第749話 『馬車探し』
お店を出ようとすると、店主のヨギムがまるでアサシンのような俊敏な動きで、ファーレの無防備なお尻を触ろうと近づいてきた。私はそれに気づいていたので、ヨギムの行為を止めようとした。
でも、流石は孫娘。ウィルマはもとから察知していて、いつの間にかヨギムの片方の足首に縄を巻き付けていた。だからヨギムが丁度ファーレのお尻に手を伸ばして近づき、10センチくらいの距離で足を取られて転んだ。
「ぐへっ!」
バターーン
溜息をつくウィルマ。それを見て、ヨギムが何をしようとして転んだのか気づいて大笑いするファーレ。頭を摩って、その頭を何度も下げて誤魔化すヨギム。
ファーレに二挺ものボウガンを買ってもらった私は、店主のヨギムと色々と親切に接客してくれたウィルマにお礼を言い、外に出てからもう一度ファーレにしっかりと頭を下げてお礼を言った。ファーレは、「いいものに出会えて良かったですね」と言って微笑んだ。
ファーレには、借りができてしまった。最初に選んだ『ワスプショット』と、専用の矢位を購入するお金はなんとかなるとは思ったのだけれど……兎にも角にもこれで、もし私達が『狼』を引き当てたとしても戦える。
「セシリア、それじゃ馬車を捕まえますか?」
「そうね、それでデューティー・ヘレントの果樹園に向かいましょう」
馬車は街中を走っているので、運が良ければ何処でも捕まえられる。だけど見つける馬車は、どれも先客が乗っていた。
「なかなか捕まえられませんね」
「そうね。でもそれなら、街の西側にある出入口門まで行った方がいいかもしれないわね」
「確かにそうですね。私達が街に入る時に通過した門の周辺には、そう言えば馬車の乗り場があって何台も停車していましたから」
「ここから西門までは、それ程距離も離れてないから、そうと決まれば向かいましょう」
「ええ」
こうして私とファーレは、果樹園に向かう為の馬車に乗るために西門の方へ歩いて向かった。
――――到着。
西門に移動すると、そこには私達の通過してきた東門と同じく、馬車の乗り場があって何台も停車していた。ファーレは、じーーっと辺りを見回す。
「セシリア、どうしますか? 馬車は選びたい放題のようですよ」
「そうね。果樹園までは、確か1時間位の距離だったかしら。それじゃ、感じのいい人の方がいいんじゃないかしら」
「それじゃ、親切そうな人を見つけて声をかけましょう」
何台か停車している馬車の前には、御者が立っている。その人達をファーレはチラチラと見て確認していると、急にこちらに向かって駆けてきた男がいた。手を振って、こちらの気を引いている。どうやら、私達が乗る馬車を吟味している事に気づいた様子。
「どーもーどーもー!! お嬢さん方、どーーもーー!!」
帽子を被り、日焼けをした男。口元には少し髭が生えていて、清潔感に少し疑問を感じるのは否めないが、気さくそうな人だった。
「ひょっとして馬車をお探しですかい? それだったらうちの馬車がおすすめですよ。乗り心地最高、運賃だって他の奴らより、サービス満点大マウンテンですからね! へっへっへ」
男が笑うと、歯が何本かないのが見えた。ファーレが、男に言った。
「デューティー・ヘレントさんを御存じですか?」
「そりゃもちろん。フルーツディーラーのヘレントさんでしょ。リベラルで商売をしている奴だったら、誰でも知っている名前でやすからねー。もしかして、お嬢様方はヘレントさんのお知り合いの方々でありましたか?」
「いえ、そうじゃないのですが、彼女に会いに行こうと思って」
男はファーレのその言葉で、私達が何を求めているか全てを理解したようだった。
「なーるほどーー。そういう事でしたか。それじゃ、やっぱ俺んとこでどーすかー。俺の馬車に任せてくれりゃ、ばっちしフルーツディーラーのもとまで送ってくよー!」
「そう、それじゃあなたに頼もうかしら。でもばっちしなんていうのなら、何処に行けばヘレントさんに会えるのか、ご存知なのかしら?」
「そりゃもちろん、当然でさー! ここは、交易都市リベラル西門。西門を出て、更に西に道なりに1時間――そこにデューティー・ヘレントさんの果樹園がある。そこでいいんだろ? この俺の馬車に乗ってくれれば、ばっちしそこまで快適に連れていってやるぜ。値段も安い、乗り心地も最高、これ以上は言う事ないだろ? なあ、悪い事は言わねえ、乗っていきなよ」
ファーレと顔を見合わせると、彼女は頷いた。
「それじゃ、あなたに送ってもらおうかしら」
「毎度――!! それじゃ、ささどうぞ、こっちだ! あの馬車が俺の馬車だからよ。ちょっとブサイクだけど、そんなんは愛嬌だろ?」
男に案内されて馬車レーンへ移動する。するとそこの一番端の方に、彼の馬車は止められていた。
馬車の前まで行くと、私とファーレはその馬車を引いている生き物に目を奪われた。4人……いえ、馬車を引く4匹は、通常の馬ではなくケンタウロスだったから。
この都市では、こういうのは当たり前なのかもしれない。だけど、私達は正直驚きを隠せなかった。




