中から御者が、ニヤニヤと笑みを浮かべながら姿を現した。続けて何人ものガラの悪そうな男達も、次々と御者に続いて飛び出してきて、あっという間に馬車と私達3人を取り囲んだ。


 そう、今メルクト共和国は巨大犯罪組織『闇夜の群狼(やみよのぐんろう)』によって、乗っ取られかけている。その混乱に乗じて、数多くの賊達が暴れまわり略奪の限りをつくしているという。


 交易都市リベラルは自治都市で、まだそれなりに治安というものはあったけれど、ここはもうリベラルの外であり、多くの賊が闊歩する無法地帯だった。

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