第747話 『セシリアのボウガン その4』
武器屋の地下室。ウィルマに案内されて入ったもう一つの部屋は、何処にでもあるような武器屋の地下室とは、とても思えない位の広さがあった。明らかに地上階……武器屋の敷地から、はみ出している広さ。
そして部屋は長く、全体的に見て長方形になっており、いくつもの射撃レーンが並んでいた。レーンの先には、藁で作った人に模した的がある。
「ここは……射場ね。お店の下にまさかこんな場所があっただなんて……」
ウィルマは、明らかに驚いている私とファーレの顔を覗き見ると自慢げな顔をする。
「ふっふっふ。どうだ、凄いだろ。店舗と射場が一体型になっている店は、この交易都市リベラルでは他にもある。だけどそれは、全部……金にものをいわせて汚い事ばかりしているババン・バレンバンがうちの真似をしたものだ」
ウィルマの、バレンバンに対する不満は止まらない。
「確かに騎士王国オラリオンとか、軍事国家ドルガンド帝国ではこういった店は主流だというが、このメルクト共和国で初めてこういう店を開いたのは、うちなんだ。なのにあのバレンバンの野郎は、まるで横取りするかのように……」
よっぽど商売で、苦い思いをさせられたのだろう。確かに何気なくさっきファーレと入った飲食店も、十三商人のデューティー・ヘレントと関係があるようだった。十三商人は、市長をこえる権力を持っていて、この街の最高位であるとも聞いている。
つまり、この街のほとんどの商売が、その十三商人に牛耳られていて、この武器屋テルのように十三商人とは関係を持たない個人店は、色々と厳しい毎日……商売をさせられているのだろう。
「すまない、お客さんにグチばかり言っていても仕方がないしな。それじゃ、うちの商品――セシリアに合ったものをいくつか準備するから、遠慮なくここで試し射ちしてみてくれ」
ウィルマはそう言って、いくつかボウガンを持ってきて試し射ちの準備をしてくれた。
私はレーンに立ち、ボウガンに矢を装填をすると、的に向けて引き金を引いた。矢はバシュっと勢いある音をたてて飛んでいき、人型を模している的の心臓部分に突き立った。「おおーー」っという驚きの声と、拍手。
聞こえてくる声と拍手の数が一つ多い気がして、振り向くとそこには、ウィルマの祖父でこの武器屋テルの店主、ヨギム・テルが扉の前で立ってこちらを見ていた。
「素晴らしい。そのお尻から腰への曲線、そこへかかる長く美しい綺麗な黒髪もまた……」
ヨギムの私に対するセクハラ的なセリフに、ファーレは苦笑い。ウィルマは、無表情ですっと試し射ち用のボウガンに手を伸ばす。するとヨギムは、何度も謝って言い訳をした。
「待て待て待たんか!! もしかして、それでわしを射る気ではあるまい!!」
「まあ、そうだな。いつもお客さんにセクハラはやめろと言っているが、全く聞く素振りもないようだし。言ってきかなければ、射るしか……」
「こら、よさんか!!」
本当に射ちそうなので、ウィルマとヨギムの間に入る。
「続けて、他のボウガンも試してみていいかしら」
「ああ、いいぞ。試してみてくれ。どれも当店おすすめの商品だ。『フェイルノート』にも劣らないボウガンだぞ」
ウィルマの目が自信に満ち溢れている。でも『フェイルノート』にも劣らないというのは、大袈裟ね。パスキア王国の双璧と言われる将軍が使用しているのだから、とてつもなく凄い弓である事は、容易に想像がつく。
だけど、確かにここに並んでいるボウガンはどれもいい商品だわ。
私は、再びレーンに立つと専用の台に並べられたボウガンを次々と試射した。しっかりと狙って落ち着いて撃てるからか、武器の性能がいいからか、あるいはその両方なのかは解らないけれど、矢は再び心臓――首に眉間など、見事に急所を射当てる事ができた。
ファーレは、また盛大な拍手をする。
「凄い凄い凄いです、セシリア!! とても、王宮メイドとは思えない程の腕前です!!」
『王宮メイド……?』
ウィルマとヨギムが呟いて固まった。
ファーレは、咄嗟に両手で自分の口を塞ぐ。でも既に私の正体がメイドであるという事は、二人に伝わってしまっている。私は溜息を一度吐くと、二人に向かって言った。
「私がメイドであるかどうか、気にするというのなら仕方がない事だけれど、私が本当に武器を求めてこのお店にやってきた客であることは紛れもない事実よ。問題はあるかしら」
ウィルマとヨギムは、顔を見合わせると同時に顔を左右へ振った。
「いんにゃ。何も問題はないぞい」
「そうだ。お客さんであれば、アタシにとってそれ以上でもそれ以下でもない。お客さんの事情に踏み入るつもりもないしな」
「そうじゃ。ただ、一つ問題があるとすれば、セシリアとファーレの美しさ。これはゆゆ式問題じゃ。よければ、この後わしと一緒に……やめろ、ウィルマ!! ボウガンで自分の祖父を狙うな!!」
今度はもう放っておくことにした。
ファーレは私の隣に、すすすと歩いてくると「ごめんなさい」と短く言ってきたので、彼女の頬っぺたを人差し指で軽く押して、「大丈夫よ、別に大した事じゃないから気にしないで」と答えた。
そして引き続き、ボウガンの試し射ちをする。
ウィルマやヨギムにも小一時間程付き合ってもらったが、結局用意してもらったボウガンから購入したいと思える物はなかった。
確かに優れていてるし、いいものだとは思うのだけれど……なんていうのか、ボウガンの性能に私が若干振り回される感じがする。
その事をウィルマに伝えると彼女は、今度は部屋の隅に置かれていた木箱を手に取り持ってきた。




